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第16話

アーシュ視点その二

 

 夢じゃなかった。


 目が覚めたら、ここはまだ閉じ込められた部屋のままで、状況は少しも変わってない。

 なのに、それがこの上なく嬉しかった。


 まだ、セラがいる。

 夢じゃなかったんだ。





*****



 目覚めてもセラは消えなかった。

 そればかりか、体も楽になってたし、いつの間にか黒玉君たちも増えていた。

 そして、黒玉君たちが持ってきた魔石を使って、僕の魔力を放出し魔力封じの手枷を外してた。

 全部セラがしてくれたことだ、凄いなぁと心から感謝した。

 だけど一つだけ。セラの話だと、小窓から脱出を図ろうとしたようだけど、幾らセラが華奢と言っても難しいんじゃないかと思う。現に、黒玉君も嵌った言ってたし……。


 セラの意見で、僕達はここから逃げるという選択をした。

 本当は、ここで救助を待っているのが一番安全な方法なんだと思う。でも、セラには何か他の考えがあるようだ。

 

 だったら僕に出来るのは、二人が無事脱出出来るように頑張る事、カームの【探知(ディテクト)】を使ってできるだけ安全な道を探ることだけだ。


 その結果、分かったのは、ここは半地下の一階部分で、上に行く階段は一つだけ。その前には見張りがいるが、彼は定期的に移動してる。彼の動きが分かれば、脱出も不可能じゃない。


 カームに願って【探知(ディテクト)】を展開したまま、僕達は逃げ出した。


 

 途中誰にも会わなかった。会わないルートを選択してきたからだけど、でも、本当に上手く言ってるのか? 誰かの掌で踊らされてるだけでは? ふと不安が胸を過ぎる。


 その不安は的中した。

 後一歩で逃げられる、とほっとしたその時。 


「きゃあぁぁ」

「セラ!」


 体ごと後ろに引きこまれ、鼻に剣の切っ先が当たってた。

 セラは、体格のいい男に抱えられてる。


「坊やは動くな。動くとお姫さまが傷つく。ペットも大人しくさせろ」


 言われるまでもなく黒玉君は動かない。警戒は解いてないが。


「子供だと思ってたけど、意外とやるじゃないか? どうやって手枷を外したんだ? なぁ、レドヴィックの天才児」


 そんな子供はいない、いたとしても僕じゃない。僕は半端者なんだから。

 

 僕達は再び拘束された。



*****



 頭領と言われた男は僕を知っていた。そればかりか僕が売り飛ばされたと匂わしていた。

 それを聞いた時に、ああそうか、という諦観しか湧いてこなかった。僕は彼等からとっくに切り離され、僕もすでに彼等を家族とは思えなくなっていた。不思議と憎しみの悔しさもなかった。


 それよりも、奴らの提案の方が、僕を苛立たせた。

 僕だけならいい。

 奴隷だって? 今とどのぐらい変わる? 

 死ぬのが怖い? 生きてることが楽しいとは言えなくなってるのに?

 

 だけど、そんな運命にセラを巻き込むのだけは嫌だ。


 そう思ったら、自然と魔力が放出されていく。術式の制御がないただの暴力の力が、周りの物質に干渉し作り変えていく。


 風の質が変わった。より強くより荒れ狂う性質へと。火を呼び、熱を帯び、熱風へと。


 これなら、奴らを殺せる、そう思ったその時。

 僕が起こした暴風が部屋にいた一人の子供を風が切り裂き、血が流れ……。背後にいたセラが怯えたように震えた。


 気づいてしまった。


 セラを助けるためには、この部屋にいる奴らを殺さないと。

 でも、そうしたらセラの心は傷つかないか? こんなに優しい繊細な子なのに?


 では、潔く僕が死んだら? 僕は楽になれるなぁ……。

 だけど、その時セラは? 奴隷になる? 死ぬ?


 どちらも嫌だ。


 迷っている内に魔力がどんどん膨れていく。

 慌てふためいている男たちを見ながら、いい気味だとちらりと思った。


 


 その時、かすかに背後から魔力を感じた。僕を覆ってくる、優しい魔力が。

 セラだ。

 魔術の素養がない僕には、それが何かはわからないけど。


 そして、かすかなセラの泣き声。


「アーシュ……アーシュ……ごめんね……ごめん」


 

――ああ、もう傷つけてる。


 魔力を暴走させなければ、僕達は助からない。

 暴発させて助かったら、僕達以外はみんな無惨に死んで、セラの心を傷つける。



――どっちも選びたくないなぁ……。


 そう思ったら、いつの間にか風が止んでいた。




――何をしたい?


