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誓いの書 ~これってほんとにあのゲーム?~  作者: ウィズココ
最終章 エンディングの、その先
83/85

第75話

7/2 更新2話目

◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 重い”誓約の間”の扉が開き、リュスラン一人が出てきた。

 テオドールの予想通り、彼はセラフィカを伴っていない。

 さぞかし意気消沈しているだろうと思ったのだが、意外にすっきりとした笑顔を浮かべている。


――吹っ切れたか……。


 あれ程重い執着を自ら切り捨てたのだ。彼はきっといい王になるだろう。

 テオドールは、軽く頷き、声に出さずに賞賛を贈った。


「さて、行くか」


 リュスランと逆行して、今にも閉められようとしている「誓約の間」の扉を潜って中に入った。


 「誓約の間」の灯火は落とされ、今は暗いだけの空間だ。つい先程まであった、神聖なる空気は今は感じられない。

 片隅に在った椅子に腰を降ろし、テオドールは腕を組み、目を閉じる。

 扉の外の喧騒は次第に遠ざかっていく。リュスランやアデルの声ももう判別出来ない程だ。


 ゆっくりと時間が過ぎる。それでも焦りはしない。ずっとこの時を待ってきたのだ。


――コッコッ……。


 足音がする。

 祭壇の裏側から扉が軋む音がした。


 王の血を持つものだけに見える隠し通路の扉が、今開いた。


 立ち上がって彼を迎える。

 まだ、少年の面影を多く残す彼、


「遅かったな、エリー」


 エセル・アズリを。


「父さんか……」


 少々迷惑そうにエリーは言う。反抗期なのだろうとテオドールは苦笑した。

 そして、すっかり成長た息子を見上げた。

 

 背に流れるくすんだ金髪、本来は日に透ける金の色、王家直系に生まれるものが持つ王家の色だ。それを、ずっと幼い頃から魔術で濁らせていた。一重に目立たないように、誰の目にも止まらないように、と。


――セシリアは嘆いていたな……。


 折角の綺麗な髪色なのにもったいない、と亡妻は漏らしていたのを思い出した。

 

 「誓いの書」は婚姻の誓約の為に存在すると言うのは民間伝承の虚像にすぎない。これは、ただ神と人間、二者の契約を記録しておくだけの仲介物に過ぎない。

 しかし、噂を正すつもりはない。真実を知るのは、フロワサールだけでいい。本来の「誓約」を守り継ぐためならば。


 「誓いの書」の本来の目的、それは、この王国の根幹を為す、王と神霊の誓約を継承に関わっている。

 建国王レヴィニスは、神霊と契約し王国を魔素で満たした。選ばれた王の血を継ぐ者が、代々それを継承してきた。

 先代が身罷り、今代がまだ継承していない今、魔素は減りつつある。が、誓約を継承さえされれば、いずれ復活するだろう。


 先代の継承者は前王。

 当代の継承者は、王家の籍に無き王子ディート・エリュオン。

 そして、継承者を知るのは、王と継承者の守護(フロワサールの当主)のみ。

 

 フロワサールは、王の継承者(ディート・エリュオン)を守るためにある。

 今世の事情により両親をなくした継承者の王子を実子の如く慈しみ育て、理を説き教え導く。

 身を隠さねばならない悲運の王子を守り給うためなら、愛娘を囮にも偽装にも使う。


 

「ディート殿下。ご決意されましたか」


 継承者に問う。継続か、破棄か。


「父さん……」


 王子が困惑したように呼んだ。





 継承者には、二つの道がある。


 一つは、神霊と契約を保持し国の守護の継続を望み給う。

 もう一つは、神霊との契約を破棄し、神に依らずあるがままを受け入れ滅ぶ。

 

 どちらを選ぶか、それはただ一度きり、誓約の継承の時にのみ選択される。

 今が、その時。

 

 テオドールはただ只管、息子(継承者)の選択を待つ。






*****



「父さん……」


 エリーは眉を顰めた。

 血のつながらない自分を、実子のようにここまで育ててくれた尊敬する父だ。

 だが、フロワサール当主としての父は正直好きではない。

 リュスランに言われるまでもなく、エリーも何度も頼んできた。セラの為に力を貸してくれ、と。けれど、願いがかなえられることはなかった。父はフロワサールの当主であるから。

 幾度も憮然として、天を仰いだ。


 もう、それも終わりだ。


「父さん、俺はさ、父さんの息子だよな」

「………」

「俺が、誰であろうと……王の甥で、何やらの継承者であろうと、俺はただのエセル・アズリで、テオドール・アズリの息子だよな」

「御意のままに」


 チッ、まだ、当主のままか。

 エリーは舌打ちする。


「俺は、家族が好きだ。セラがいて、アーシュがいて、ブルムスターの爺さんや、アズリの皆がいて。母さんが母さんで良かった思っている。だから、父さんも最後まで父さんのままでいてくれ」


