閑話 夏の終わりに
友達が増えて賑やかになって、笑って泣いて怒って過ごしていつの間にか五年の月日がたっていた。
盛りが過ぎて幾分涼しさを感じる夏の終わり。
明日、ずっと一緒にいた友達がこの地を去っていく。
*****
アーシュがこの地に来てからいろいろあった。
ずっと滞ってたアーシュの魔力測定をしたこと。それから、彼の魔術の技量がぐんぐん伸びていって、直ぐに私を抜かしてエリー兄様に追随していった。
十歳になった時に兄様とアーシュは二人で冒険者ギルドに登録に行った。Eランクの駆け出しだけど、冒険者になったことで、フロワサールの森にも立ち入り許可が出て特訓と称して堂々と遊びに行ったり。……良いんだけどね、別に。置いていかれても……。
その他にも、エリー兄様とアーシュを相手にアナ先生の厳しいダンスレッスンが始まった。最初は足を踏んで踏まれて大変だったな。良い治癒魔術の練習にもなったし。
後は……エリー兄様が仕掛けてきた魔術を、アーシュの魔道具で撃退したり。アーシュって、やっぱり研究者気質があるみたい。一度術式を組み始めると寝食忘れるというか、出来上がる頃には心身ともボロボロになってる。せっかく見た目は王子様なのにね……。
「そういえば、塔の落下防止魔術の魔法陣の術式書きかえっちゃって怒られたこともあったな……」
その時のとこを思い出すと笑いがこみ上げてくる。
エリー兄様との喧嘩みたいなじゃれあいの売り言葉と買い言葉で、塔の落下防止の術式を兄様の言うとおりに書き換えて(本当は、魔法陣の術式の書き換えなんて組んだ本人以外は出来ないはずなんだけど、なぜかアーシュには出来る。そういう所はさすが天才としか言えない)、それに見事に引っかかったのは私。
唆されて塔から落下して、地面寸前で引き戻され再度落下……はい、バンジーってやつです。いや、ちゃんと魔法陣があるって分かってたけど、怖かった。だけど……終わってみたら、もう一度やりたいって思っちゃった……。
もちろん、その後はものすごく怒られて直ぐ術式は書き直され、全員一ヶ月は塔にお詫びの奉仕作業に通った。今から思い出すと、よくそれだけですんだと思うけど。
こうして、幼馴染三人、楽しく過ごしてきた時も今日で一旦終わりだ。
エリー兄様とアーシュは十三歳になり、二人とも来年王立魔術学園に入学が決定している。
そして、アーシュは貴族なので、入学前の一年間準備入学として、一年早く魔術学院に通う事になった。
すでに騎士団寮のブルムスターの小父様宅から荷物は全て運び出され、昨夜は父様と兄様、ブルムスターの小父様夫妻と先生方でお別れの晩餐も済ませている。
そして小父様とアーシュは今朝早くに騎士団にある転移陣で王都に発っているので、もうここに彼はいないんだ……。
「ほんと情けない顔」
手鏡に映っている赤い目の自分の顔を見ての感想がそれだ。
泣き虫のくせに、昨日一日、彼等の前では最後まで泣き出さなかった自分を誇りたい。でも、もう我慢しなくても良いかな……。
夜散々泣いたのに、また頬を冷たいものが流れていくのを感じる。
「……寂しいよ……アーシュ」
――トントン
遠慮がちに扉をノックする音がした。
「ごめんなさい。気分良くないので誰にも会いたくないの」
「僕だよ。ごめん、ちょっとでいいんだ。顔見せて」
え、アーシュ? もう行ってしまったのじゃないの?
