第61話
連日投稿第一日、二話目。
別室に向おうをする父様達を見送った。
本当は追いかけなくちゃいけない、そう思ったのに、脚は動いてくれなかった。
そればかりか、まるで力が入らないで崩れ落ちる。
「セラ!」
「行かないでいい」
エリー兄に止められた。
「だけど、聞かなくちゃ……」
「……どうして?」
「だって……私の事だもの。知っておかなくちゃ。じゃないと私……」
「分かった。俺から話す。アーシュ、お前も聞くか?」
「……ああ」
「じゃあ、付いて来い」
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いつも、広くて綺麗なお部屋で会ってた金色の髪の「おにいちゃん」。
一緒に遊んだ。お菓子を食べた。本を読んで貰った。
大好きだった。
ある日、おにいちゃんはわたしをお話の本がある場所に連れて行った。
水晶の中に浮かんでいる本があった。
「名前を書くんだ」
「名前と書くと、ずっと一緒にいられる」
「もう寂しくない。僕がいるもの」
その時、わたしは初めて、寂しかったんだとわかった。
父様はずっと忙しかった。母様もずっと忙しかった。
「いい子にしていたら会えますよ」って、カティア小母様が言った。いい子ってどうやったらなれるの、って聞いたら、おとなしくしていればいいのよ、って答えてくれた。
だからずっとおとなしく待ってた。
だけど、母様の側にはいつも兄様がいて、わたしは近寄れなかった。
とても苦しかった。
寂しい。
寂しい。
「名前を書いて」
いい子にしててもいてくれなかったのに、名前を書くだけで一緒にいてくれるのですか?
まりーはさびしいです。
母さま。
「書くんだ、マリー」
おにいちゃんの声、怖い。
わたしは……まりーと書きいれた。
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連れてこられた部屋で、エリー兄が私に何かの【光魔術】をかけた。
途端に、溢れ出る過去。
私はずっと寂しかった。
過去の私の想いが現在の私を押しつぶしそうになるのを、必死で耐えた。
「想い出したか、セラ」
「うん。……エリー兄。……金髪の男の子がいた。おにいちゃんって呼んでた。最初はエリー兄だと思ったんだけど……」
「お前は俺を『お兄ちゃん』と呼んだことは一度もない」
「あの子が……殿下なの?」
「多分そうなんだろう……俺はそう聞いている」
「そう……なんだ。じゃあ、”誓いの書”は本当に在るのね」
「俺は見たことはないが実在する。王家の奥深くに封印されている。お前達は間違ってそこに入って、”誓約”を結んだんだ」
「”誓約”……本当……だったんだ……」
「ああ、そうだ。きついことをいうが、すでにお前は殿下と”婚姻の誓い”を結んでいる。これは事実だ」
「………いや、……」
反射的に否定した。震えが止まらない。
そんな私をアーシュは強く抱きしめている。でも、そのアーシュの手も細かく震えてる。
「エリー、”誓いの書”の”呪い”は事実かなのか」
「ああ、本当だ。”誓約”を結んだものには例外なく”制約”が課せられる。程度は様々だが、今回の殿下のようにきつい”制約”がでたのは初めてだな」
「破棄は?」
「…………」
「破棄はできるのか?」
「前例はない」
アーシュが天を仰いだ。
「では、セラは?」
「このまま放置するならば一番可能性があるのは、成人後は殿下と同じく異性は誰であっても触れ合えない、触れれば昏倒、場合によっては命がなくなるかも知れないきつい”制約”が科せられる事になる」
「……誰とも? エリー兄や父様とも?」
「対象は異性全般だ。身内でも例外はない。現に殿下は、お妹シャルロット王女殿下とも小指の先すら触れられなくなっている」
「嘘、何でそんな事になるの?」
「神官庁の見解だが、”誓約の儀式”、そのものが不完全だから、制約”が暴走しているのではないか、ということだ。”制約”を正常に戻すには”儀式”のやり直しが必要らしい。
正直いうとな、俺も父さんもここまできついとは思っていなかったんだ……」
エリー兄は、始終言い難そうに言葉を濁しながらも、全てを語ってくれた。
幼い殿下と私の”誓約”は、いろいろ不備があり、不完全な”誓約”となってしまった事。前例のない事態に、果たして”誓約”は結ばれたのか、”制約”は発生するのか、誰も断言出来なかったこと。むしろ、不完全故に”制約”は発生しないのではという意見も多かったこと。
ところが、蓋を開けてみれば、例を見ないほどの”制約”が科せられてしまった事。
