第1話
主人公幼少時です
『この世界は私にとって異世界である』
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「セラ?」
突然固まった私を見たたエリー兄さまが訝しげに声をかけてきた。
それはそうだろう。たった今まで喜んで本を読んでいた妹が、急に目を見開いて固まったんだから。
私はセラ。セラフィカ・アズリ、六歳。
ここは自宅の図書室で、今は二つ年上のエリー兄さまと一緒に読書の最中。
目の前には古い言い伝えの本がある。古ぼけた革表紙の本が水晶の中に浮かぶように設置されてる挿絵だ。
エリー兄さまと読んでいたこの本は、子供向けには少し難しい表現で書いてあるけど、この国の御伽話の一つだ。いわば、グリム童話のようなものかな。内容は定番。王子様と幸薄い女の子が出会って恋をして、最後に幸せになりました、っていうシンデレラみたいなお話だ。
で、その中に出てくるアイテムがガラスの靴ならぬ「誓いの書」。
その精緻な挿絵と過去の記憶が重なって、私はたった今『転生したことを思い出した』ことを思い出した……。
実は、転生を自覚したのは二年前。
金髪の幼児が(エリーに兄さまかなぁ。よく思い出せないけど)と薄暗いどこかの教会で遊んでいた時のことだった。
教会の祭壇の上に水晶で飾られた本があるのを見た瞬間、殴られたような頭痛がした。
同時に大量の画像や囁き声、この世界ではない風景や人々の記憶が流れ込できて、混乱しながら私は受け入れざるをえなかった。
私は前世で一度死を迎え、そして転生したのだ。
とはいっても、今の私には前世の記憶は遠い。なにせ今まですっかり忘れていたくらいだから。
私がどこの誰であるか、何歳でどんなことをしていたのか、どんな理由で死を迎えたのか。ほとんど思い出せない。
唯一、はっきりと覚えているのは、死の直前まで遊んでいたゲームのこと。
――前世か〜。あーあ、隠しキャラルート開放まで後一歩だったのに、最後まで出来なくて残念だなぁ。スチル綺麗だったはずなんだけど、あまり思い出せないし。
それにしても『誓いの書』が実在するとは。ほんとに水晶の中に浮かんでたんだもんな、不思議だ……。
あれ? あれが実在するということは?
ある可能性が頭に浮かび、私は恐る恐るエリー兄さまに尋ねる。
「ねえ、エリー兄さま?」
「うん、なに? セラ」
「えっと、この国ってヴィンデュス王国?」
「え、なんで今、それ?」
兄さまが目を瞠って私を見てる。
「……聞きたくなったの……だめ?」
「ふうん。ま、いいさ。いまさらだけど、ここはヴィンデュス王国だよ」
「じゃ、王さまのいる都の名前って…ザフィル?」
「そうだよ」
「……ザフィルに『王立高等魔術学院』ってある?」
エリー兄さまはちょっと眉を顰めた。
「もしかして、誰かに聞いた? 俺さ、魔力が高いみたいだから、魔術学院に行かなくちゃならないんだ」
「え、そうなの?」
「そう。でも十四になったらだから、まだ先の話だよ。だいじょうぶ。セラをひとりぼっちにはしないから」とエリー兄さまは私の頭を乱暴になでた。
「うん、兄さま、ありがとう」
エリー兄さまの肯定の言葉で、パズルのようだった記憶のピースがパチリと綺麗に嵌った。
この世界は前世で遊んだゲーム、『Eternal☆Promise〜誓いの書』の中の世界だと。
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『Eternal☆Promise〜誓いの書』通称『エタプロ』。
前世で女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる「乙女ゲーム」の王道ゲームとして発売されてた。
特に突出した神ゲーでもなければクソゲーでもない、スチルと声だけはは折り紙つきのヌルゲーだったと思う。
女主人公は、剣と魔法の世界にあるヴィンデュス王国の「ヴィンデュス王立高等魔術学院」に十四才で入学。攻略対象と交流を深め(主にデートで)様々な行事イベント(クリスマスとかバレンタインとか……名前も主旨も違うけど)を経て、迫り来る困難に立ち向かい(個別ルート分岐だ)、無事告白イベ(振られることもあり)、ラストは愛しあう二人に加護を与えるアイテム「誓いの書」に名前書き込んで大団円。うん、どう見てもごく普通の王道学園ものだ。
攻略対象は5人。
金髪碧眼の俺様王子、銀髪美形の腹黒公爵子息、赤毛チャラ男の脳筋騎士見習い、茶髪に大型犬仕様の魔術特化の伯爵御曹司、隠しキャラの不遇な王兄の息子。
それぞれいろんな悩みを抱えていて更に個別ルートで様々な問題が起こり、それをヒロインと二人で乗り越える。
もちろん、ライバルの悪役令嬢も存在している。ヒロインをいじめたり攻略対象の間に横入りしたりするけど、結局、断罪イベント後に学園追放になる……はず。
さて、そこまで思い返して疑問が浮かぶ。
―――ここがゲームの世界だとして、私の役割ってなんだろう?
