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誓いの書 ~これってほんとにあのゲーム?~  作者: ウィズココ
最終章 エンディングの、その先
68/85

第60話

お待たせ致しました。

完結まで連日投稿します。

本日1話目


過去のリュスラン視点


「良き王になれ」


 母上はそう言う。祖父君も。伯父上も。

 侍女も従者も護衛も。

 教師も庭師も下働きの使用人も。

 皆、口を揃えてそう言う。


 僕は王子だ。しかも、この国(ヴィンデュス)のたった一人の世継ぎの王子。

 だから、誰よりも強くあらねばならない。

 誰よりも賢くあらねばならない。




 王子だから国一番の剣豪が師に選ばれた。

 良い王になるために、国一番の俊英の魔術師達から教えを受ける。

 彼らの指導は厳しい。必死になって喰らいつく。努力して努力して、やっと彼らの要求に辿りつけてほっとした瞬間に、「もっと、もっと」「まだまだできるはず」「さらなる努力と精進を」。きりがない。


 王子だから、辛くても笑顔で応じた。どんなに身体が悲鳴をあげていても、鍛錬を休まなかった。高熱にうなされようが授業は休まなかった。


 でも、ある日、ふと気づいてしまった。

 誰も僕のことを「殿下」としか呼ばない。師も、伯父上も母上すら。

 

 王子だから、彼らは期待を掛けるのか。

 では、僕が王子でなかったら?

 彼らは僕を見捨てるのか。



 そんな不安がいっぱいに溜まってしまった頃、母が身籠った。

 もう、”王の子”は僕だけではなくなった。


 



*****





 母の事を聞いてから、何をやっても上手くいかなくなった。

 特にその日は、魔術の授業で集中力を切らし、危うく人を巻き込んでの大惨事になるところだった。

 師は鍛錬所から僕を追い出した。責められもしなかったが、何の注意も与えられなかった。逆にその態度が僕を不安にさせた。


 追い出されて迷い込んだ城の裏庭(バックヤード)で、僕はあの子にあった。


 落ち込んで座り込んでいる僕の前に転がり出てき子供。薄紅色の髪に真っ白な肌。折角綺麗な髪なのに、今は葉っぱと小枝で台無しだ。

 その子は藍玉(アクアマリン)の大きな瞳できょとんと僕を見ている。


――ピンクの……こねこ? 


 何故かずっと視線を外さないので、こちらの方が居心地が悪くなる。


「見るなよ」

「……さびしいですか?」


 その子は不思議そうに目を何度も瞬かせ、こてんと首を傾げた。


――はぁ? 僕がさびしいだって? あり得ない。僕は王子だ!


「さびしくなんてない!」


 更に目をまんまるにする女の子。


「あの、ないちゃだめですよ」

「泣いてなんてない!」


 馬鹿じゃないのか。

 僕は泣いてなんてない。寂しくもない。ただちょっと……見放されたんじゃないかとか……なんて思ってほんのちょっとも思っていない。


 僕の声が大きすぎたのか、女の子の目に見る間に涙が溜まっていく。

 な、泣くのか? 何で? どうして? 


「……うぅ……」


 ポロポロと涙が粒になって落ちていく。


「何で泣くんだよ。泣き止め、早く」

「だって、……おにいちゃんがないてるんだもの」

「泣いてないぞ」

「ないてます。さびしいっていってます」

「だから、泣いてないって」

「……まりーにはわかります」


 そのまましくしく泣き続ける。

 何だろう、これ。まるで僕がこの子をいじめてるみたいに見えないか? 早く泣き止んでくれ、誰にも見つからないうちに。


 結局、その子が泣きやまないうちに、僕を探しに来た女官に見つかった。

 女官は何とも言い難い冷たいな表情で僕を一瞥した。

 多分、お前が泣かせたんだろう、といいたいけれど、僕が王子だから言えないでいるのだろうな。


 そのまま女官に連れられて、一緒に部屋に戻った。

 その子は甘いお茶とお菓子を出されて泣き止んでにこにこ笑ってた。現金な奴だ。

 でも、その子がいる間、常に胸の隅にうずくまっていた不安を思い出しもしなかったのに気づいたのは、彼女が帰った後だった。



 ピンクの子猫みたいな女の子の名前はマリー。


 彼女はそれからも何回か訪ねてきた。

 そして、いつも大人しく側にいる。剣術の鍛錬の時も、魔術の授業の時も、邪魔はせず大人しく座ってる。退屈じゃないとは思えない。気が付くと、子猫みたいに丸くなって眠ってしまってるし。

