第8話
エリー視点その一 です。
俺の妹は泣き虫で寂しがりで甘えん坊で……可愛い。
色白で宝石みたいに大きな瞳も黙って座ってれば、磁器人形だと言われている。(俺が言ったんじゃない。使用人の一人がそう言ってた!)。本人評価は低いけし、艶やかな花みたいな母とはちょっと違うけど、十分美少女だと思うぞ。いや、兄の欲目ではなくて。
セラは、それこそ赤ん坊の時から俺について回ってた。最初は鬱陶しく感じたが、今ではいないと寂しい。すっかりあいつがいるのになれたなぁ、としみじみ思う。素直な子なので、優しくすれば嬉しそうにするし、悪戯すれば怒るし、あいつといると飽きない。むしろ楽しい。
我が家の宝物はまさに、妹セラフィカ・アズリだ。そう言い切っても誰も否定はしない、きっと。父も母も使用人もこぞってあいつを可愛がってるし。というか、俺が一番可愛がってる!
あいつが妹で幸せだ。
そして願ってる。俺はあいつの『優しい兄さま』でずっといたいと。
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小さなセラにちょっとした騒動があったのは、二年前、まだ俺たちが王都にいる頃の事だった。
その日、両親は俺を家に残してどこかに出かけた。行き先は知らない。
夜まで戻らない予定だったのに、昼過ぎに慌てた様子で戻ってきた。ぐったりとして目を覚まさないセラを抱いて。あんなに慌てている両親を見たのは初めてだった。
セラは、その日から暫く具合が悪くて寝込んでた。随分熱が高かったな。
その日の夜だった。セラのベッドの脇でうとうとしていたのだが、両親が真剣に話し合う声が聞こえた。
『まさか……こうなってしまうとは……』
『……まだ……こんなに小さいのに……』
『仮とはいえ………………な……た』
『………どうにもならないの?……』
『今は…………。しばらく隠………』
セラに何かあった。
しかし、何があったのかは知らない。余り良くない話なのはわかった。
それから、我が家はすぐ王都ザフィルを離れて辺境のフロワサールの森に引っ越した。
王都を離れるまでの間、セラはずっと寝台から離れられなかったが、フロワサールの気候があっていたのか、セラは次第に元の健康な女の子に戻っていった。一月もしたら、俺に着いて庭を駆けまわってたよ。
だけど、良いことばかりは続かなかった。
セラと交替するように、母の具合が悪くなっていった。
母は、明るい人だった。よく笑う人だった。
俺もセラも決しておとなしいとは言えない、どちらかと言えば目を離せない子供だったはずだが、いつも俺たちと笑って怒って楽しんでいた。間違いなく、その頃のアズリの家は母を中心に回っていた。
一年後の夏、その母が亡くなった。
一気に家の中が雰囲気が変わった。
父は……いつも陽気で真面目で洒落者の父が、気の抜けた浮浪者のような恰好でうちの中を力なく歩いていた。
使用人達はもくもくと笑い声はおろか無駄口すら聞かずに、与えられた仕事をこなしている。
母が生きてた時は沢山いた来客も、ほとんど姿を見せなくなった。
人のことは言えない。俺も同じだ。ほとんど部屋に篭ったまま一日中誰にも会わずに済ませてた。その頃は、出かける気分にならなかったんだ。あれ程、外遊びが好きだった俺が。
このままじゃいけないとは思ってた。
でも、誰も母の代わりになろうとしなかった。大人はみんな。
そんな時、俺たちを救ってくれたのは……一番小さくて、一番守られなければいけなかったセラだった。
セラは、父を促して身繕いさせ、『父さま、セラは母さまみたいかみのばして母さまみたいにすてきな人になります。だから、やくそくです。かっこいい父さまのままでいてください』って言った。
父は、セラを抱いて人目もはばからずに泣いて、そして、いつもの父に戻っていった。
そして、セラはその時から今まで髪を大事に伸ばしている。優しいピンクブロンドの色は母とそっくりだと嬉しそうに笑う。
『兄さま、ぼうけんしましょう』
と次の標的は俺だったようで、俺の部屋に重い本を何冊も運んで来た。小さな身体では沢山は運べないから、何度も何度も図書室と俺の部屋を往復して。メイドが手伝おうと言っても、自分がやると聞かなかったらしい。
『セラはしってるの。兄さまは”おべんきょうの本”も”どうわ”もたのしそうじゃないけど、ぼうけんのごほんは好きなの。だから、いっしょによみましょう、兄さま』
そう、にっこり微笑まれたら逆らえない。あえなく陥落して、俺もまた日常の生活に戻った。
そうやって、昼の間は俺たちの側を離れず笑顔を見せていたセラ。
でも、本当は一番寂しがってたのを俺は知ってる。夜、いつもすすり泣きのような声がセラの部屋から聞こえていたから。
だから、俺はあいつの真似をして押しかけてやった。枕付きで。
『セラ、一緒に寝ようよ』
