第一話 依頼
「師匠お腹空きましたぁ。ご飯にしましょうよ」
隣をトテトテと歩く黒いゴスロリ衣装の猫耳幼女がお腹を擦りながら空腹を訴えてくる。
黒く長い綺麗な尻尾を垂れさせ、つぶらな瞳をこちらへ向けていた。
きゅーきゅーと可愛らしい音が先程から聞こえているから、腹が減っているのは分かっていた。しかし、
「さっき、食べたばかりだろう」
ついさっき、昼食を摂ったばかりである。
それも、この幼女は皿の山を沢山つくるほど大量の料理を食べたのだ。
見ているこっちが胸焼けしそうなぐらい食い意地が張っていた。
一体、その小さな躰のどこに入っていくのか。
こいつの胃はブラックホールかよ。
ふと、香ばしい匂いが鼻腔を擽った。
幼女も嗅ぎ取ったのか、口端から涎をたらし匂いのする方を見ていた。
まるで、蜜蜂が蜜を求め花に近寄るかの如く幼女は匂いの元の焼き鳥屋に吸い寄せられていく。
俺は、幼女の首根っこを鷲掴み持ち上げた。
「あぐっ!? 何をするんですか師匠!」
「寄り道なんかしている場合か。目的地はもう目の前なんだ行くぞ」
「えぇー、別に急ぐ事も無いんですしいいじゃないですかぁ」
ふざけるな、お前の買い食いに付き合っていたら破産するわっ!
既に俺の財布は極限までに軽くなっていた。
昼の食費だけで、かなり取られたからな。もう、宿をとる金すらない。
早いところ、依頼を済ませ生活資金を得なければ。
幼女の要求を無視して、俺は依頼主が待っている屋敷へ向かった。
「あぁー、焼き鳥ぃ~~~~~!」
ズルズル引き摺られる幼女は、名残惜しそうに焼き鳥屋を見つめ続けていた。
依頼主がいる屋敷は、聞いていた通りデカかった。
屋敷というより、ほぼ城と言っても良いほどの大きさだ。
今回、この城…………屋敷に訪れたのはハンターズギルドに寄せられた依頼を受けるためだ。
依頼書には詳しい内容は依頼主本人から説明すると記載されていた。
一体、どんな内容なのか。不死鳥の羽とか無理難題を押し付けたりしないよな。
ここに来る途中、依頼主について聞く機会があった。
聞いて感じ取った第一印象は『典型的な貴族』と言った感じだ。
傲慢で、プライドが高く身内以外の者を見下している。
容姿も小太りでニキビだらけの酷い顔をしているらしい。
俺が尤も苦手なタイプとする野郎だ。
「師匠、大きなお屋敷ですねぇ」
幼女が屋敷を見上げながら驚嘆の声を溢す。
大きさについては同意だが、目を輝かせる程ではない。
呼び鈴を鳴らすと、中から使用人らしき燕尾服姿の男性が出てきた。
歳の頃は60過ぎ位だろう。
白髪に深く刻まれた顔の皺。特に目につくのは、右目の大きな傷痕。
佇まいからしてただの使用人ではないのは容易にわかる。
年老いている割りには、ガタイがいい。
穏和な表情を浮かべているが、全く隙がない。元は幾多もの戦場を渡り歩いた傭兵だろうな。
「どちら様でしょうか?」
「カーノルド卿の依頼を受けに参った、ハンターズギルドの者です」
ギルドカードを提示しすると、使用人の男性は記憶を手繰り寄せた。
「ああ、お待ちしておりました。主の元へすぐご案内いたします」
男性に続き屋敷に入っていくと、巨大な銅像が俺たちを出迎えた
煙管をくわえたハンサムだ。
なんだこの銅像。こんな置物なんか置いたりして、あっちの気でもあるのか?
