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第38話

 

 何かおかしい、と気がついたのは何度目の襲撃だっただろう。



 最初に襲われたのは、”動く砂”だ。

 

 その時は、エリー兄の【索敵(サーチ)】でなにもないと確認して進んでいはずだった。

 私の足が、ぶにゅりと半固形物体を踏み抜いた、その瞬間に周りの砂が週に蠢いて盛り上がり襲い掛かってくる。


「なに、これ!?」

「セラ、【光結界】張れ!」


 すぐに四人纏めてすぐに【光結界】を展開した。アレンジしてあるから魔獣を弾く。”動く砂”は見る間に崩れて元の”砂”に戻っていく。


 砂の動きがなくなって、結界を解く。


 動く砂は、極小サイズのヤドカリの群体だった。

 そして、【光結界】に本体が弾かれて、小さな貝殻の”宿”だけが残り、私の靴に干からびた青白い膜みたいなものがこびりついていた。


 


 次の魔獣の時も最初は何もなかった。


 私達が魔石の【灯火(ライト)】をかざして歩いてたその時、天井から細胞が崩れたアメーバみたいなものが降ってきた。


 殿下の剣が、アメーバ状の物体を二つに切り裂くけど、すぐに元に戻る。


「”核”を狙え!!」


 アーシュが、【雷撃(テルノ)】を使って、魔獣の動きを止めた。エリー兄が視て(・・)指し示したアメーバの”核”を殿下が刺し貫く。

 しばらくアメーバが蠕動していたけど、やがて動きを止めた。


 私は後方で、危なくなったら結界を張る用意をしてた。その直ぐ脇に、青白い半透明のゲル状の魔獣の切れ端が降ってくる。あれ、と思った。どこかで見たことある?


「セラ、何してる? 行くぞ!」

「……うん、分かった」





 三度目も同じだった。


 【索敵(サーチ)】した時には見えなかったはずの道を魔獣が塞いでた。

 

 今までと違うのは、魔獣の現れ方。

 床に溜まった青白い流体が、私達が近寄った瞬間、むくむくと膨れ上がりたちまち触手を生やした。

 毒針の触手を持った固定型の水棲魔獣、イソギンチャクが一番近い。


 触手がうねうねと私達を狙って襲いかかってくる。

 その触手をエリー兄が放った無数の【風刃(エアスライサー)】が切り裂いた。

 断面から体液を撒き散らして蠢く触手。体液は猛毒、触れた場所は融けていく。

 けど、戦闘が始まる寸前に【光壁(ライトウォール)】を張ってたおかげで、私達に被害はない。毒液が壁に掛かった瞬間に浄化蒸発した。


 しかし、毒液が蒸発するほんの僅かの熱量に、周囲の壁が反応した。ゆっくりと氷が融けだしていく。


 すぐさま、アーシュが【凍結(フローズン)】の術式を展開し、透明な水を氷に戻す。


 壁を天井を、魔獣をも凍結させようとするアーシュ。

 されまいと自ら触手を引きちぎって体液を絞り、氷を融かそうとするイソギンチャク型魔獣。


 一進一退の攻防が続く。


 エリー兄が【風魔術】を駆使して、毒液を纏めて巻き上げた。

 その瞬間に、アーシュが一気に多大な魔力を流した。

凍結(フローズン)】の魔術が荒れ狂い、魔獣は一気に氷の彫像へと変貌する。

 

 最後に、”核”をリュスラン殿下の剣が貫き、魔獣はその生命に終わりを告げた。




*****



 それからも何度か、同じような目にあった。

 

 最初は小さいものだった疑念が確信に変わっていく。


 『私達の進む道を魔獣は知っている』


 酷使される身体と疑心に蝕まれる精神の疲労がピークに達した頃、エリー兄は休憩を告げた。


 それを聞いた途端に、膝から力が抜けてうずくまった。


 エリー兄達とは違うと思い知るのはこんな時だ。

 私が疲れきって口も聞けないのは対照的に、エリー兄達は動いてる。安全を確認するために、休憩場所を確保するために。

 