『兄さまも……くらいのこわい?』
『そうだよ。おばけが怖いから一緒に寝てくれる?』
泣き顔だったセラはが、その時微笑んでくれた。
『あのね、兄さま、ゆうれいってこわい?』
ある夜セラはそんなことを呟いた。
『セラは、おばけはこわいからきらい……。でも、でもね、おばけってゆうれいなんだよね。ゆうれいってしんだ人がなるんでしょ。……母さま、おばけになってセラに会いにきてくれないかなぁ』
そう言って、大きな目から涙をこぼして泣いた。
母の死でセラの泣き顔を見たのはそれきりだった。
俺たちがやっと立ち直ったと思えたのは母の死から一年近く、セラの誕生日が過ぎた頃だった。
****
セラが六歳を過ぎて、楽しみにしていた魔力判定を受けたのだが。
あいつの魔力量は半端無く、正直羨ましかった。
二年前に同じ判定を受けた時、俺の魔力は魔術学園の入学基準には達しているものの、その中では平均程度だろうと言われた。
全属性の加護持ちだから小器用に魔術は操れるがそれだけだ。魔力を増やす方法はあるが、ほとんど効果はないだろうとも。
俺は、冒険者になりたかった。
狭いこの国だけではなく自由に世界を見て回りたい。
セラと一緒に冒険者の本を読んでいる時にそれを自覚した。
それはこの国にはない”海”を描いた本。見たことのない木々や動物。想像できない絶景や文化。
それは全て『外』にある。
『海がみたい』『外国に行きたい』『”外”で暮らしてみたい、いつの間にかそう願うようになったていた。
だが、世界を自由に旅するためには、”力”が必要だった。
具体的に言えば、Sランクの冒険者。独力で『外』を自由に行き来できうる者だ。Sランク冒険者になるためには、魔獣を倒す力がいる。強い強い魔術を操る力が。
その強い魔術を使うための魔力が俺にはかけていた。
そして、多分それを必要とはしないだろう妹が、羨ましいまでの魔力を持っていた。
セラには絶対見せたくなかったし実際見せなかったが、本当は悔しくて悔しくて。
たまらずマーク師に漏らしたことがあった。妹の魔力が羨ましい、と。
ところが師は心底不思議そうに「なぜです?」と逆に聞いてきた。
『だって、”魔力”があればなんでもなれるじゃないですか!!』
『――そうですねぇ。なれますねぇ。ちなみにエリーさんは”最高位魔術師”になりたいとか?』
『な、それって、この国の魔術師のトップでしょ! そんな偉い人なんてなりたくないよ!』
『そうですよね、あれは色々制約がついてまわりますしねぇ。むしろ、魔術なんてなかなか使えなくなりますよ。机仕事ばっかり増えますしね……。では”魔導塔”の”黒の研究室”の研究員とかでしょうか?』
『それって、狂魔術師とか言われてる人達だよね。奇人変人の集まりだって聞いてるけど? 絶対なりたくない。というか、外に出ないで研究って俺には無理だし!!』
『そうですね、エリーさんとは真逆の性質でないと務まりませんねぇ。……ところで、魔力が必要になる仕事ってこれぐらいしか思いつかないんですが、他になにかありましたか?』
『だから、俺、強い魔術師になりたいんだよ』
『――強い魔術師と言いますと? 広域爆破大魔術を連発するとか、高密度高速連射魔術を多発できるか?』
『なにそれ、破壊の大魔王クラスの魔術!! いらない、使わない、使いたくない!』
『……”強い”の前提がわからないですからねぇ』
『……Sランクの冒険者になりたいんだよ……』
『ふむ、冒険者というと、『外』で生活をしたいということですか』
『……』
『それなら、エリーさんの魔力で十分なれます。むしろ、貴方のセンスなら十分すぎる魔力です。……貴方が、国の最終兵器である最高位魔術師になりたいとか、魔力と頭とねじ曲がった根性さえあればいいだけの黒の研究員になりたいのなら諦めろという所ですが、冒険者ならむしろエリーさんに向いてるでしょうね』
ああ、そうだった……。「師と話す時は、簡潔且つ明瞭に」だった。……疲れた……。
とにかく、俺はまだ自分の夢を諦めなくて良いらしい。ただ、師が最後に言った『エリーさんの場合、一番の壁は魔力ではありませんし』との言葉がちょっとだけ気にはなってるが。
話が逸れた。
魔力量は半端ないセラだが、初歩の魔術であっさり躓いた。
いや、あれは師が意地悪なんだと思う。初心者に明るいところで灯り出させるなよ。
俺の時は、【火花】だったな。氷室で使わせるなよ。無理だろ。
だから、夜、セラを連れだした。
セラはすぐにコツを掴んで更にアレンジまでしてた。
【ホタル】ってどういう意味だ? と聞いたら、ちょっと挙動不審になって『外国の虫』と答えた。
そういえば、こいつアナ先生が大嫌いな蛙のフリしたらしい。外国の挨拶だって?
外国ねぇ……。一体いつどこで知ったんだよ……。
お読みいただきましてありがとうございました。