攻略対象? って私は女だし。
悪役令嬢? 公爵家出身の姫君だったな。名前は『マリー姫』。うん、うちは平民で『令嬢』じゃないし。ないな。
ヒロイン? 確か一代男爵家の養女で……『ユリカ』って名前だったかな? 名前違うし、養子の予定はない。
名前付きのサブキャラ? う〜ん……『セラ』って名前のキャラはいなかったような?
じゃあ、さ、モブじゃない? もしかしたら彼らとは顔も合わせないんじゃないかな?
大体、世界が同じだからと言って、彼らと同じ世代であるとは限らないよね。親世代かもしれないし、もうとっくにゲームが終わった後かもしれないし、ずっとずっと前の前時代かもしれない。むしろピンポイントで彼らと同じ時代の同じ学院に入学するほうが確率低いんじゃ?
それに、もし彼らに出会ったとしても、確かこのゲームは全体的に平穏な世界の平和な学園生活が主となるもの。個人ルートに若干アクション場面があるけど、そう危険な場面はないはずだ。
―――あ〜もう、悩んでも仕方ないしね。それより、ここが『剣』と『魔法』の世界だという方が面白そう。
ずっと、【ファイアー】とか派手に魔法使ってみたかったんだ。だって、憧れるでしょう『魔法使い』。
魔獣とかと戦うのは怖いけどね。
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ぼんやり考えてると、エリー兄さまがため息ついた。
「飽きたみたいだね」
エリー兄さまは本を閉じて書棚に戻した。
「違う本、読む? それとももう読書は止めようか?」
「兄さま」
「うん、どうする?」
「魔道書、読んでみたい」
エリー兄さまは、目をパチパチ瞬かせた。
「あれれ? セラは魔術に興味あったっけ?」
「えっとね、急に使ってみたいかな〜って。えへへ」
「う〜ん。魔術はセラはまだ早いんじゃない? それに魔道書って子供には簡単には読めないよ」
「えぇー」
「ほら、セラはもうすぐ魔力判定があるじゃん。それからなら先生が教えてくれるよ。そんな先じゃないし、勝手にやったら怒られると思うよ」
そうだった。この国の子供が六歳になった年に必ず魔力判定を受ける。そして、魔術の適性があるものは魔術を、適性のないものは守護魔石を貰える。それからなら適性のあるなしに関わらず、それに応じた魔術を学ぶことができるんだ。
「う〜。早く魔術使いたい……でも、今は我慢する」
「うん、セラはいい子だ」
エリー兄さまに褒められました。えへ。
「で、どうする? もう、本はいい?」
「いや〜。今度は冒険者のお話がいい。兄さま、読んで〜」
「了解。ちょっと待ってて」
早く魔術使ってみたい。今からその時が楽しみだ。
ありがとうございました