第15話 黒い靄
といったわけで、なぜ勉強をするか、と言われると、後になって大変なつけが回ってくることを身を以って知った、というだけで、好んで勉強しているわけではない。
だから、俺がテレビを見るときは大抵ニュースだ。
『・・次です。今日、松本市のコンビニエンスストアで、強盗事件がありました。』
そうだ、これを見たかった。
夕飯の時に、両親が言っていた事件のニュース。
今日、放課後にまさに行こうとしていたコンビニで強盗があった。犯人は猟銃を持っていたらしい。しかも、それを無差別に発砲。幸いにも一発も人に当たらなかったが、警察に周りを包囲された犯人は、混乱してたて籠り、二時間後に猟銃で自殺、という結末で、全国ニュースにもなるほどだった。
ニュースを知ったときは、一瞬耳を疑い、次に鳥肌が立った。時間帯的に、もしそこに行っていたら多分、犯人とバッティングしていた。
強盗に遭遇しなくてよかった、という思いと、コンビニに行くのを思いとどまったという予感的中で、胸の奥がざわざわした。
うーん。色々と、考えてしまう。
今まで、というか、つい最近まで、自他ともに認めるうっかり、注意散漫、凡ミスのオンパレード(ドジともいう)の俺が、こんな時ばかり避けて通れてしまった、というのが俺の中では不思議に感じている。もちろん、強盗に会いたかったわけじゃない。でも、「なんで?」、という、魚の骨が喉に引っかかているような気持ち悪さがあった。
事件のニュースが終わったので、俺は部屋に戻ろうとする。とりあえず、「気にしてもしょうがない、ただ運が良かっただけさ」、というという結論にしておいた。
「宿題終わった?」
母が聞いてくる。
「まーだいたい。後は現社の予習」
「そう。これ、持ってきなさい」
「おう、サンキュー」
母は、俺に冷たいココアを渡してきた。ありがたくいただきます。
階段をのぼり、部屋の前に着いて、軽く深呼吸する。
「・・よし」
俺は、そーっと扉を開け、中をうかがう。
OK、誰もいない。当たり前だ。いたら怖い。
あれ以来、自分の部屋に入るとき、少し躊躇するようになってしまった。
あ、でもあのおかっぱ女の子だったら、いつでもウェルカムだ。なんなら俺から飛び込んでいきたいくらいだ。ああいう綺麗な霊?関係だったら、また会ってもいいと断言できる。俺が今まで会った女子の中でダントツ美人だったし。まあ、胸は全然なかったが。
あの凄んだ視線、今になって思っても、まるで青く光る刀みたいに鋭くて綺麗だった。触れた途端にかまいたちのように切れそうな、殺気さえも感じた切れ長のあの眼、あんな美人にスパスパ切られて死ぬんだったら、それもいいかな、と思わせる人外の美貌。
あ、またシナモンパン置いておけば来るかな?・・って、エサじゃあるまいし。
喉元過ぎればナントヤラの俺は、そんな馬鹿なことを考えた。
そのまま、机に向かう。勢いがあるうちに勉強をやってしまわないと、ダラダラ時間だけかかるからな。あと、個人的にBGMはだめだ。そっちに気を取られて、全然進まない。
さて、始めますか。もう、コンビニ強盗は忘れよう。うん。
次の日。
俺は、いつものように可愛いバイクに乗って登校する。頭上を見遣ると、厚い灰色の雲が何層にも漂っていた。ここのところ、晴れの日が続いたので、多少暑さを和らげてくれる雲は、有難かった。バイクって夏マジで、あっちぃし蒸れるんだよね。特に股の辺りにエンジンがあるもんだから、それはもうえらいことになる。半そで、半ズボンなんて、すっ転んだとき怪我が酷くなるから以ての外だし。ま、それでも好きだから乗るがな。皆がのろのろ歩くのを横目で見る。
天気はどんよりしているが、すこしだけ生徒たちがふわふわして嬉しそうなのは、今日が金曜日だからだろうか。かく言う俺も例外ではない。明日の休日は、なにしようかな、やっぱツーリングか、バイクショップを覗いて、店長のおっちゃんにお世辞言って、またパーツ譲ってもらうか・・。
俺もふわふわと休みの期待を膨らませていたが、通り過ぎる生徒におかしな点があった。同じ高校の生徒だと思うが、何か変だ。
信号待ちの間、目を凝らしてよく見渡す。明らかに違う点が一つある。
ドクンと心臓が波打つ。
黒い靄が生徒たちに憑いている。
この間ノブを、傍から見れば自殺させようとしたあの黒い靄だ。
その靄をまとわりつかせたまま、皆、普通に登校している。あの時、ノブはボーっとしていて反応も薄く、そのまま窓から飛び降りそうになった。今は、見ている限り大変な事態になりそうな表情の奴はいないが、その靄が、周りにいる生徒たち4割程度にひっついているとなると、この後、なにが起こるかとても不安になってくる。それに、視えるのは多分俺だけだ。周りの奴らに言っても勿論、信じてなどくれないし、信じてくれたところで俺に解決策がない。この前は、靄をノブから引っぺがしたが、それが原因で今度は俺に憑りついた感じだった。だから俺が靄を剥がし続けたら、全部霊が俺に圧し掛かってくることになる。それに、ノブ一人でさえ、マコとやっと取り押さえられたのだ。不可能だ。
・・今日は、もう帰ろうかな。
いや、それじゃ授業に追いつけなくなし、それだけで行かないのも肝が小さい気がする。
不確定な要素が多くて、学校に行かないという決定打にはならず、俺は結局、いつもの習慣にも押されて、朝から重い気分になりながら、登校していた。
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