「セラ、疲れている所を悪いが【光結界】頼む。俺たちが休めるぐらいでいい。アレンジで、炎が使えるようにしてくれ」

「……うん……」


 【光結界】の術式を組む。”内”と”外”を切り離し、空間を入れ替え整える。外側には魔獣を近寄らせないように【浄化】を編みこみ、内側には、魔素が偏りなく存在するように。

 アレンジが完了して視認できない透明な壁が出来た。


 結界を確認したエリー兄は【結界】の真ん中で炎を焚く。

 そして皆で集まって炎を中心に集まって暖を取り、暖かな飲み物を口にしてやっと人心地ついた。


 リュスラン殿下が、感心したように結界を眺めた。


「【炎】がいつものように使える。しかも、壁も天井も地面にも影響はないようだ。凄いな……。

 セラフィカ・アズリは、【結界】が得意なのか?」

「……はい……」


 確かに、私は防御系、厳密に言うと【結界】が得意だ。

 

 【防御壁】も【結界】も、「空間を二つに分断する」ことは同じだ。

 だけど徹底的に違うのは、分断された”内”と”外”の空間に及ぼす作用である。

 

 【防御壁】はその名の通り正しく”壁”であり、”内”と”外”の空間に違いはない。同じ部屋を壁で仕切るようなものだ。二つの部屋は元は同じ部屋なので、内部の環境に変わりはない。


 対して【結界】は……説明するのは難しいけど、”内”と”外”の空間の性質が基本的に異なる。

 空間そのものを変質させる、あるいは入れ替えることで、”異空間”を内側に作り上げると考えられている。

 つまり、今回を例にすると、外側では魔素が多すぎて使いにくい【炎魔術】を、結界内の空間では、周囲の影響を気にせず使えるということだ。その分、【防御壁】よりも使用する魔力は多く必要だし、維持する術式も複雑だ。


 実を言えば、この【防御壁】と【結界】の違い、同じ先生に師事しているエリー兄やアーシュでも明確には出来ていないらしい。マーク先生が言うには、”異空間”に置き換える、という発想が、この世界の魔術師には理解しにくいらしい。理論を述べたマーク先生しかり。

 だから、今回のような異空間を固定したい場合は、私が結界を張るのが一番確実だ。



 その後、簡単な食事が配られたけど、食欲が湧かなかった。


「セラ、食べないと保たないよ?」

「うん、分かってる……」


 無理して、固いパンをちぎって口にする。贅沢を言うわけではないけど……あまり味がしなくて美味しくはない……。

 そういえば、私が持っていたお菓子はどうしたかな……。折角、マリアーネ様と一緒に作ったのに残念だな


「セラ?」

「ううん、何でもない」


 携帯したお茶と一緒に無理矢理パンを飲み込んだ。


「……アーシュ。何で、魔獣は私たちの行き先を知ってるんだと思う?」

「そうだね……。僕をエリーの【索敵(サーチ)】では敵影はなかったはずなんだけど……」

「あのね、私、ちょっと気にかかることがあるの……」


 私は話した。

 二回目の襲撃でのアメーバのちぎれた破片、それが前にヨランディ先生と見つけた、青白いスライムとそっくりだったこと。その後の戦闘でも、そのスライムらしいものを何回か見かけたこと。

 残念なのは、証拠となるスライム状の物体を回収出来なかったことだ。それは、本体の魔獣が息絶えるとほぼ同時に溶け去ってしまった。それがあればもっと信じてもらえたかも知れないのに。


「ヨランディ先生が言うのにね。そのスライム、魔力を流すと思い通りに動いて、魔力を止めると動きを止めるの。……先生は、宴会用の悪戯グッズだと言ってたけど……」

「悪戯グッズ? そんな精巧なものがあったかな? …………でも…………まさか……」

「うん、そうだよね……きっと関係ないんだよね……」


 アーシュは一瞬真剣な顔をして、エリー兄の方に目を向けた。けれど、その時エリー兄は殿下と話していて気が付かなかったようだ。

 振り向いたアーシュはいつもの優しい笑顔の彼だった。


「ごめんね、くだらないこといって……」

「くだなくないよ。何でも言って? 他に気にかかる事はある?」

「うん、後は……」


 それから、色々なことを話して(つい、うっかり「近くにバスケットなかった?」と訊いてしまい、アーシュにお菓子の差し入れの事を知られてしまった。「戻ったら、作ってね」と笑顔で強制された。……作るよ、作る。喜んでつくるから……今は勘弁して)

