最終話 戦いの後
「さて…今、素直にその体から出てきたなら駆除ではなく封印で許してあげますが?」
美鈴は黒田坊、もとい今は黒田坊の心を乗っ取った「元凶」とでも言うべきか。
元凶は素直に体から出てくるはずもなく、黒田坊の体に深く入り込んだ。
黒田坊の体が挙動不審で不規則な動きを見せる。黒田坊を操る元凶は黒田坊の上半身を顕にした。そこには操られた痕跡があった。
元凶の黒い血が血管に流れ込んでいるのが見えた。その発達した拳で美鈴に拳を上から振り下ろしてきた。
「…そうですか。ではこちらも参ります。」
美鈴は真っ直ぐ元凶を見据え、上手く拳を受け止めた。しかし。
その瞬間、並の人間なら思わず体が吹き飛ばされるほどの風圧が巻き起こる。
その風圧を巻き起こす程の拳を受け止めた美鈴の両腕の骨はミシミシと軋みを上げていた。美鈴の額に汗が浮き出る。
「ッ…!?」
元凶は受け止められた発達した右の拳を引っ込め左脚で美鈴の顔の右側横を蹴りあげた。
「ガァァァァァッッ!!!」
元凶の雄叫びと共にガッと鈍い音がして美鈴は蹴りによって吹っ飛ばされていた。
元凶は相変わらず美鈴の方を睨んでいた。
(予想外の腕力、脚力。咄嗟に脳を守る為に右手を出したけど…。再生までは時間がかかるからなぁ…。受け流すしかないか。)
美鈴の右腕は変な方向に折れ曲がっていた。
今の状況は美鈴はひたすら右腕の再生を待ちながら元凶の攻撃を受け流し、避けるしかないというかなりの絶望的状況だった。
再生に要する時間はおおよそ5分といった所だった。美鈴にとってはとてつもなく長い時間に感じられる物だった。
残り5分
まず一撃目。
元凶は単純とも言える手できた。
最初に右の拳で風圧と共に速い一撃。
美鈴は左に素早く避けた。
美鈴の髪が揺れる。
美鈴は絶望的な状況にも関わらず冷静さを失ってはいなかった。
再び元凶の攻撃が繰り出される。
美鈴の元に元凶が走り出す。
まるで獣の様に身軽で走った後には粉塵が巻き起こっていた。
予想以上のスピードに美鈴は一瞬動けなくなる、が回避の体制には入った。
「ヲヲォォァァアアア!!」
雄叫びを上げた元凶は左の拳で下から顎を狙ったアッパーが繰り出される。
上手く最小限の動きで身体を後ろにずらす。
「鈍い。」
美鈴が怒りも込めた頭突きを喰らわす。
元凶の額から赤い鮮血が滲み出る。
元凶は少し蹌踉めく素振りを見せた。
頭を少し屈めた元凶を見て美鈴は一瞬だが思ってしまった。倒せるのではないか、と。
美鈴が決意して右の脚で頭部を蹴りあげようとした。
その油断が命取りとなった。
脚が迫る時、元凶は顔を見上げ睨みつけた。
美鈴はその冷徹な目に臆して蹴りもせず逃げの体制をとってしまった。
次の瞬間、元凶が右の拳をかなりの勢いで美鈴の胴体に打ち上げる。骨がみ血や胃液が逆流するような音がする。
頭が真っ白になり、攻撃をまともに受けた美鈴は多量の血をその口から吐き出す。
美鈴の身体が何らかの異常をきたし、危険信号を発しているのが容易に分かった。
腹部を抑え蹌踉めいた足取りで後ずさる。
「ゴホッ!ごぽ…ケホッケホッ…。」
(油断した…!騙し討ちまでかけてくるなんて、まさかこの元凶はそれなりの知能が?)
