だい4わ!! 「ぜろがふたつ」
魔能力測定が終わり、かなたは帰路についていた。
相変わらずよくわからない竜のような生き物だとか、何かと何かが融合しただろ、と突っ込みたくなるような生き物が街中を行き交っていた。人が着ている服もよくわからないファッションセンスだな、と思いながら街の風景をかなたは眺めていた。
街を抜け男子寮が見えてきた。
目の前の林を挟んで向かい側には女子寮が見える。どちらもかなり大規模な寮である。
測定が終わった、といっても魔法が本当に全く使えなかったので測定するまでもなく終了しただけなのだが。
こんな調子で、落ちこぼれのインフェル学園上級部生というレッテルを貼られはじめたら、この世界でも引きこもりになりそうだ、とかなたはげんなりしていた。実際、そのレッテルを貼られることは不可避であると考えるのが現実的だ。
「はぁ……。なんでこんなことに……」
俯きながらゆらゆらと歩いていると、男子寮のエントランスで、何かに身体が衝突した。
「っいて」
かなたは不快そうに顔を上げた。
人だ。人にぶつかったのだ。前を見ていなかったので、寮から出てきている生徒に気づかなかったのだ。
——同じ制服着てるし、間違いないな。なんか目つき悪いし、身長高いし絡みづらそうだな……。
「いて、じゃねーだろちび。謝れ」
銀色の長い髪をかきあげながら、その男はかなたを睨んだ。
かなたは知っていた。経験上このような好戦的な人種と揉め事を起こすとろくなことにならないと。こういうときはすぐに謝って穏便に済ませるのが一番の得策であると。
「あ? ちびじゃねーし、死ねDQN」
すぐに謝ろうとしたつもりが、かなたはとんでもないことを口走っていた。
——しまったあああうああ!! FPSでボイチャばっかしてたから煽られると自然と喧嘩腰になっちまううううう!!
引きこもりの本領発揮とでもいうのだろうか、ここまでなんの問題もなくコミュニケーションをこなしていたかなただった。しかし、三年間ネットで声だけのやり取りしかしてこなかったので、たまに口を滑らせる。対人の会話では普通言わないようなことを平気で言ってしまう時があるのだ。
「なんだお前、喧嘩売ってんのか?」
「え、え、いや、あの……そういうつもりじゃなく……」
「……黒い髪で黒い目の編入生がいるって魔通で聞いた。冴えねーな、お前のことか?」
「あ、ああ……」
確かに派手な見た目でないことはかなた自身も自覚しているが、冴えない、とはっきり面と向かって言われると落ち込む。とはいえ、冴えない髪型、覇気のない顔。普通より少しの低い身長体重。どれを取ってもかなたがなんだか冴えないのは事実だ。
「同じクラスだといいな、ちび。たっぷり可愛がってやるよ」
片方の口角だけ上げ、男は不気味な笑顔をかなたに向けて見せた。そして、学校に向かうのか、かなたの横をすり抜けて寮を出て行った。
——ちびって名前じゃねーし、つーかいまから学校とか不良生徒か?