 そして、授業が終わると、女官(クリスティアナ)が用意した菓子を笑顔で一緒に頬張る。


 どうして、この子はここにいるのだろう。

 僕は彼女のことは何にも知らない。女官や護衛に見咎められないで僕の部屋に入ってこれるのだから、きっと高位貴族の縁の子なんだろうけれど。


「おまえは、いったい誰なんだ?」

「……? まりーはまりーです」

「どうして、ここに来てるんだ?」

「とうさまにくっついてたらここにいました。かあさまはいまとてもいそがしくて、まりーとはあそべないんです。さみしいのでとうさまにくっついてました」

「父様ってだ誰だ?」

「とうさまはとうさまです」


 マリーに聞いても埒が明かない。まあるい目を更に丸くして、不思議そうにするだけだ。

 僕はため息を吐く。


「本当に何も知らないのか……おまえはいくつだ?」

「まりーはもうすぐ四さいです。……おにいちゃんはおとうさんのことしってるの」

「あたりまえだろ。父上は国王へいかだ!」

「こくおうへいか? こくおうさまのことですか?」


 自分で言っておいて「しまった」と舌打ちした。自分からバラしてしまった。これで、きっとマリーも僕を「殿下」としか呼ばなくなる。

 だけど、マリーはほわんと笑うだけだった。


「おにいちゃんはえらかったんですね」

「あ、ああ。まあな……なぁ、それだけか?」

「………?」


 こてん、と首を傾げるだけのマリー。本当に分からないようだ。


 マリーはそれからも一度も僕を「殿下」とは呼ばなかった。






 その日は、魔術の授業があった。マリーはいつものようにおとなしく一人で本を広げていた。

 授業が終わった僕は、即座にマリー元に行った。


「マリーはその本がすきだな。どんな話なんだ?」

「おーじさまとおひめさまのおはなしです」


 マリーのお気に入りのこの本は、表紙にお伽話の「誓いの書」が描かれている大判の絵本だった。

 その話は知っていた。確か王子に見初められた少女がまわりに助けられて数々の困難を乗り越え、恋人の王子と結ばれる話だ。


「王子が好きなのか?」

「すき」


 にこ、とマリーが微笑む。


 そうかそうか、マリーは王子が好きなのか。

 何故か口元が綻ぶのを止められない。


 王子(の話)のどんなところが好きなのか、聞いてみたら、マリーの表情がちょっと曇った。王子が好きなのは、結婚したらずっと一緒にいられるから、寂しくないからと答えた。

 いつもほんわか微笑んでいるマリーの意外が答え。でも納得した。いつも誰かにくっついていたがるのは、家族の内に何か孤独を感じるような問題があるのだろう。


 彼らにはきっと彼らの事情がある。なのに、僕は腹立ちが収まらない。  


 どうして、マリーは一人で王城にいる?

 どうして、誰もマリーを迎えにこない?


 彼女を大切にしない家族に大事なマリーは渡せない。


 マリーが寂しそうに呟いた。

  

「まりーのおーじさま、どこにいるのかなぁ……」


――そんなに寂しそうに言うなよ。(王子)はここにいるじゃないか。


「なんだそれ。……僕が……いるぞ…………」


 気づけよ、マリー。

 だけど、マリーは不思議そうに首を傾げるだけだ。


「おにいちゃんじゃなく、おーじさまですよ」

「おまえなぁ。いい加減、お兄ちゃんじゃなくて、リュスランって呼べよ」

「でも、おにいちゃんはおにいちゃんでしょう?」

「リュスラン」

「うぅ……りゅしゅらん」

「リュスラン!」

「るしゅらん……ごめんなさい、うまくいえません」


 どうやっても舌足らずの発音にしかならず、マリーはすっかり悄気げてしまった。仕方がない。そのうち上手く言えるようになるだろう。その時まで気長に待とう。


 今はそれよりも。

 マリーと話している間に思い出したことがある。

 僕の部屋には誰も知らない隠し通路がある。そこからは、裏庭(バックヤード)中庭(インナーコート)に抜けられる。そして……絵本の「誓いの書」が飾ってある秘密の部屋にも行ける。