美鈴は少し警戒したまま元凶から視線を外さなかった。
残り3分。
元凶は美鈴の予想を上回る跳躍力で跳んだ。
雄叫びを上げながら両拳を高所から振り下ろす動作を見せた。
雄叫びが轟音となり美鈴を戸惑わせる。
美鈴の額に汗が流れ落ちる。
急いでバックステップで背後に避ける。
しかし、その判断は大きな間違いだった。
「…なんだ?まさか!!」
振り下ろされた拳が当たった先はもちろんの事、「地面」だ。
一見問題の無いように思えるが。
しかし今のこの場では地面に当たることは美鈴の被弾を意味する。
轟音と共に地響きが起きる。
地面に亀裂が走り、その亀裂と石礫が向かう先には…。
「くっ…!?」
美鈴がバックステップで避けた場所だった。
亀裂と地響きで美鈴は身動きが出来ずただ考える事しか許されなかった。
石礫や瓦礫が美鈴の頭上、胴体の寸前まで迫ってくる。砂や岩による埃嵐が巻き起こる。
「…ガルルル…。」
元凶は狼の様な唸り声を出し瓦礫の山に近づく。美鈴の死を確認するためだ。
元凶は息を荒らげながら、一つ、また一つと瓦礫を退けていった。
段々と地に染まった石の破片などが露わになって「死」を意味するには十分だった。
残り30秒。
元凶は零狐が倒れて休んでいる場所にゆっくり歩き出した。
獲物を仕留める獣の様に。
冷静で、そして残酷な目をしていた。
残り20秒。
零狐の元に移動した元凶。
元凶は零狐を見下ろしていた。
とても…冷たい目で。
残り5秒。
元凶は拳を振り上げ、腹を貫く程の力を込めた一撃を喰らわせようとしていた。
残り0秒。
そして元凶に強くされた「総大将」という座を狙う野望を込めた殴打が。
倒れている零狐に振り下ろされた。
しかし、元凶は大きなミスをした。
その瞬間、振り下ろされるはずの拳は振り下ろす事が出来ず自身の体は、頭部を狙った攻撃で蹴り飛ばされていた。一瞬の事だった。
「もし貴方がちゃんと私の死を最後まで確認していれば。そしてそのまま放置して零狐さんを始末しに行かなけれぱ。この状況は有り得なかったでしょう…。」
美鈴は生きていた。
瓦礫に潰されながら着々と再生していた。
そして、この唯一の攻撃の時を待っていた。
元凶は声を出さず、ただ睨むだけだった。
「頭部を蹴ったので眩暈で真っ直ぐ立っているのもやっとでしょう。これ以上、私は争いを続けたくはありません。大人しく封印されてください。」
美鈴は脅すような口調ではなく親が子に促す様に元凶に囁いた。
それからはあっという間に色々な事が過ぎ去っていった。
元凶は美鈴に封印され、黒田坊は各地の妖怪の総大将の会議により判決が言い渡されることになった。
霊夢と迅雷は洞窟内の最古の生物の群れに遭遇、襲撃されていたが後から到着した紅魔館のメイド長と紅魔館に知らせに行った月心姉妹により救出された。
幸いにもあまり重症では無かったようだ。
レミリア救出後、一ヶ月が経ち紅魔館や妖狐組、霊夢や魔理沙などそれぞれの生活に戻っていた。
そこから話は再び始まる。
零狐は玄武の沢にて、妖狐組の本部がまだあった頃、自室に届いた文書を読んでいた。
その文書は黒田坊の処分について書かれているとても重要な文書だった。
「……そうか。」
文書にはこう書かれていた。
『今回の騒動の原因は心に取り付く元凶によるものとは言え黒田坊も少なからず零狐総大将に不満を持ち、座を狙うという考えはあった事から、黒田坊は組織内壊滅の罪として50年間は地獄の牢にて拘束とする。
尚、今回零狐総大将にも非がある。
部下による信頼が1人でも欠落していれば総大将の器には値しないとして零狐殿の総大将という肩書き、権利を剥奪することとする。
また、妖狐組は次期妖狐組総大将によりまとめられることとなり現在の拠点は解体し、別の場所に移すものとする。
