第6話
ザ・難産 でした
次の日、【灯火】の魔術を見せてやっと合格を貰った。
調子に乗って【ホタル】の術式を展開させたら、マーク先生の興味の”ツボ”と突いてしまったようで、【ホタル】の術式展開について色々調べられた。
それで分かったことは、私の場合、「術式を音として感じている」らしく、人とちょっと違うのだそうだ。
魔術は「魔力」を「魔術式の制御」を用いて「事象に干渉する」ということだ。前世風に平たく言えば「電気等のエネルギー」を「コンピュターの制御」で「家電品等を動かす」ようなもの。
で、「コンピューター制御」の部分が大半の魔術師は「魔術言語の詠唱」に当たるんだけど、私の場合は「魔術言語」ではなく「音階や旋律としての認識」になってるらしい。そういえば、【ホタル】を使う時は風鈴みたいな音が鳴る。聞こえているのは私だけらしいけど。
話だけ聞くと人とは違うと言われてるみたいで不安になったけど、先生にそれはよくあることだからと言われたので、気にしないようにした。世の中にはこういう「音」を術式に使う人だっていっぱいいるさ、多分……。
マーク先生の何気にハードな魔術の授業が始まって一月ヶ月たった。
先生は、優しそうに見えて実はアナ先生と張るスパルタの先生だった。
とにかく、課題が多かった。寝ても冷めても課題課題課題……。おかげで【風属性】の下位魔術【風刃】と【風壁】はなんとか習得した……。アナ先生の授業に多少影響出ちゃったけど。
そういえば、アナ先生、実は座学よりも身体動かす方が好きらしい。”美しい立ち姿””魅せる歩き方”とやらで二時間ぶっ通しで部屋の中ぐるぐる歩きまわったよ……。おかげで次の日は全身筋肉痛になったし。
先生方、どうか手加減というものを覚えて下さい、じゃないとダメージ大きすぎで死にそうです!
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さて、話は変わって。
我がアズリ家の屋敷は、腐海のほとり……違った……『フロワサールの森』別名『渡りの森』の近くにある。
一番近くのテルノ村までは、大人でも二時間近く歩かないと行けない。近くにあるのはフロワサールの駐屯騎士団だけで、もちろん子供はいない。
森のほとりある一軒家、それが私の住んでいるところだ。
寂しいかと効かれると正直寂しくないとはいえないけど、仕方がない。だって、目の前にあるのは王国でも指折りの”危険な場所”だからだ。
実はこの『渡りの森』は、普通の森ではない。
王国内部には存在しないはずの高ランクの魔獣が存在する「転移スポット」の一つである。
ヴィンデュス王国には、広域結界が貼ってあるので基本的に「外」からAランク以上の魔獣は侵入できない。しかし、国内に幾つか存在する「転移スポット」を通して、少ない数ではあるが高ランク魔獣は毎年のように王国に入ってくる。
ちなみに、魔獣と普通の獣の違いは……見た目的にはあまり変わらないのが多いらしい。もちろん一目で魔獣って分かる醜悪なのもいるけど。
最大の違いは、魔力って言って良いのかな……人の持つそれとは質も量もかけ離れた力を持っていることだ。そして何より、人間とは相容れない。前世の「エタ☆プロ」のゲームには「魔獣使い」というような職業も存在したが、現実にはどうあっても魔獣と馴れ合うことは無理らしい。魔獣に遭遇したら99%戦闘になり、倒すか倒されるか、だそうだ。さすがにそれは大袈裟だと思うけど。
「転移スポット」の中でも規模が大きいのは三箇所。それぞれ「渡りの森」「渡りの湖」「渡りの峻崖」と名付けられていて、准王族の直轄地として騎士団の滞在をして治められている……んだけど。
そうは言っても、私や兄さまには「渡りの森」が危険という認識は低い。
何せ、物心付く前から住んでいる場所だ。エリー兄さまなんて黙って一人で遊びに行っちゃうぐらい気安い場所だし、アズリ邸の使用人は良く素材狩りで森の奥までいくらしいし。……さすがに私は連れて行ってもらったことはないけど。
高ランク魔獣が出た時は、近くの駐屯騎士団の出番だけど、私は一度も彼等が出動するのを見たことない。
なので私は、その時まで「森」の危険度をかなり甘く見ていた。
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その日は、父さまもマーク先生も不在、アナ先生は体調が悪くて授業できず、何もすることのない日だった。
退屈なので、エリー兄さまを探したけど見つからない。こんな時に他の子供がいたらとは思うけど、言ってもしょうがないし。
キーラ達メイドも暇だったら相手してくれただろうけど、生憎ばたばたと忙しそうにしている。
最初は部屋で大人しく読書をしていたのだけど、もう飽きた。
なので、私はいつもは「一人ではいってはいけない」と制限されている裏庭の外れに向かった。
心配させてやれ、という気分は少なからずあった。だって、もう何時間一人で放って置かれたと思う?