「マリー、『誓いの書』を見たいか?」

「ちかいのしょ? ほんとにあるのですか?」

「あるよ。見せてやるから、ついて来いよ」


 暖炉(マントルピース)の横にあるチェストをずらすと、小さな扉があった。どうして、こんなに見つけやすい場所にあるのに誰も知らないのか本当に不思議だ。

 通路は埃が溜まっている。うっすら残る足跡は、この前僕がここを通った時のものだろう。通路は真っ暗だけど、不思議なことに歩き出すと自動的に灯りが灯る。随分先まで照らされるから、暗くて足元が危ないということもない。

 

 心が早って何度かマリーを置き去りに仕掛けたけれど、何とか目的の場所に辿り着いた。「誓約の間」と言われている場所だ。


「ほら、あれ。マリー、見たがっていただろう」

「おーじさまとおひめさまのごほんですか?」

「そうだよ。『誓いの書』っていうんだって」


 ちらりとマリーの様子を伺う。

 だけど、期待したような歓声は上がらない。

 むしろ、驚いて半分口をあけたまま固まっていた。ちょっとだけ苛ついた。

 そのまま勢いで水晶を触ろうとしたら、手がすり抜けた。


「わ、なんだ、これ」

「おにいちゃん?」


 気がついたら、「誓いの書」の本体と金色に輝くペンを持っていた。

 

 すごい、これ、何の魔術なんだろう?

 僕は少し得意になった。


「ほら、さわってごらんよ。ここにこうして、名前を書くんだ」

「なまえ?」

「そうだよ。ここに名前と書くと、ずっと一緒にいられるんだろ」

「ずっと一緒?」

「そうだよ。そうしたら、もう寂しくないだろ。もう僕がいるもの」

「おにいちゃんと?」

「そう。ほら、こうして」


 僕は名前を書いた。『そる・りゅすらん・ざふぃりあ』と。そして、ペンをマリーに渡す。


「次はマリーの番」

「……まりーは”まりー”しかかけません」

「それでいいから書いて」


 マリーは躊躇っていた。

 どうして書いてくれないんだろう、とほんの少し苛ついた。


「書いて、マリー。そうしたらずっと一緒にいられる」

「でも……」

書くんだ(・・・・)、マリー。早く書いて」


 マリーの身体がビクッと震えた。

 意識はしてやったことではないが、声に力が入りすぎたみたいだ。

 

 マリーがペンを握る。

 大きくて不揃いな字で「まりー」と署名した。


 

 その途端に、天井の……更に上の方から大きな力の塊のようなものに押しつぶされた。



 その後のことはよくわからない。







*****


 



 僕はリュスラン。

 このヴィンデュス王国の第一王子だ。どうしたことか、この一年の記憶が曖昧だ。


 ついこの間、僕には妹が出来た。皆、嬉しそうだった。

 母上は「これで、万が一があっても大丈夫ね」と仰っていた。叔父上も祖父君も大きく頷いていた。

 妹が生まれてきてくれて、僕も嬉しい。



 でも、何故か、僕の心は空っぽだ。

 何かが足りない。

 何が足りないのだろう。




 ある日、公爵が赤い髪の女の子を連れてきた。

 一瞬だけど、その色がピンクに見えた、途端にある名前が浮かんだ。


「まりー」


 赤い髪の女の子は違うと首を振る。とても寂しかった。

 マリーがいない。でも、マリーとは誰なんだろう。今どこにいるのだろう。


「でんか、もうしわけありません。わたくしもなにもおぼえておりません」


 そうか、君()マリーなのか……。

 仕方がないな。それなら、また、最初からやり直そう。

 





 だけど。

















 泣くな、私のマリー。

 これからはずっと一緒だ。だから、そんなに泣かないでくれ。

 







お読みいただきましてありがとうございました。


次話は本日(25日)午後12時に投稿予定です

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