 強大な力を孕んだ声とも取れない声がそう訊いた。

 だから、応える。


 セラが無事に家に帰ること。心も体も。


――望み叶えるためなら、己を差し出せるか?


 そんなの聞かれなくても決まってる。彼女の()未来(・・)の笑顔を守れるなら。


――契約を。



「――そうだね。……いいよ。こんな魔力全部持って行ってよ……。【汝と契約する。雷狼】」




――ウォォォーーーーーン







 巨大な黒い獣が青白い光を放出し、男たちが倒れていくのを見た。

 ただ倒れているだけで、彼等が死んではいないのも確認できた。


――これで、守れたかな……。


 




 情けないことに、それからのことは実は余り覚えていない。

 後から聞いたらあれからもいろいろあったようで、セラにまた命を救われていた。

 僕はまだまだ半端者だ。



 巨大な獣は「聖獣」である「雷狼」で、クローヴィスと名付けた。元が黒玉とは思えない凶悪な顔立ちをしてるが、中身は変わってないようだ。

 雷狼クローヴィスとの繋がりは、カームリザートよりも強い。もう「魔力飽和」を起こすことはないだろう。

 


*****



 事件から三日がたち、やっとセラが目を覚ました。 目覚めて直ぐ、彼女は僕を訪ねてくれた。

 三日ぶりに合うセラは、予想通り、髪の色が変わっていた。


 エリーには話を聞いていた。

 セラが連れていた二匹の動物は、最初珍しい新種の守護獣の幼生かと思われていたらしいが、実はもっと珍しい「聖獣」の幼体だった。

 どちらも成長した姿は確認されたことがあったが、幼体での発見、契約は初めてらしい。あの、クローヴィスの凶悪な面構えは、僕から魔力を奪って無理に成長させた一時的な姿だろうと彼等の師が推測していた。

 その二匹のうちの片方、『月光鳥』とセラは契約をしたらしい。

 その為、セラは華やかなピンクの髪から静謐な青い月色の髪に変化していた。正直、最初見た時は、月の妖精が来たのかと目を疑ってしまった。


 だけど。


「綺麗な青月(ブルームーン)色だよ」と指摘したら、セラは驚いた表情になり、みるみる目に涙が溜まっていく。

 まずいことを言ってセラを悲しませたのはわかった。必死で慰めたけど、彼女は……。

 僕では力不足、結局セラの父に委ねるしかなかった。


「セラもいろいろ抱えていることだけは覚えていて欲しい」

 その後少したってから、氏からはそう告げられた。やはり、大人には敵わないかとかなりへこんだ。





 その次の日。

 僕は、図書室から外を眺めていた。いつものように気配を消して、誰にも見られないようにして。

 でも、セラはすぐに僕を探しだした。

 

「外、好き? 遊びに行きたい?」


 と尋ねてくる。どうなんだろう、僕は行きたいのかな? 考えたことないから良くわからない。でも、君と一緒なら。


「そうだね……行きたいけど」

「じゃあ、行こう、兄さまも誘って」

「……いいの……?」

「もちろんよ」


 一緒にいけるんだ。もう僕を留める人間はいない。僕が見えない人間も。


 僕は彼女の手を握る。言いたい事はいろいろあるけど、今はこれしか言えない。


「セラ。あの……僕と……友達になってくれる?」


 セラは、驚いたのか口をポカンと開けてたけど、すぐに笑顔を浮かべる。


「もちろん。アーシュは友達だよ。これからも一緒に遊ぼうね」

「うん……これからも……一緒にね」


――ずっとずっと、君と一緒にいたい。だから……僕の側にいてね、セラ。



****



 それから。


 ブルムスターの大伯父夫婦に引き取られ家名が変わり、大叔父夫婦とともにフロワサールの駐屯騎士団寮に移ってきた。大叔父の家はレドヴィック邸よりずっと小さいが、どこか暖かく感じる。

 

 更に、セラやエリーと一緒に様々な教育を受けることになった。


 今日がその初日。初めての魔術の授業を受ける。

 少なからず嬉しくて、予定より早くアズリ邸に向ったのだけど、そんな浮かれた気分は一瞬で吹っ飛んだ。


「なに、この異様な魔力……」


 アズリ邸の門を前に先ず声も出ないほど驚いた。

 あまりに驚いた様子にさすがのカームも心配したのか、僕の意思とは無関係に【探知(ディテクト)】が展開される。

 出た結果は。


――【物理攻撃防御壁】に【全属性対応対魔術結界】、【探知阻止】に【感応阻害】おまけに【転移防止】? それも多重展開って? 確かに、「渡りの森」に近いけど、この防御って、王城なみに固くないか?


