第13話
前日の午後12時に第12話を投稿しています。
最新話より来られた方はお手数ですがそちらからお読み下さい。
連れ込まれた場所は、さっき苦労して抜けた広間だった。
十人以上がダンスしていても余裕の空間が、酔っ払って酒臭い男達で埋まっていた。
彼等の間には、首輪や足輪で繋がれた同じ年代の子ども達が、生気のない目で座ってる。きっと、私たちのように何処かから攫われた子供達なんだろう。
酔っ払った男達の笑い声や酒瓶や食器のぶつかる鈍い音が、私の頭の中に侵入してきて気持ちが悪い。
そんな私を励ますように、アーシュが繋いだ手に無言で力を込めてくれる。一人ではないと言われてるみたいで安心する。
男たちの前を通り抜けて、上座の椅子に私を捕まえた男が座る。その前にアーシュと二人投げ出された。
一斉にこちらに向けられる目は無情で悪意に満ちている。
「頭領、そいつらは?」
「逃げようとしてたから捕まえてきた。お前ら、俺は、しっかり見張っておけといったはずだが聞いてなかったのかよ」
「そんなことありませんぜ」「チッ、下っ端はこれだから……」「おい、お前、下の見張り役を始末してこい!」「……そんな、殺生な」
「煩い、やめろ!!」
一斉にがなりたてた男たちだが、彼等の頭領の静止で一発で収まる。
「まあ、いい。こんなガキでも魔術貴族の名門レドヴィックだ。今回は多めに見てやる。……で、天才児、次はどう出る?」
「……」
「俺たちは見ての通り、魔力の高い子供を欲してる。お前もおまえの横にいるガキも該当してるんだが、正直、お前は使いづらそうだな……。レドヴィックからはどう始末してもいいと言われてるし」
と、男が考えこむ振りをした。振りだと分かるのは、その目でこちらを捉えたまま口元に笑いを浮かべてるからだ。
「……レドヴィック……が……僕を……?」
「ああ、連れて行けって差し出されたぜ」
にやりと男が笑う。この人、アーシュを甚振る気だと咄嗟に分かった。
「信じちゃ駄目だよ」とアーシュの手を握り返す。「この人の言ってることに真実なんてないよ。信じちゃ駄目」
「へぇ、チビガキでも女は女ってか。守ってもらえて良かったな、天才児。ま、信じる信じねぇは俺にはどうでもいいことだ。……そうだな、こうしよう」
頭領の男は、くつくつと笑いながら言った。
「選択肢をやる。一つは、ここにいるガキどもと同じように、その体に【従属の印】の契約印を刻み、『外』で奴隷として生きる。まあ、待遇は買い手次第だが、命は保証してやるよ」
【従属の印】って、あの禁術の、と思わず言いそうになった。【闇属性】の精神干渉系の魔術で、あまりに非人道的ということで何十年も前に禁術指定を受け、もう使う人は絶えたと言われている魔術だ。契約印を受けたものは、主の言うことに一切逆らえなくなる。それがどんな非常な命令だとしても。
頭領が言った途端に、部下の男たちが囃したてる。魔力の高い子供は、外では高い値段で売れるらしい。
彼等をふただび静かにさせ、頭領の男は鋭い視線を私たちに向けた。
「もう一つの選択肢は、いうまでもなく『死』と言うことだが……ただそれじゃ面白くねぇよな。もっと幅を広げてやるぜ。――そうだな……。一度だけ機会をやるよ。俺たち全部を叩きのめしたら、お前らは自由だ。剣でも魔術でも、素手でも良いぜ。存分に抵抗してみろ」
男達の笑い声が響いた。「頭領も案外お人好しだ」「一発食らったら、やり返して良いんですよね」「おお、それなら、まじめに受けてやるよ」
「セラには、手を出すな」
アーシュが唸るように言った。
「そっちのガキか? まあ、考えておいてやるよ。で、どうする? 鎖に繋がれての生か屈辱の死か、選ぶのはお前だ」
アーシュの手が私から離れた。彼の魔力が溢れだしていくのが分かる。
彼は選んだんだ。抵抗して生きる事を。
彼から感じる魔力は、術式の制御を外れた純粋な魔力だ。それが、周囲に徐々に干渉していく。小さな風が渦を巻き、流れ、大きな流れとなって。
魔力が高まると同時に、アーシュの身体も熱を帯びていく。
ビュンと空気の塊が、左横の集団を襲う。
したたかに殴りつけられた男が中を舞った。
今更なのに、男たちが慌てて防御壁を張っていく。
だけど、もう限界だ。術式なしでの魔力放出は危険なの、アーシュ! 暴発しちゃう。
「駄目だよ、アーシュ!」
そう言ってしまった後で、私は頭領の男が私達を面白そうに見ているのに気づいてしまった。もしかして、この人、アーシュが術式を知らずに魔術を使おうとしていることを知ってる?
ついに、一迅の風がジャリ、と鈍い音を鳴らしながら、一人の子供を襲い、その子の頬から血が飛び散った。
そして、本当に唐突に、私は分かってしまった。
このまま魔力の暴発を起こしたら……男たちに死かそれと同等のダメージを与えて、アーシュは助かるだろう。けどそうしたら、彼は、一生苦しむことになる。罪のない子供を傷つけた者として、ゲームの「フィリス」のように。
けど、起こさなかったら?