次期妖狐組総大将は零狐殿の判断に委ねられる。以上。』
この文書が届いたのはレミリア救出から一週間後の事だった。
もちろん妖狐組の部下や幹部は反対したが上部には逆らうことも出来なかった。
「…ナトと迅雷はどうしてるかな。」
零狐は一週間前のことを思い出していた。
レミリア救出後、文書を読み妖狐組と本部が解体された後、零狐はナトを博麗神社に呼び出していた。
まだ暑い日差しの中、零狐は博麗神社に到着していた。ナトは遅れてきたがその顔は真剣な面持ちだった。
「なんだ?零狐。」
ナトの問いかけに零狐はゆっくりと口を開き答えた。それはナトにも分かっていた事だっただろう。その答えを。
「ナト。自分でも分かっているだろうがお前にはまだ外で待ってる人がいるだろう。」
零狐がそういうとナトは頷き零狐をみた。
零狐はナトの答えも待たずにある物を取り出しナトのその手に渡した。
「まだ忘れ去らていないお前は此処に居るべきじゃない。元の世界に帰れ。」
ナトの手にあったのは真新しい「宝玉」だった。ナトには零狐のいっている事が分かった
ナトは零狐に一言呟いた。
「零狐。ありがとう。いつか帰ってくる」
零狐はその言葉に微笑み、返した。
「本当に忘れ去られた時、その時は歓迎してやるよ。元気でな。」
宝玉が光を発してナトを外に連れ去った。
それを見ていた迅雷も本来の自分の身分を思い出し文だけ残し旅に出てしまっていた。
零狐はただただ離れていく仲間に笑みを返し別れる事しか出来なかった。
零狐は文書を狐火で燃やし、立ち上がった。
立ち上がり色々な事を思い出している内に零狐には「孤独」の感情しか残って無かった。
「おかしいな。悲しいはずなのに…なんで笑みがこぼれて来るんだろう。」
零狐は虚ろな目をしながらも表面だけだが「笑みを見せる事」を無意識にしていた。
そんな零狐の元にある人物がやって来た。
博麗の巫女「博麗 霊夢」だった。
霊夢はこちらを見下ろしていた。
少しの間、沈黙が続いたがやがて霊夢が零狐に話しかけ始めた。
「…零狐。貴方大丈夫?」
零狐は霊夢の言葉に反応した。
霊夢に零狐はこう返した。
「ああ…。大丈夫だ。」
霊夢は零狐が放った言葉を遮る様に鋭い言葉を被せた。冷たい空気が流れる。
「嘘つくんじゃないわよ。そんな薄っぺらい表面だけの笑顔で、心配してくれた魔理沙や咲夜、何より貴方を1番心配してた妖夢を騙せるとでも思ったの?」
零狐は座ったまま俯き何も言わなかった。
霊夢は拳を握りしめ、零狐の元まで降りていった。そして零狐の胸倉を掴みまくし立てた
「あんたはまだ1人じゃない。まだ私達がいるでしょうが!なんで私達を頼らないの?私達は仲間じゃなかったの?」
霊夢はそこまで言って、喋るのをやめた。
零狐の目は決して友好的な目では無かった。
零狐は霊夢の手を振り払い、睨みつけた。
とても冷たい目。
そして悲しい目をしていた。
「霊夢…お前に分かるか?仲間に裏切られて仕方なく仲間と離れ無ければいけないことになった奴の気持ちが。」
零狐は冷静さを欠いていた。
霊夢に向かって刀を抜いた。
刀の刀身が夕日に照らされて光っている。
何も言わない霊夢と零狐の間には冷たい風が沈黙と共に流れた。
不意に風が止んだ。
零狐が一瞬消えて、霊夢の前方に現れ刀を振り抜いた。金属が弾かれる音がした。
霊夢はお祓い棒で弾き返していた。
「そうね。私には分からないわ。でもそんな思いをぶつけて受け止めるのが仲間なんじゃないの?妖夢が言ってたわ。」
霊夢はそう言いながら封魔針を投げつけた。
かなりの速度で封魔針が風を切り零狐を狙う。零狐は刀で全て弾き落とし構えた。
しかしそこには霊夢の姿はなく、無数の追尾御札が零狐目掛け飛んできている最中だった。
