第10話 両親は俺のことを変人だと思っています
「・・」
後に残ったのは、俺のいつもの静かな部屋だった。
俺は、気が抜けた所為で思わず、四つん這いになった。もう、・・もうお腹いっぱいです。いろいろ、イベントがありすぎ。せめて、一日一回にしてくれ。
疲れた・・。
よろよろと、それでもまだ周りを警戒しながら立ち上がる。
さっきの悪い方のオバケに掴まれていた腕を見てみると、赤く入れ墨のようになっていた痕がなくなっていた。あの昼間のノブ飛び降り事件の際に現れ、さっき腕を掴まれていたアザだ。となると、ノブに憑りついていた幽霊が、俺に乗り移ったと考えるのが自然だろう。ノブの不自然な行動も、その理由だとなんとなく納得できる。着物の少女が目の前でオバケを成敗したことと、腕の痣が消えたことで、俺はひとまず、ほっとした。
半分わかっていたような気がするが、あの少女は、きっと俺を助けてくれたのだろう。
ベットに倒れ込んで、俺はまだ早鐘を打つ心臓を平静に戻すために寝転んで深呼吸をしてみた。
・・なんとなく、落ち着いてきた。
あの女、消える前に、俺に謝っていた。他人に謝ることはあっても、他人に謝られる覚えは、ない。仰向けになりながら、少し考えてみる。勝手に人の家に入ってゴメンとか、怖がらせてしまってゴメンとか。・・うーん、全くわからん。それに、おかっぱの美少女の方は、俺のことを知っている感じがした。俺の方は、無論会ったことなどない。何故なら、あんな恐ろしいほどの美少女は一度でも見れば忘れることなどできないからだ。オバケだとすれば尚更だ。
でも。
「泣きそうだった、よな」
うん、泣きそうだった。後悔を噛み締めて、その苦痛を耐えるように口をきつく引き結んでいるように見えた。初めて会う奴をそんな複雑な思いで見つめたりしない。
うー、もやもやするな。
色々考えていたが、はた、と宿題があったのを思い出した。
明日、俺の大っ嫌いな英語がある。まあ、英語はたいてい毎日あるがな。
英語の何が嫌いって、俺が何をしゃべってもエセ英語にしか聞こえないところだ。代表的な例を挙げれば、「f」の発音は、唇を少し噛んでするらしいが、これをやると慣れていない所為か、却ってワザとらしくなってしまい、しまいに大粒のツバが飛びそうで、結局、能面のように平べったい、良くある日本人がしゃべる英語になってしまう。
・・予習か。やっておかないと、何を先生が言っているのか、さっぱりわからないからな。嫌でもやらなくては。
「パン喰って糖分を頭に補給してからやるか」
机の上のパンを取ろうとする。
・・が、ない。
おかしい。霊体験をする前、確かに机の上に置いておいたはずだ。勿論、俺が食べたわけではない。あの手のパンは、粉砂糖がたっぷりまぶしてあるから、食べれば口の周りに砂糖が、ひっつく。だが、唇を舐めまわしても、晩飯の焼きそばの味しかしない。ならば机の下に落ちたのかと、探してみたが何もない。ついでに狭い部屋中を這いつくばって探したが、ベッド下に噛み終わったガムが転がっていただけだった。
この短期間に部屋の中にいたのは、俺。悪いオバケ。美少女のオバケ。
そういえば、おかっぱオバケの消え際、ビニル袋のカサッ、という音が聞こえたような気がする。
まさか!!
「ごめんね」、の意味は、これだったのか!?
パンを盗ってごめんね。
「・・」
あまりにばかばかしい結論に至って俺は、脱力する。
頭を切り替えないとダメだ。このままじゃ何も手につきそうにない。ちょっとだけ仮眠してから、頑張ろう。
そう決心し、スマホを取り出すと、アラームだけセットして、三十分ほど寝ることにする。
寝るべー。
◇◆◇◆◇◆
その時、俺んちのリビングでは、
「トウシのやつ、まぁた独り言か」
「あの子、あの癖なかなか直らないわねぇ」
両親が食後の一服をしていた。
「一旦、直ったかと思ってたが、最近また始まったな」
「そうね。コーヒー飲む?」
「おう、頼む。しかし、なんだか物凄い叫び声がしたぞ」
「あ、コーヒー、切れてたんだったわ」
「おいおい、買いだめしておいてくれよ。俺の燃料」
「紅茶でいい?」
「ああ。だが、どうにかならんもんか。あの独り言は」
「そうね、突然あんな大きな声を出されると、心臓に悪いものね」
俺のあずかり知らぬところでは、両親は、俺に対してそんな評価をしているようだった。
「あんなに大声だと、近所迷惑だと言ってるのになぁ」
「それは困るけど、本人元気そうだから、そんなに気にしなくてもいいじゃないですかねぇ」
「ま、それもそうか」
「砂糖いる?」
「いらん」
「そうだ、そんなことより、あなた、聞いて!今日のパート話だけど。帰り際、お店の棚の在庫チェックしたら終わりってときに限って、お客が立て続けに、「これはどこですか」「あれはどこですか」って、聞いてくるのよ!私もそこで、嫌な顔なんて出来ないから親切に案内するけど、案内して戻ってきて、「あれ?どこまでチェックしたっけ?」なんてやってると、またお客が来て!もう、その繰り返し!案内版があるんだから、ちょっとは自分で探してほしいわ!それに、店長だって・・」
「・・」
既に話題が別になっているところからして、俺の独り言は、両親にとってさほど、深刻な問題ではなさそうだ。
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