ここで、アーシュは殺されてしまうだろう。
――なんて酷いシナリオ。
私は……。
ヒロインの現れるまでの十年、ずっと悪夢に襲われる「フィリス」を、ずっと一人で耐えている「フィリス」を助けたかった。
血を吐くような彼の告白、『今でも、切り刻まれた子供の姿を夢に見る』『彼等の家族から今でも手紙が届く、君が生きていてくれてありがとうって』それを覆したかった。
一人で生きるのがつらい事は知ってるから。命が奪われる苦しみをわかってるから。
ただ『フィリス』ルートを変えたかった。
なのに。
その代償がアーシュの命なんて……。残酷だ。
本当に私はなんにも出来ない。ただの無力な子供だ。すがりついて泣くだけの。今頃思い知っても遅い。
だから、私は【風壁】を彼に張る。彼が傷つきませんように。私の今の実力では、それだけしか出来ない。
「アーシュ……アーシュ……ごめんね……ごめん」
「ちょっ、やばいんじゃ」「頭領!! おいだれか、【結界】はれ!」
さすがに尋常ではない魔力の高まりに、男達が焦り始めた。
風は怒り狂い、なぎ倒し、焦がし、蹂躙していく。後、何かでつついたら張れるするほど膨れ上がったその時。
――ウォーン
クロちゃんが鳴いた。その瞬間に一切の魔力が消失した。
つかの間の凪の時。
アーシュの声だけが響く。
「――そうだね。……いいよ。こんな魔力いらない。全部持っていって……。【汝と契約する。雷狼】」
――ウォーーーーーーーン
目の前に巨大な、黒い毛並みに首元に金色の飾り毛の”狼”が躍り出た。
黒玉スピッツと同じ色だけど、まったく存在感の違う怪物。
彼が一声鳴くと空中に無数の青白い光の玉が現れ、一斉に放電した。
眩い光の中にすべてが飲み込まれていく。
****
光が収まった後で立ってたのはアーシュと私だけだった。
アーシュの薄茶の髪が闇色に染まってる。それは、彼の背後の巨大な存在と同じ色だった。
「……クロちゃん?」
姿は似ても似つかないのにそれが既知の小さな子犬だとわかる。
ウォンとひと鳴きし、雷狼はいつもように私の手を舐めた。
アーシュは力尽きて、クロちゃんに凭れて膝をついた。
「……終わったの?」
辺りを見回してそう問いかける。皆倒れてるけど、多分生きてる。彼等からかすかに魔力を感じるもの。
アーシュも同意するように頷いた。
ほっと息をつく。
けれど。
まだ終わりではなかった。
笑い声が聞こえ、声の方を見るとほとんど傷のない頭領の男が姿を見せた。
クロちゃんが威嚇の声をあげる。
「ははは、【雷放電】とはね。面白い。――だが、残念ながら殺生を嫌って出力を弱めたのがそっちの敗因だな。こういう時は確実に殺さないとな。飛んだあまちゃんだ。……とはいっても、【結界】で魔力を使いすぎたわ。ギリでアイコってところか? 本当に面白いやつだよ、お前」
ひとしきり笑うと「じゃあ、次、行こうか」と笑いを止めた。
「さて、もうすぐ、ここに追手が来る。なんで分かるかって? あれだけの魔力の放出があれば、流石に騎士団の捜査網にひかかるだろうよ。こっちが張った結界も綺麗に吹き飛ばしてくれちゃってなぁ。だから、それを踏まえて次のゲーム。生きて無事に救出されればお前らの勝ち」
ヒュっと男が手首を返し、キラリと光る刃がアーシュの左肩に突き刺さった。
「アーシュ!」
「親切に急所は外したぜ。でも残念なことに毒刃なんだわ、それ。即効性で強力、その上、解毒剤は待ってない。さて、もう誰か来たみたいだな。じゃ、俺は逃げるわ」
クロちゃんが飛びかかったけど、一瞬の差で男の【転移陣】が展開され、男の姿が消えた。
同時に私とアーシュの足元にも【転移陣】が。
「そっちは終点を設定してないから、どこに行くかは俺も知らん。その天才の坊やが毒が回るまでに見つけてくれるかな? じゃあな、糞ガキども」
ふてぶてしい笑い声を残して、男の姿は消え……私の周囲の風景も変わった……。
****
見知らぬ場所に私達は二人だけで取り残されていた。
見えるのは草の波だけ。街も人の声も灯りすら見えない。空からはチラチラと雪が舞い落ちている。
アーシュの意識はすでにない。息も荒く顔色も青白い。
――このままじゃ……。
最悪の予想が頭をよぎる。
「やだ、アーシュ、死なないで。だめだよ、あなたは幸せになるの!!」
あなたを助けたいの。死ぬのなんていや。笑ってて欲しいの。
誰か、アーシュを助けて、お願い誰か!!
「え?」
その時、脳裏を聞こえたのは囀り。意味が分かるようでわからない、言語のような言語ではない声。
助ける、と言っていた。自分と契約しろ、と。
「……信じていいの?」
一瞬迷った。でも。
「【契約します。月光鳥よ】」
だから、アーシュを助けて。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「雪華祭」が開催されている王都で、その夜騎士団による大規模な誘拐団の摘発があった。被害者は十数人に上り、その中には貴族の子供も含まれていたと言う。
誘拐団の隠れ家において、構成員は一人を除き捕縛され、誘拐された子供達は全て無事に保護された。
また、隠れ家の一室にて転移陣が二つ発見され、魔術師団の協力により迅速に痕跡を解析され追跡した。
そのうち一つの転移先より黒髪の少年と青銀の髪の少女が保護された。二人は昏睡状態であったが、それ以外に傷病はなくすぐに回復に向かうだろうとの見解である。
お読みいただきましてありがとうございました。
明日も午前0時投稿予定ですのでよろしくお願いします。