銅像を凝視していると、使用人が説明してくれた。
「その像は、主を模して創られたものです」
「はぁ?」
つい間抜けな声が出てしまった。
これが、カーノルド卿の…………。
話を聞いた感じとは、大分というか、かなり違う。
美化し過ぎってレベルではない。
骨格からすべて整形、いや改造を施さなければならんだろう。
本人を目の前にしたことがないから、断言は出来ないがこれはやりすぎだ。
使用人は苦笑いを浮かべ客人を主のいる書斎へ案内する。
「アベンツ様、ハンターズギルドの方をお連れしました」
「入れ」
ノックと共に告げると、部屋の中から声がした。
言われ、使用人はドアを開け俺たちを部屋の中へ通した。
机越しに座る醜い豚ーーもとい男が不適な笑みをこちらに向けた。
予想通りと言うか、聞いてた通りと言うか。期待を裏切らない容姿だ。
いや、聞いていた以上の酷い姿だった。
小太りどころか、かなり肥太っており顎と首がくっついているように見える。ニキビで顔が覆われてまるでオークの顔を乗せているかのようだ。
あぁ…………これなら、まだオークの方がましか。ニキビ少ないし。
カーノルド卿の顔を見た瞬間、隣にいた幼女が顔を引きつかせた。
「良く来た、儂がここアザフスタン領を統治している“アベンツ・カーノルド”だ」
「お初にお目見えいたします、ハンターズギルドから派遣された“ギネット・オルカス”です」
「お、同じく“フィネ・ロフォーラ”ですぅ…………」
一通り挨拶を済ませ、豚…………じゃなかったカーノルド卿が椅子に座るよう薦めてきた。
こちらを見つめるカーノルド卿の醜い顔。
ニチャっとへばり付く笑みで見つめられては気分が悪くなりそうだ。
現に、幼女ーーフィネは顔を真っ青にしている。
それもその筈、その笑みはフィネに向けられたものなのだから。
気色わる。ロリコンかよこのオッサン。
たっく、これだから貴族ってのは…………。
性癖は異常で異質。変態ばかりだ。
中にはまともな奴もいるだろうが、大半はこうだ。
先程から決して俺には目を会わせず、ずっとフィネの事ばかり見続けているカーノルド卿が話を切り出した。
「此度、貴様等に来て貰ったのは他でもない。
魔物の巣窟と呼ばれるハタゴ洞窟で“エメライド鉱石”が採れるのだ。
鉱石が大量に採れるようになれば我が領地は更なる繁栄を手にすることだろう。
しかし、あそこは言わずもながら魔物が行く手を阻み人が近づく事が困難な場所。そこで、貴様等にには洞窟に住まう魔物の掃討を依頼したい」
想像していたよりもマシだが、無茶振りには変わりない。
洞窟内に何匹の魔物が巣食っているか分からないと言うのに、たった二人で掃討しろと?
頭に蛆が湧いてんじゃねぇかって疑いたくなる依頼内容だ。
それに、エメライド鉱石と言ったらかなり貴重な鉱石でその採掘は国が管理するものと決められている。一領地だけでどうこうして良い物ではない。
エメライド鉱石が採れると分かっているのならば、国が軍を上げ魔物の掃討に乗り出ている筈。それが行われていないと言うことは、この領主、国に報告していないな。
大方、私腹を肥やそうって魂胆だろう。
ならば、なおのこと外部の人間に魔物の掃討なんぞ頼むべきではない。
そいつが、うっかり他で口を滑らせれば瞬く間に国中へ伝播し政府の耳にも届くだろう。
そうなっては、この豚は国からの咎めを受けることになる。下手をしたら反逆罪で極刑もあり得るかもな。
自分の兵だけで掃討すれば良いのではと思うが。それをしないのは、自身の兵力温存したいのか、ただ思い付かなかったのか。
流石に醜い豚のような見た目だが、歴とした人間だ。思い至らない訳がない。
「ぐふふふ…………」
ダメだ。自分の首を絞めている事すら分かっていない。
欲望に忠実な只の豚だ。
脇に控える使用人の男が、だらしのない顔をしている主を見て脂汗を浮かばせていた。
無能な主に仕えると気苦労が絶えなさそうだ。
男と目が合い、心の中で労う。
意思が通じたのか、彼は軽く頭を下げた。
この依頼、受けるに価しないが今現在直面している生活資金枯渇という問題解決の為そして、ある目的を果たす為受ける他ない。
元より選択肢など無かった。
面倒だが致し方無い。
「分かりました。ブ…………カーノルド卿、掃討には準備が必要な為、幾ばくかの資金と日数を貰いたいのですが宜しいでしょうか?」
「構わん。資金は後ほどそこにいるベネルに持っていかせる。日数は…………そうだのぅ二日で良いだろう」
この場であの豚張っ倒したくなった。
何言ってやがる。たった二日でどうにか出来る別けないだろう。
でも、ここで文句の一言でも言おうもんなら話が拗れてしまうだろうから大人しく頷くことにした。
屋敷を出ていく間際、豚がフィネに『この依頼が済んだら、儂に使用人として仕えぬか』と吐かしてきた。途端、フィネは身に迫る危機を肌で感じ取り、首を全力で横に振り誘いを断った。
まぁ、当たり前だな。こんな豚に仕えようなんて奴は頭逝かれている。
それに、こいつはロリコンだ。誘いに乗ったが最後、R18展開が待ち受けるのは目に見えている。
俺からも、丁重なお断りの言葉を言っておいた。そしたら、激しく憤怒の籠った瞳で睨めつけられてしまった。
話をつけ屋敷から出ると、フィネは大きく深呼吸した。
容姿だけでなく体臭もきつかったからなあの豚。
フィネは猫又ながら犬並みの嗅覚をもっている。あの場では息を止めておらなければ耐えられなかったんだろう。
俺自身、フィネほどの嗅覚はないが常人の鼻でも吐き気をもようす臭さに顔をしかめそうになった。
一番近くに居た使用人ーーベネルが平然とした表情で居たのが不思議でならない。長く傍に居た所為で鼻が壊れたのか?