 そして、やっと一歩敷地に足を踏み入れたのだが、門番がじろりと僕を睨み付けてきた。こんな強面、騎士団にもいなかった。更に、庭師は【地魔術】で畑耕してるし、メイドは【水魔術】で大規模水撒き(スプリンクラー)してるし。


――これもう生活魔術のレベルではないよな? 冒険者レベルはあるんじゃない?

 

 更に、館に入ろうと玄関の前に立つと、途端に吐き気がこみ上げて帰りたくなってくる。これも魔力が動いてたから、多分軽い精神干渉系の魔術なのかも知れない。不快感に耐えて待っていると、ちょっと抜けた感じの使用人が出てきて、「すみませーん。まだ、新しい登録が終わってなくて」と謝っていたので、多分僕の予想は当たってると思う。登録された人物以外は即刻お帰りくださいってことだろう。


 内部に入ると……すれ違う人すれ違う人、僕をそれとなく睨んでる? というか、大伯父のように足音がない。ということは結構手練だったりするとか? 使用人全員が? まさか?

 

 通された部屋で、再びカームが【探知(ディテクト)】を展開させた。結果は……。やっぱり魔術で防御してる。その上、家具といいインテリアといい一見地味だけど、すごく高価な物使ってる。レドヴィックでもこんな高いもの使ってない。

 セラの父上はフロワサールの森番て聞いたけど、その給料でこの屋敷の維持はできるの?


 

 暫く待ってると、ごく平凡な印象の男性が入ってきた。時代遅れのローブを着ていてとても使用人には見えない。


「マークといいます。あなたが、ブルムスター老のところのご養子さんですか?」とにこにこしながら尋ねてくる。


「――アーシュリート・ブルムスターです。今日からお世話になります」と僕は軽く挨拶し、これから師となる人物を見上げる。


――あれ?


 目の前の師に違和感を覚える。

 この人、奇妙なローブを着た青年……本当に青年……? もっと年上に見える……いや、まだまだ若い……? 男性……違う女性かも? いや男性だ……あれ? よくわからない……。え?

 

 一時混乱したが、もう一度師と師のローブを見比べて、やっと分かった。

 師の纏っているローブに刻まれた見たことのない”文字”。これって、多分魔術言語だ。では、何かの魔術がかかっている?

 じっとローブに刻まれた文字を興味深く見ていると、マーク師が笑みながら尋ねてきた。


「おや、これ(・・)が見えるのですか?」

「あ、はい。何かはわからないけど、変な”文字”があります」

「ほう、で、君はこれが読めますか?」

「読めません」

「では、これはなんだと?」

「……推測でいいですか? 多分、何かの魔術がローブにかかっているのだと思います。先生が変な風に見えますし」

「なるほど……面白いですね。これを一発で見抜けたのはあなたが最初ですよ」と彼は小さく笑った。

「確かに、あなたが見た”文字”は魔術言語による術式の一部です。そして、あなたの言うとおり、このローブには【認識阻害】の魔術がかかっています。初見ならまず私の人種も性別も年齢もわからないですし、わからない(・・)ことすらわからせない(・・・)、そんな魔術です。

 ふふ……合格です。これからが楽しみです。しっかり鍛えて差し上げますので、ご期待下さい」

 

 そう言った師の顔は平凡なんだけど、そうは思えないほどのいい悪人面をしていた。


「アズリ家にようこそ、アーシュリート・ブルムスターさん、歓迎しますよ」




――もしかして、僕はとんでもない場所に踏み入れてしまったのではないだろうか。

 この家、どう見ても普通(・・)ではない。一体、何を隠してるんだ?






お読みいただきましてありがとうございました。


これで、主人公幼少期編は終わりです。

閑話を挟んで、魔術学院編に入ります。

新しい登場人物も出てきますので、ご期待下さい。



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