だい6わ!! 「攻撃魔法!」
とんでもない状況だ。
目の前、しかも至近距離で突然爆発が起きたのだ。なにがどうなってそうなったのかはよくわからない。
かなたは目を閉じていた。来たる死に向けて、精一杯の誠意を払おうとしていた。
——ああ、できることなら美少女に生まれ変わりたい……。
しかし、思ったより天国からのお迎えが遅い。遅延しているのだろうか。いや、電車じゃあるまいし……。
「大丈夫かい!? みんな!」
目を開いて、かなたは驚いた。この場にいる誰も死んでいないのだ。あれほどの爆発に巻きこまれれば、確実に木っ端微塵だったはずなのに。
アランが防御魔法を使ったのだった。透明なバリアのようなもので爆発から身を守ったのだ。
「アノンくん!!! 初級魔法と言っただろう!! 中級魔法……それも制御できないのになにしてるんだ!」
「う……」
自分が発動させた魔法で、危うく複数の命を消し飛ばすところだったのだ。アノンはかなり顔色が悪いようだった。
——このチャラ男のせいかよ……。
「いいかい、魔法は人の命を奪えるものなんだ。しっかりと段階を踏んでいかなければいけない。わかるよね、アノンくん」
「はい……」
アランは優しい口調で説教をするが、顔はまさに鬼の形相だ。
魔法に関して説教なんて、人生で初めて見た。
この世界に来てから驚かされてばっかだ、とかなたは思った。変な生き物はいるし、魔法とかいう概念はあるし、学校も変な授業だ。しかし、段々とかなたはこの世界に慣れ、楽しんでいた。
——こんなおかしな世界にきて、度肝抜かれることもあるけど、なんだかんだ楽しいな。
その日の授業が全て終わった。もちろん、全て補習プログラムだった。
俺は三組の人といつになったら同じ教室で授業ができるのだろう、とかなたは漠然な疑問を抱きながら帰路を歩いていた。
朝、シェリーに寮と寮の間にある林に来るように言われていたので、帰らず林に寄ることにした。
林に来てとしか言われなかったが、よく考えてみればこの林は意外と広い。どこで待ち合わせればいいのか、かなたはわからなかった。遠目で見るよりいくらか大きく感じる林を、ぶらぶらと歩いていた。
——あ、女子寮から林に入るところにいればいいんじゃね?
女子寮側の林の入り口にかなたは立っていることにきめた。可愛い子も結構いるんだなあ、なんて思いながら、呆然とシェリーの登場を待っていた。
「かなたー!」
少し離れたところからぴょんぴょん跳ねながら手を振ってくる女子生徒。
青髪であの無邪気さ。シェリーで間違いないだろう。隣には金髪の小動物……ではなく、リノもいた。
「おう、ちょっと遅かったな」
「あーうん、なんか決闘形式で中級魔法の練習させられたんだよねー」
決闘形式で中級魔法の練習……? かなたはゾッとした。中級魔法といえば、先ほどの爆発の正体だったからだ。
——あんなような魔法を人に向かって打つのか……!? こいつらやっぱり人間じゃねえな……。
「そ、そうか」
「とりあえず、林の奥に行こうか! ここじゃ結界も届いてないだろうし」
「ん、結界?」
聞いたことのない単語がまた出てきた。
結界といえば、モンスターを入れないようにするバリアのようなもののイメージだ。
「うん。ここでいう結界は魔法結界のことだけどね! 魔法を通さないようにする結界のことだよ、授業でやるよ」
「結界師の資格を持ってる人がこういうところに結界を張る」
リノが補足するように説明した。
きっとこの林は、魔法を練習するために設置されたものなのだろう。その証拠に、わざわざ魔法を外に出さないようにする仕掛けがしてある。
林の真ん中辺りまで歩みを進めると、シェリーがぴたりと止まった。かなたの方を見つめて、にやりと笑いながら言った。
「かなた、今日覚えた攻撃魔法打ってみて!」
「おう……!」
リノは対峙する二人を呆けっと見ている。
完全に魔法陣を覚えることが、想像していたよりも難しかったので、かなたは何個か身体の一部に書き写していた。腕、手のひら、腹などに合計十個の魔法陣を持っている。
かなたは、右手のひらを目視したあと、前に突き出した。
「いくぞ、シェリー!」
魔力を集中させると、かなたの右手が光り始めた。初めて会った時シェリーに翻訳魔法をかけられたのを思い出した。
どうやらこの世界では翻訳魔法というものがあって、文字も言語もその魔法でなんとかなるらしい。なんともご都合主義だろうか。
「おらぁっ!!」
右手から炎の球が発現した。炎の球はシェリー目掛けて一直線だった。
「かなたすごい!」
いいながらシェリーは水魔法で一瞬にして球を消した。
——あんな瞬時に水の魔法陣思い出せんのか……。
シェリーとのレベルの違いにかなたは驚いた。