 もう、俺の為にセラを犠牲にしないでくれ。泣かせないでくれ。ただのテオドール・アズリに戻ってくれ。娘を溺愛して堪らない親ばか親父になってくれ。


「殿下……」

「俺はエセル・アズリだ。他の誰でもない。何かを選ばなくてはいけないなら、エセル・アズリとして選ぶ」

「王子ではなく……エリーを選ぶのか?」

「ああ、王子でも王族でもないエリーだ」

「……そうか。エリー」


 ここに来て、やっと父親らしい顔に戻った。

 エリーは、ほっと胸をなでおろす。



「だから、見ててくれ」


 エリーは水晶に手を伸ばした。

 リュスランの時と同じように、水晶は空気のように抵抗なくエリーの手を迎える。

 

 そして、その直後に光を放ち結界はとかれ、気づけば「誓いの書」はエリーの手の上に乗っていた。


「こんな古本に名前をかくだけで、この国は潤うのか」


 エリーの脳裏に広がるのは、ここ数年見てきた”外”の様子、枯れた大地、干上がった池、血に飢えた魔獣たち。

 そして、春の祭りの賑わい、冬の暖炉の暖かさ、セラの笑い声、アーシュとの語り合い。

 

 そして、未知の地への強い憧れ。



 十四歳になり、フロワサールの森を離れる際にエリーは運命を教えられた。

 彼の未来には二つの選択肢しかない。


 国に縛られて国と共に生きるか。

 国を見捨てて自由に生きるか。


「父さん、俺な。国がどうなろうと知ったこっちゃない。セラの呪いが解けないままなら、いつでも破棄してやろうと思ってた」


 契約が破棄されれば、「誓いの書」にかかれた「誓約」はすべて破棄される。当然、セラにかけられた呪いも、何の代償もなく破棄される。

 だが、その場合、ヴィンデュスは今まで通りとは行かないだろう。


「そうだったのか。でもエリー。あの子はもう自由だよ」

「分かってる」

「切り札が効いたのかい」

「いや、切り札は切ってない。あいつ(リュスラン)は何も知らない」

「まさか……そうなのか」


 エリーが用意した切り札、それは……。

 

『リュスランがセラを諦めないないなら、神霊との契約の継承を破棄する』


 我ながら卑怯だと思う。セラにかこつけて、継承の責任を全て相手に押し付け脅そうとした。

 けれど、リュスランは切り札を切るまでもなく、愛しい少女を救う為に我欲を捨てた。


「なるほど、だとすれば、君は君の意思で選択するのだね」


 エリーは答えない。

 無言のまま、己の真実の名を「誓いの書」に書き入れた。

 そして、ペンを起き、おもむろに誓約の言葉を口にする。


「我、建国の王レヴィニスの末裔(すえ)ディート・エリュオン・ディー・ヴィンデュス・オーロ・ザフィリアなり。賢き気高き神霊との契約の継承を望む。我が生命尽きるまで、誓約は破らるること無きを望む」


 誓いの書から一際強い光が漏れだした。光はエリーを、テオドールを全てを包み込んだ。


「我は、誓約の継承を宣す」


 急激に広がった光はやはり急激に収束され、誓いの書に吸い込まれるように消えた。

 そして、エリーの手を離れ、パタンと自らページを閉じ、再び「誓いの書」は古ぼけたただの本となった。





*****



「エリー、これで良かったのか?」


 父は問いかけた。

 彼は知っている。息子は幼少の時から、見知らぬ”外”の世界に強い憧れを抱いていた。

 

 しかしその望みはもう敵わない。

 「誓約」には代償が伴う。神霊の加護の代償は、王の地(王都)を離れられない事である。

 エリーはもう、”外”に出ることはない。フロワサールの地へ戻ることも難しいだろう。

 

 息子の心を慮って父は憂いた。


 しかし、この父の憂いをエリーは笑って受け流した。


「俺は、セラが幸せに笑ってくれればそれだけでいいよ。この国が豊かで平和なままなら、あいつはずっと笑ってるだろう?」

「そうか……フロワサールとしても、お前とセラの父親としても、エリー、お前に感謝する。お前は自慢の息子だ。お前の父親になれて良かった」

「俺もだ。……でも、湿っぽいのは苦手だから、もうこの話は止めだ、父さん」


 「誓いの書」は再び封印された。

 少なくても後三十年は、この国は平和を維持出来る。

 



 「誓約の間」の鍵を閉め親子は家路を辿る。


「ああ、そう言えば、アル……国王陛下から伝言があった」


 正確には、継承が成立したら、となっていたが。


「陛下? なんだか嫌な予感がするな。聞いたことにしてバックレては駄目か?」

「まあ、いいから聞け。『欲しければくれてやる。取りに来い』だそうだ」

「あ? これって」

「ああ、玉座をくれるらしいな」


 兄を引き摺り落とし王位を手に入れた苛烈な王。だが、実際の国王には、玉座に執着がない。それこそ、実力さえあれば誰だろうとぽんと投げ与えようとしてしまうぐらいには。


 エリーは目を細めた。


「俺は、セラのためなら国が滅びようとどうでもいいような奴だぞ。王なんて相応しくない」

「それはどうかな。お前も立派にやっていけると思うが」

従兄弟(リュスラン)の方が余程向いてるよ。あいつに任せる。俺はエセル・アズリのままでいい」

「ああ、私も息子を手放すつもりはないよ」


 父を息子は笑いあいながら「誓約の間」を後にした。





お読みいただきましてありがとうございました。

明日(7/3)午前0時に、最終話&エピローグを更新します。

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