かなたは魔能力測定だけしか予定がなかったので、学校から帰ってきたが、他の生徒たちはいま授業を受けている最中のはずだ。やはりいま男子生徒は不良生徒なのだろうか、とかなたは思った。
「殴られるかと思ったー。この世界なら攻撃魔法とかか?」
かなたは独り言をぶつぶつと言いながら自分の部屋に向かった。
番号は1010だ。
男子寮も女子寮もだが、外見は完全に西洋風の城と大差ない。内装も、寮というにはあまりにも派手である。
廊下には真っ赤な絨毯が敷かれていて、天井にはシャンデリアのようなものがぶら下がっている。
この世界にはなんでもかんでも城みたいにしなければいけないという決まりでもあるのだろうか、とかなたは思った。
寮は二階建てになっていて、部屋がワンフロアに八十個近くある。廊下は円のようになっていて、1010号室は入り口と反対側にあるので、部屋に着くまで少し距離がある。
部屋に入ると、着替えもなにもせず真っ白なシーツが被せられたベッドに飛び込んだ。
「あー、つかれたー。なんもやってないのにつかれたー。魔法ってなんだよ……」
——シェリーの部屋を見た時にも思ったけど豪華な部屋だよな、寮のくせに。
一人では確実に有り余るスペースと、三人は寝れるくらい大きなベッド。トイレも付いているし、シャワーだって浴びれる。
ここは金持ちが集う学校なのだろうか。シェリーが、上級部には通わない人もいるって言ってたくらいだから、きっと学費なども高くつくのだろうと、かなたは思った。
ベッドの上に寝転がっているうちに、気付けばかなたは眠っていた。特にやることもないので、なにをしようかと考えている間に睡魔の世界に誘われていたのだ。
目を開けると、窓からオレンジ色の光が差し込んでいるのが見えた。まどろむような暖かい光だ。もとの世界にいる時も夕暮れに立ち会っては黄昏た思い出がある。引きこもる前の話であるが。
「ん……?」
かなたは背後に何かの気配を感じた。ここは個別の寮だから、自分以外いるわけがない。だからこそ余計に気味がわるかった。
ゆっくり、ゆっくりと、怖いもの見たさでその気配のある方へ眼を向けていった。
「……シェリー?」
その気配の正体は、床で座りながら眠っているシェリーだった。何をしにきたのかはわからないが、かなたが寝ていて暇だったので、自分も寝てしまったのだろう。
——なんで俺はこいつの気配ごときにビビってたんだろ……
拍子抜けしたかなたは、なんだか腹が立ってきて、寝ているシェリーの頬を抓った。
「このやろっっ!」
「いはい! いはいお!」
頬の痛みで眼が覚めたようだ。両手で頬を押さえている。シェリーは涙目でかなたのことを睨みつけてた。
「かなた、なにすんの! 痛いよ」
「いや、なんか腹立った」
「なんでよ! ちゃんと持ってきてあげたのに!」
「持ってくる? なにを」
「これ!」
シェリーは一枚の紙をかなたに渡した。
魔能力測定の結果と、クラス分けの結果が記された紙であった。
もちろん魔能力数値は0、推定魔力量も0。
魔能力数値は単純な能力の高さで、推定魔力量というのは、身体の一日の魔力生産量のことだが、どちらも様々な魔法を使って測定しなければ結果は出ないのだ。
「この紙、さんきゅ。でもなんでシェリーが?」
「先生に頼まれたの。三組で同じクラスだし、知り合いいないだろうからって」
「ふーん。ていうか同じクラスなんだな」
かなたは下の方にあるクラス分けの欄に眼を通してみると、確かに三組と書いてあった。
「あ、かなた。あと三ヶ月もしたら一ヶ月間キャンプがあるから、それまでにある程度魔法を覚えておいたほうがいいかも」
「え? なにそれ」
「一年間に二回やるらしいんだ。夏と冬に一回ずつ。モンスターが出る森とか山で、一ヶ月間生活をするんだって。その時の成績が結構大事になってくるらしいよ」
「モンスターが出る森とか山って……」
モンスターが出て、一ヶ月間そこで過ごすということは命の危険性があってもおかしくないだろう。魔法が使えなければモンスターから身を守る術がなにもないことになる。それだけは避けなければならない、とかなたは思った。
「明日からがんばるよ。どうせ卒業しなきゃもとの世界に戻れないんだしな」
「うん! 放課後私も魔法の練習とか付き合ってあげるから!」
「助かる」
——魔法の練習かぁー。まさかそんな練習をすることになるとは……。
数日後にはまさか、命の危機を回避するために魔法を練習するとは、かなたは微塵も思っていなかった。
「とりあえず、今日はかなたの部屋で寝るね!! ご飯食べたら部屋くるね!!」
「は?」
「だいじょぶ! 女子寮と違って男子寮の寮母はなーんにもいわないから!」
「え、いや、そういうことじゃなくて……」
鈍感なのか気にしないのか、シェリーは男女の関係というものをあまり重視していないように見える。
「お前、一応男と女だぞ俺たち」
「いいのいいの!」
そのあと、かなたが寮の食堂で食事を済ませて、部屋に戻ると本当にシェリーが居た。
結局その日は二人で同じ部屋で寝たが、かなたは自分の心臓がうるさすぎてしばらく寝付けなかった。