「まだ魔法陣覚えきれてないんだけどな」
「でもすごいよ! センスあると思う!」
「悪くない」
リノも褒めてくれているようだった。
確かに、今日授業でやった話によると、魔法陣を覚えられてもうまく魔法を発動できないこともあるらしい。今日のアノンの中級魔法がそれだったのだろう。
——俺、もしかして魔法の才能あったりしてな。
魔力が少なくなるまで、かなたたちは攻撃魔法や日常生活で使う生活魔法の練習をしていた。
しばらく続けていると、魔力が残り一割くらいになった。そろそろ潮時かな、とかなたは思った。そんなに長い時間は練習できないようだ。
今日一日を通して、かなたは魔力が減る感覚というものを掴みつつあった。
「シェリー、もうそろそろ限界かも」
「わかった! じゃあ今日はこれで終わりね」
練習中にリノに言われてわかったことなのだが、かなたの推定魔力量、つまり一日の魔力生産量は、平均より少し低いことが分かった。もっともこれは、魔力を使い続けていれば改善されていくらしいが。
——魔力量に関しては少し残念だけど、わりかし魔法のセンスあるみたいでよかった。
壊滅的に魔法のセンスがないわけではなかったので、かなたは安心した。もしこれで魔法のセンスがあまりにもない、というオチだったら、一生かかっても元の世界に戻れなくなるところだった。
少し空が暗くなってきていた。空にまだ薄い色の月が昇っていた。林の中は光が当たりづらいので、視界が悪くなっている。
早めに帰るのが良いだろう。
「早く帰ったほうがいいな」
「うん。暗くなってきたし。じゃあ私たちこっちだから!」
「おう、じゃあな!」
お互い寮に向けて歩き出した時だった。
「黒い眼の編入生は初級魔法しか使えないのか。つまらねぇな」
かなたは聞き覚えのある声だと思った。
段々とこちらへ向かってくる。背の高い男だ。特徴のある銀髪。
かなたが寮の入り口で遭遇した男に違いなかった。
「お、おまえ……」
「よう、ちび。あっちにいんのはシェリーか?」
男は突然シェリーの背中に向けて電撃を放った。
——なんだ、こいつ!?
シェリーは気づかなかったようだが、リノがそれに気づき、盾の魔法を使った。
命中したらひとたまりもないような豪快な音を立てて、電撃は消滅した。
「ああ、リノもいたのか。わりぃな気付かなかった。久しぶりだなお前ら、ちょっとは強くなったかよ」
男はまた電撃を繰り出した。次は複数個だ。ねじれるようにしてシェリーとリノに飛びかかった。
二人とも盾魔法を使って防いだが、あと少しで貫通しそうだった。
「こんなもんかよ、雑魚どもが。編入生もとんでもねえ雑魚だしよ」
「……カイル!! 月一の魔能力測定しかこないなら、学校やめれば?」
カイルという男に向かって、シェリーは軽蔑の表情を見せている。
リノもいつもより鋭い目つきをしていた。
この、カイルという人物が何者かはかなたはよくわからなかった。しかし、好まれていない人間なのは確かであった。
「上級卒業しねぇと、上等魔術師取れねぇだろうが。つーか、毎日毎日学校行ってもおまえとか卒業できなそうだもんな、シェリー?」
「うるさい!」
シェリーでも卒業できないような学校なのかと思うと、かなたは気が遠くなりそうだった。かなたの目から見れば、シェリーも十分凄腕の魔法使いである。
「暇だから、誰か林で練習してねぇかなって見に来てみたら、雑魚編入生に稽古かよ。お前も余裕だな、シェリー」
リノが無数の針のようなものを発生させ、カイルに打ち込んだ。
カイルは目の前までそれがくると、針の方向を下に急変させ、地面に刺した。針は消滅した。
「なんだよリノ、怒ってんのか?」
「だまれ。シェリーを馬鹿にするな」
いつもふわふわとしたイメージのリノだったので、怒っているのがすぐにわかった。眉間に皺を寄せていて、目つきもきりっとしている。滅多に見ない姿だろう、とかなたは思った。
「お前ら仲良しだもんなぁ。でもリノ。シェリーみたいなやつとつるんでると、おまえも卒業までの期間が延びるかもしれねぇぞ?」
カイルは恐ろしく悪い目つきでにやりと笑った。
「センスねぇやつが上級部に入ってくんなよな。こっちまで雑魚だと思われんだろうが」
リノがシェリーを侮辱されて怒りを見せていたが、かなたも同じ気持ちになってきていた。
シェリーの方に気を取られているカイルに向けて、かなたは右手を向けた。
「どうせ卒業できねぇんだから学校やめ——」
ボールのような物体が、カイルに当たり、ドカン! と爆発音をたてた。
シェリーもリノも呆気にとられている様子だ。かなたのほうを見て目を丸くしている。
「お前、俺の友達馬鹿にしすぎだから、死ね!!」
——あーあー、やっちゃったぁぁぁぁあ!!