「セラ、お願いだ。ここを開けて」
急いで扉を開ければ、アーシュがそこにいた。
彼はちらっと私の顔をみて、困ったように眉を寄せて視線を外す。
「アーシュ……。何でここにいるの?」
「うん、ちょっと渡す物があってね……」
そう言いながら、彼は小さな箱を渡してきた。包装も何もしていないプレゼントというにはあまりにそっけない物だった。
「本当はもっと前にあげたかったけど、手こずってしまって。やっと今朝完成したんだ……。セラ、これ受け取ってくれる?」
「あ、ありがとう……」
なんだろう、と思いながら箱を開けると、彼の瞳と同じ色の石の嵌ったペンダントが入っていた。そっと触れるとかすかな魔力と複雑な術式の一部が感じ取れる。
「これは、何?」
「音声伝達の魔道具。これと対になってる」
彼はそう言って、服の中にしまってあった同じ形のペンダントを取り出した。
「溜め込める魔素が多くないから、短い間しか話せないしそんなに頻繁には使えないけど」
「……」
「離れてもセラと話したい。だから使って?」
「……いいの?」
「うん」
「私……勉強の邪魔しちゃうかも知れないよ」
「セラの方が大事だよ」
「それに、こんな貴重な魔道具……」
「ヒントをくれたのはセラだよ。これは試作品だし」
そういえば、アーシュと携帯とかの話ちょっとだけしたことがあったな……ほんとに少しだけなのに覚えてたんだ……。
「セラの声が聞きたいんだ。使ってくれると……僕と時々話してくれると嬉しい」
「……あ、ありがとう……」
再び涙が溢れそうになる。けど、今度の涙はどこか暖かい。
アーシュは私の涙をそっと人差し指で掬って、「ごめんね、もうちょっと早く完成出来たらよかったのに」と呟いた。
私はペンダントを抱きしめて首をふる。
「ううん……。本当にありがとう。……大切にするね、アーシュ」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「うん、こちらも大分慣れてきたよ」
僕の友達が住む『フロワサールの森』を離れてすでに二ヶ月がたっていた。
その間、急変した生活に追われながら、こうして時間を見つけてはセラと話してる。
このペンダントの魔力蓄積量だと二週間に一度の十分ほどの通信が限界だと最近わかってきた。離れている時間に対して話せる時間が圧倒的に少なすぎる。ああ、また改良しないとな……。
この通信用ペンダント。
「離れていても話せる小さな魔道具」というセラの一言で思いついた。
技術的にはそう難しくはなかった。要するに音は風の振動と同じなんだから、一方の振動を記録してもう一方で同じように再現すればいいだけの話。だけど、それをするには魔力の供給がネックだった。何度も試した結果、電気石を使うことでそれは何とか解決したけど。あの石は、電気を発生させるとともに魔素を取り込む性質があるんだ。
だけど、最も苦労したのは実はアズリ家の防御術式に引っかからないで通信出来るような術式を組むことだった。通信だけなら簡単だが、あそこの防御は恐ろしく強固だからなぁ。師が了承してくれなければ、お手上げだっただろう。
「――ああ、そろそろ時間切れかな? うん、セラもね、気をつけて。じゃ、また二週間後に」
名残惜しいけど、もうそろそろ時間だ。
僕が通信を追えるのを待っていたかのように、横合いから声がかかる。
「恋人との会話は終わったか? フィリス・アーシュリート・ブルムスター」
「……殿下」
目の前にいたのはこの国の第一王子、ソル・リュスラン・ザフィリア殿下だった。また、彼の後方の少し離れた場所に、彼の友人たちが控えている。
「残念ながら恋人ではなく、友人です、殿下」
「そうか? 随分楽しそうに話し込んでいたようだが」
「……。いえ、僕はいつもこんなです」
最近、よく殿下に話しかけられる。
殿下と最初にあったのは、プレスクール入学後の最初の実技授業の時だった。皆が手こずる課題をあっさりこなした僕を面白く思ったらしい。
しかし、まぁ、この殿下は不思議な人だ。何で僕なんかに話しかけてくるのか未だにわからない。
「お前のその【通信魔術】、魔道塔の連中に見せたら賞賛されるぞ。一度、顔見せてみるか?」
「……お気持ちはありがたいですが、今は他のことで精一杯ですので」
「そうか? もったいないと思うんだがな。お前、レドヴィックを出てるから、魔道塔には立ち入りづらいだろう?」
この国の魔術の最高峰「魔道塔」は一般には実力主義と言われているが、実はほとんど世襲だ。魔術系貴族の一派であるレドヴィック家を出た僕には中に入る権利はない。
もちろん、本当の実力で魔道塔の職を獲得した者いるが、全体から見ればほんの一握りであるし、むしろ、レドヴィックを捨てた僕が今後採用される事は考えられない。
「魔道塔でなくとも魔術師の需要はあるがお前は研究者向きだろう? その魔道具一つ取ってみてもわかる。……ほんとに惜しい。
そうだな、アーシュリート・ブルムスター。お前、良かったら私の側で働いてみないか?」
「……殿下の元でですか?」
「純粋にお前の魔術が埋もれるのは惜しいと思う。それに、私の世代で一番の魔術師はお前だとも考えているしな」
「……殿下、一番の魔術師は僕じゃないです」
そう、僕よリ彼のほうが魔術師としては上だ。それはずっと背中を追ってきた僕が一番知っている。殿下が欲しているのが「一番の魔術師」であるなら、彼を外しては語れない。
「……そうなのか? 今のところ、そんな者がいるとは思えないが。だが、私の言葉は簡単には覆らないぞ。
返事はあとでいい。気は長いので待っているさ」
殿下はそう言い残すと、側近たちを促して去っていった。
正直、殿下の言葉に心が揺れない訳がない。半端な力しかない僕を欲してくれているのだから。
それでも。
「さて、次のセラとの通信まで二週間か……。長いな……」
僕の中の一番大切な物は譲れない。殿下を彼女たちの上にはどうしても置けそうにない。
そんな僕が、殿下の側で殿下を守るなんて本当に出来るのだろうか……。
蔵出しみたいなもので読み返せなかったので、いろいろと粗が……。
時間があったら手直しするかもしれません。
本年度はこれが最終の更新です。年明けはちょっと時間が取れませんので、5日前後の更新となる予定です。