 いつの間にかすっかり安心して、アーシュに凭れて寝入ってしまった……。




◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 彼の横で、かすかな寝息をたて始めたセラに、アーシュリートは寒くないように毛布をかけた。

 ずっと張り詰めていたのだろう、無理も無い、と彼は思う。


 【防御壁】に【結界】、どちらも生き残る確率を非常に高めてくれている。荒事とは無縁な生活をしてきたはずなのに、泣き言も文句も言わずに力を貸してくる。それは有り難いが、反面、どれだけこの小さい身体と心に負担をかけているか。


――せめて今だけでもゆっくり休んで欲しい……。


 セラの髪をゆっくりと撫でながら、アーシュリートはそう願った。


「セラは眠ったのか?」

「ああ、眠ったよ」

「そうか。こいつには負担ばかりかけてるな……。悪いな、セラ」


 彼も、妹の事は心配なはずだ。ただ、皆が生きて帰るには仕方がないと割りきるしかない。


「そういえば、セラが気になる事を言ってた」

 

 アーシュリートは、先程セラから聞いた話をかいつまんで話す。彼の推測も付け加えて。


「なるほどな、それなら、魔獣の動きの理由がつく」

「何だか掌で転がされてる気がしてならない」

「……ああ、胸糞悪いな……」


 お前ももう休め、と促されてアーシュリートは目を閉じた。隣にいるセラの体温を毛布越しに感じながら。




◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 眠りに付いた二人を見ながら、エリーはリュスランにも声をかけた。


「殿下も休んだらどうだ?」

「見張りはどうする? 私も頭数に入れて欲しいのだが」

「……あんたは、【感知魔術】が使えないだろう。俺とアーシュで交代でするさ」

「悪いな、負担かけて……こういう時、特化型は役に立たないな……」

「その分、前で戦ってもらうさ」

「ああ、任せてくれ」


 それから、再三休め、と言ったがリュスランはまだ休みそうにない。何か言いたい事があるのだろう、とエリーは黙ってリュスランが話しだすのを待っていた。

 やがて、彼は重い口を開く。


「エセル・アズリ。お前は俺が嫌いか?」

「はあ?」

 

 一辺に脱力する。何の冗談だ、と思ったが、以外とリュスランは真剣だ。


「この二年、ずっとお前は私を見ていただろう?」

「あー、まあ、殿下に憧れてて」

「嘘を吐くなよ」

「……王族ってだけで優遇されんなよ、このやろー、っとか?」

「正直者め……と言いたいが、違うだろうな」

「……見てねぇよ。殿下なんてな」


 リュスランが大きなため息を吐く。


「本当の事は言いそうもないな……お前、アマノジャクと言われないか? まあいい。そのうち聞かせてくれ。お前の視線は気になって仕方がないんだ」

「だから、見てねぇって」

「妹と違って嘘つきだな、エセル・アズリ」


 リュスランは寄り添って眠る幼なじみ二人を、憧憬のこもった目で見つめる。


「お前の妹は……芯が強いいい子だな。一緒にいると安らぐ」

「……まあな」

「お前やアーシュリートが羨ましい……。何のてらいもなく側にいられる」

「…………そうかよ」


 それ以上、リュスランは何も言わなかった。




*****



 パチパチと音を立てて【炎】が大きく揺れた。

 周囲は眠りについている。


 エリーの目の前に、寄り添うように並んで眠っている親友と妹がいる。

 そして、彼の隣にはずっと見ていた王の息子がいる。


 「ああ、そうだよ。俺は、ずっとあんたを見てた。あんたがどう思って何をするのか……。

 俺は知りたいんだ。これからどうなるのか。あんたがどうするのか。教えてくれよ。王の直系ディー・ヴィンデュス・オーロ





お読みいただきましてありがとうございました。


次回は3月3日午前0時の予定です。よろしくお願いします。

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