「師匠、この依頼本当に承けるのですかぁ?」
「当たり前だ。何のためにわざわざあの醜い豚に会いに来たと思う?
あんな者、誰が好き好んで会おうとする奴がいる。俺たちの目的を忘れたか?」
「勿論、忘れては居ませんよぉ? でも、依頼完遂の報告にまたあの卑猥生物と顔を会わせる事になるじゃないですかぁ」
余程あの豚を嫌っているのか、顔を青くさせ躰全身で震えているフィネ。
こいつが人に嫌悪感をここまで感じるなんて、今までになかった。
俺としても、もう二度と会いたくない。だが、そう言う訳には行かない。
依頼主に報告しなければ報酬が貰えないのだから。
「師匠ぉ~ボクもうくたくたですぅ。宿に行って休みましょうよぉ」
相当疲れているらしく、フィネが俺にもたれ掛かってくる。
休みたいのは俺も同じ。
なんだが…………、
「宿に泊まる金など無いぞ。今日は野宿だ」
「えぇーーー!?」
「お前が昼間、ばかばかと食うから金がないんだ!」
フィネは酷くショックを受け、地に這いつくばった。
もうこの世の終わりだと言いたげな絶望に染まった表情を浮かべ、フィネがブツブツ呟く。
「師匠が甲斐性ないから、ボクはヒモジイ思いをする羽目に。
もっと、師匠がお金持ちだったらなぁ。どうして、こんな…………ブツブツ」
あーもう、うざったい。
そもそもの原因はお前にあるというのに、全て俺の責任か!
「ギネット殿、先程の資金をお渡し致します」
使用人のベネルが、屋敷から出てきて絹袋を渡してきた。
中には銀貨5枚、銅貨7枚入っていた。
この世界の通貨は、金貨、銀貨、銅貨の3つ。銅貨十枚で銀貨一枚分、銀貨十枚で金貨一枚分の価値がある。
金貨一枚、日本円に換算すると1万円。銀貨は一枚、1000円。銅貨は一枚、100円だ。
これをもとに、受け取った額を計算すると5700円。
少なっ!
もう少し色付けてくれても良いのに。ケチだ。
これじゃ、報酬のほうも期待できないな。
「あと、これは私から…………」
そう言い、懐から絹袋を取り出した。
受けとり中身を確認すると、金貨5枚、銀貨3枚入っていた。
「旦那様は見た通りあのような方です。誰かが支えてやらなければなりません。旦那様に変わりお詫びします。
ご無礼の段、お許しください。
それと、どうか、ここで聞いたこと見たことは他言無用でお願い致します。旦那様の今後に関わります故」
これは、所謂口止め料って訳か。
どうして、そこまで無能な豚に仕えているんだ?
ベネル程の男ならば他にも仕官するに値する人物がいるだろうに。
ベネルは一礼し、屋敷に戻っていった。
「師匠、それお金ですよねぇ! やったぁー!! 野宿しなくて済むぅ!!」
硬貨が擦れる音を聞き、気力を取り戻したフィネが纏わり付いてくる。
さっきまで静かにしていたのに鬱陶しい。
早く宿に行こうと急かすフィネが余りにも煩かったので、俺は宿へ向かうことにした。
その道中、フィネが買い食いすると騒いだのは言うまでもない。