追尾御札は零狐の近くに来ると爆発して零狐に衝撃を伝えた。
しかし被弾したのは1、2枚で他は狐火で焼き落とされた。零狐は疲弊して座り込んだ。
その時。
零狐の上空の空間に穴が空いた。
中から出てきたのは霊夢だった。
ーー移動「亜空穴」ーー
霊夢はお祓い棒を振り下ろした。
「霊夢。かかったな。」
零狐がそう言うと、拡散された結界が貼られた。結界は電気を帯びていた。
ーー結界「拡散結界」ーー
零狐は霊夢の方を向き喋りながら霊夢の身体を蹴り飛ばした。
「前にコピーさせて貰った奴、まだ持ってたんだよ。自分のスペカの味はどうだ?」
蹴り飛ばされた霊夢は空中で体制を立て直し零狐にまだお祓い棒を構えた。
その表情は真剣そのものだった。
「それで?私に攻撃して心は晴れた?」
零狐はその言葉に立ち止まり、俯いた。
そして刀を抜いたまま呟き始めた。
「俺さ…今までこんな悲しみ感じても、誰にも話さず笑って誤魔化してた。仲間に迷惑かけたくないから。」
霊夢は黙って聞いていた。
零狐も俯いてはいたが心の内を喋っていた。
「でも霊夢達は騙せなくて、この悲しみをどこにやったらいいか分かんなかったんだ。」
霊夢は「そう。」とだけ言って、零狐に近づき手を引いた。零狐は戸惑いを見せた。
「お、おい霊夢。何処に行くんだよ。」
霊夢は「黙ってついて来て」とだけ言って場所を明かさなかった。
それから着いた場所は博麗神社。
博麗神社には霊夢以外の人物がいた。
妖夢と魔理沙、咲夜だった。
霊夢は零狐を神社の下に居るように言って零狐にもうひとつ言った。
「貴方の事をどれだけ心配してるか分かったら解散した後に謝りに行きなさい。」
零狐は下で会話を聞いた後霊夢と話していた。会話について。
「妖夢が1番心配してたでしょ?貴方が元気ないと妖夢が元気無くなるからさ。泣くの宥めるの大変なの。」
零狐は霊夢に「済まない」と言って謝った。
霊夢はため息ついて零狐の背中を押して促すかの様に言った。
「ほら!咲夜にはもう話したから。妖夢にも話したけど一応安心させてあげなさい?」
零狐は頷き妖夢の元に飛んでいった。
霊夢は零狐が飛んでいった後、息を吐きながら独り言を呟いた。
それは零狐にも向けた言葉にも思えた。
「全く…。貴方を本当に心配して好いてくれる奴なんて妖夢とか咲夜くらいしかいないってのに心配させて!」
霊夢が腕を組んでそう言うとその横からスキマが開き八雲 紫が話を続けた。
「貴方もその1人じゃない?霊夢?まぁ咲夜は今回のレミリア救出があったからだと思うけど…。妖夢は、ねぇ?」
霊夢は紫を横目で見て答えた。
紫は何やら少し楽しそうだった。
「ていうかレミリア救出見てたなら協力しなさいよ。…妖夢は多分自分の事だから気づいてるけど零狐にその思い伝えても鈍感だし気づかないでしょうね。攻略が難しい奴を選んだわね妖夢も。」
霊夢が「やれやれ」という風にしていると紫がクスクスと笑い始めた。
「何か可笑しい?」
霊夢の疑問に紫は笑いも含んだ声で答えた。
「簡単に攻略できる男ほどつまらないって貴方の先代は言ってたわよ?それに…人の恋路は見てる方は楽しいものよ。」
紫の言葉に真意があるのか分からない霊夢はため息をつき神社に戻って行った。
博麗神社にはいつもと同じ薫風が吹いて、秋の匂いを運んでいた。
ここは幻想郷。
全てを受け入れ、忘れ去られた物の楽園。
様々な物語がここには存在した。
to be continued...?
(続く…?)
はい!零狐です。
最終話、遅れてすいませんでした!
かなり疲れました。
次回作はたぶんほのぼのかハーレム、恋愛になりますかね。
それでは、最後まで東方妖狐禄を読んでくれた方!ありがとうございました!
※次回作はまた東方になるでしょう。