でも、さすがにアズリ家の敷地から出るつもりはなかった。
エリー兄さまのように勇敢じゃないし、鈍くさいのは承知してるし。
ただ、エリー兄さまがいつも脱走して遊びに行ってる「森」がどんななのか見てみたかっただけだ。
アズリ家の内を外を分けている石垣から、外を、森を覗き見た。
季節はすでに晩秋近く針葉樹なので黒い木々を黄色に染まったツタや低木が森を彩っていた。
――赤い葉はないんだね。
この世界では”紅葉”はない。多分前世の日本よりも緯度が高い地方なのだろう。緯度というものが存在すればの話だけど。
そんなことをつらつらと考えていた時。
――ピピイィィィーーーーー
甲高い引き裂かれるような音が鳴り響いた。
「……何の音? 笛?」
―― ぴぃぃーー
断続的に繰り替えられる悲鳴のような泣き声。
――ぴぴぃ……
誰かが私に助けを求めている。だから私が行かないと。
走りだそうとして、ためらった。私なんかがいくより、誰か大人がいったほうが良いじゃないか、と。
けれど、そんな私の逡巡を嘲笑うように、私は”何か”に身体ごと引きづられ、空中に投げ出された。
――やだーっ、落ちるーー!!
そう思った途端、空間が私ごとぐにゃりと曲がり、あまりの気持ち悪さに、私は意識を手放した。
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気がついたのは、薄暗い森の中。
背の高い木々の上の方にほんのちょっとだけ青空が覗いている。
――ここ……どこ?
ぴちゃり、と何かに頬を舐められた。
――くすぐったいよ……誰?
横を向くと、黒い毛玉がいた。短い尻尾をぶんぶんと振っている。
「えっと……黒いボール? あなた、誰?」
犬かなぁ? こんなまんまるで足が見えないぐらいに短い犬見たことないけど……。
普通の犬じゃないのかなぁ? ここ異世界だし……。魔獣……だったりして? ……魔獣………………魔獣??!!
「『森』の中??!!!」
驚いて跳ね起きると、胸の上にいたらしい黒い毛玉がぽんぽんと弾んで落ちた。
きゅうん、と悲しげにないて、あるのかどうかわからないぐらいの尻尾をこれまたあるのかどうかわからないぐらいの股の間に引っ込めて……いるつもりらしい……。(実際は更に凹凸がないボールそのものになっただけだけど)
うなだれたまま、黒い玉の真ん中当たりにある円な金色の目私をじっと見てる。
「えっと……毛玉のお化け? それとも黒玉の魔獣?」
「ぐるる!!」
違うと言うように低くうなり声をあげた。
私に対して敵意はないみたいだし、この黒毛玉の何かはどうやら魔獣でもおばけでもないようだ。根拠は薄いけど、危険には見えないし。
ようやく、暗さになれた目でよく見ると、毛玉にはちゃんと四足とフサフサとした尻尾が付いている。顔に口が短くてスピッツみたい。どうやら、犬らしい。犬らしくは全然ないけど
「えっと、黒いワンコだから……クロちゃん?「ウォン!」…でいいのね。クロちゃん……私を呼んだの?」
クロちゃんは、私をじっと見た後、ふいっと歩き出した。着いて来いを言っているみたい。
後をに付いて行ったら、草むらに小さな小鳥が落ちていた。動かない。怪我をしてるのかもしれない。
クロちゃんは、小鳥の横を前足でトントンと叩く。「助けて欲しいの?」と聞いたら、そうだと言うように、じっと私を見つめ尻尾を振った。
改めて、小鳥を見る。子供の私の掌に収まりそうなぐらい小さな小鳥。ハチドリぐらいかな。淡い青の光を帯びた銀色の羽色だ。
この怪我をした小鳥をどうしたらいいのか。とにかく小鳥を出来るだけ優しく持ち上げてみる。
「血は流れてないし、怪我はないのかな? よくわからない……あ」
観察してたら、小鳥が発光しだした。私の魔力だ流れだしていくような感覚がある。
――魔力放出する時の感覚と似てる……。この小鳥が魔力を吸い取ってるの?
クロちゃんの尻尾の振れ具合が増した。うん、取り合えず大丈夫っぽい。でも、一度家に帰って先生に相談してみよう。
「クロちゃんと……ちっちゃな小鳥だからチーちゃん? 家に来てもらってもいい? 一度、ちゃんと診てもらったほうがいいと思うの」
クロちゃん、ウォンと吠えて足に擦り寄ってきた。どうやら異議はないみたい。だから、家に帰ることにしたのだけど。
「えっと、ここはどこでしょう? クロちゃん、分かる」
クロちゃん、情けなさそうに尻尾を下におろしてクォンって鳴いた。
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三人? で暫く固まってたけど、埒が明かないのでとりあえず行動に映すことにした。
チーちゃんをポケットに収めて(ポケットに収まるサイズでよかった)、立ち上がっって改めて周りを見回し、途方にくれた。どこを見ても同じ風景が続いてる。方角すらわからない。
「クロちゃん、犬「ガウ!」……じゃないみたいだけど、……匂いとかは「ウォン!」……出来るの! じゃあ、帰り道「キュゥ~ン……」……やっぱりダメよね……」
黒玉スピッツじゃ警察犬似合わないし、と思ったら足元でガウガウ抗議のうなり声が上がった。
君はテレパシーでも使えるのかい? クロちゃん
とりあえず、まっすぐ行けばどこかに出るだろう、と思って歩き出した。
暫く歩いたら、クロちゃんが警戒するようにうなり声をあげた。
なんだろう、と思った途端。
顔の真横を矢が通りすぎて行った。
「き、き、……きゃああああああ」
悲鳴をあげって蹲る。その私の首に鈍く光る冷たい者が押し当てられた。
「アンタ、誰だよ?! どうして後をつけてくるのさ」
お読みいただきましてありがとうございました。