「お前達には残酷な事を言っていると思う。が、もう変えられない。
セラ、お前は、殿下と婚姻を結び王家の後継を生む義務が生じてしまっている。殿下が王家の直系であり、誓約が破棄不可能な以上、他の道はない。嫌なら……死ぬしかない」
「エリー!」
私を抱きしめるアーシュの力が強くなる。
これ以上何も聞きたくなくて、私は耳を塞いだ。
「エリー……もういい」
「セラにはもう時間がない。お前たちが一緒にいられるのはあと少し。セラが成人を迎えるその日までだ」
「やめてくれ!!」
「何をどう言い繕おうと……事実は事実でしかない……すまない、アーシュ」
エリー兄の声が震えてる。両脇で握りしめられた拳は白くなっていた。まるで、込み上げてくる何かに必死に耐えているようだった。
「こんなことになる前にお前たちを止めるべきだった。……せめて、三年前に」
「三年前? そんな前から……知ってたのか」
「ああ、学院に入る前に知らされた。結果を考えれば、その時にお前たちが恋人同士になる前に引き離すべきだった。……でも出来なかった」
「……何だよ、それ……」
「誰から見てもお前たちは似合いだった。どちらが欠けても生きていけなくなるんじゃないかって思うぐらい。それなのに、引き裂くなんて……そんな酷いことできない……。
俺は……俺たちは神に祈ってたよ。”誓約”が不完全であるなら、そのまま何もなくなれって。結果はこれだ。……甘かった、甘すぎたんだよ俺は」
「………」
アーシュは何も言わない。ただ、只管、エリー兄を見つめてた。
「それでも、ぎりぎりまで足掻いた……。師匠はまだ、研究室に篭ってるよ。でも……もう駄目なんだ。時間がない。今の不完全な”誓約”では、何が起こるか分からない。かと言って正式な儀式をしてしまえばもう……セラは殿下に嫁ぐしかない。
すまない、アーシュ。本当にすまない」
「ふざけるなよ」
アーシュが唸るように、怒りを込めた声をエリー兄にぶつけた。
「エリーが僕達を引き裂く? 今の僕の気持ちも無視してか? あり得ない。僕の気持ちは僕が決める。誰かに左右されるなんてたまるものか」
「……ああ、分かってる。すまない」
「それに、セラは僕のものだ。殿下にも誰にも渡さない」
「……アーシュ、”誓約”の破棄はできない」
「そんなの、知った事か」
「アーシュ」
「僕にはセラだけだ」
「だが……」
「もう、止めて」
エリー兄が、アーシュが一言う度に、アーシュの心が軋んで罅が入っていく。脆いガラスみたいに。
「私が悪いの……。私が名前を書いてしまったから」
「違う」
「それに……何もかも忘れてのほほんって暮らしてきたから」
私は、最初から、誰かを好きになる資格を失っていたんだ。
「ごめんね……」
「セラは僕のものだ。誰にも……セラ自身にも否定させない」
壊れる。
アーシュの心が崩れていく。
「ごめんなさい」
もう何も出来ない。触れることも慰めることも……寄り添う事すら。
だけど、私に泣き喚く資格はない。だから……泣くな。耐えろ。
「……ごめんなさい」
「うん。もういいよ」
アーシュはひときわ強く私を抱きしめて……そして、そっと解放した。そして、ふらりと立ち上がる。
「どこに行く、アーシュ」
「……頭を冷やしてくる」
「わかった……だけど、帰って来るよな」
アーシュは黙ったまま、振り返りもせずに出て行った。
「セラ……」
アーシュを見送ったまま動けない私。エリー兄は寄ってきてふわりと抱きしめてくれた。
「セラ、我慢するなよ。泣いていいんだぞ」
「ありがとう……でも、もういいの」
「今なら鼻水付けてもいいぞ」
「うん。そうだね……ありがとう」
ぽんぽんと子供を宥めるように、私の背中を叩く。
エリー兄の優しさが今はとても苦しい。
「……どうしてお前だけこんな目に会うんだろうな……」
エリー兄が呟いた。
「私が悪いの……」
「お前は全然悪くないよ。そうだな……誰かのせいというなら…、きっと俺のせいだろうなぁ」
「エリー兄は関係ないよ」
「いや……」
「そうだよ」
「……本当に泣いていいんだぞ」
「うん……」
「大丈夫だ……俺が何とかしてやるから」
「……兄様?」
「だから、耐えなくていい。泣きたいだけ、泣け」
こらえ切れなくなった。
私は兄様にすがり付いて啜り泣いた。
「大丈夫だ、セラ。俺が……何とかする。お前のためなら、どんな大罪でも被ってやるよ。だから……今はゆっくり、休んでろ」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回投稿は明日(26日)午前0時を予定しています




