第11話
気がついたらすっかり夜。
かび臭い小部屋の天井近くにある小窓から月が覗いていた。
――失敗した……。
ちょっとだけ様子をみて、何もなければよし、危なそうなら大人に連絡しなくちゃと思ってた。
もちろん警戒はしてたけど、自分がまだ幼い子供だってすっかり忘れてた。前世の記憶分大人になった気でいたんだ。
こっそり路地を覗いてみたのだけど、誰の姿もなかった。一瞬だけ、どうしようと迷ったら背後から抱き上げられて引っ張りこまれて、そのまま連れ去られた。その後はアーシュと一緒に拘束されて、大きな衣装箱みたいなものに押し込められ、荷物としてここに運ばれた。
今は、魔力封じの手枷をはめられて、アーシュと二人で寄り添って暖を取りながら、小窓の月を見上げている。
「寒くない、セラ?」
「大丈夫、くっついてると暖かいし」
なら、良かった、と彼は呟いて……呻くように「ごめんね」と漏らした。
「僕のせいだ……ごめんね」
「そんなことないよ。アーシュのせいじゃない」
アーシュは全然悪くない。
私が捕まってるのは、私が考えなしで甘かったから。
あなたが捕まってるのは、シナリオのせいなだけ、そう言いたかった。
でも、そう言えないから、わざと戯けてみせる。
「きっと見つけてくれる。だって、エリー兄さま、かくれんぼの天才なのよ。どこに隠れてもすぐに見つかっちゃうの」
強がりを言って笑う。上手く笑えてるかな。
いくらエリー兄さまだって、まだ八歳。助けに来てくれるとは思ってないけど……。でも、兄さまなら、ってどこかで思ってる。アーシュも私の強がりと思い込みはわかってるみたいで、優しく微笑んでくれた。
「そうだね。彼なら見つけてくれると思う……」
「そう。だって、エリー兄さまは『優秀な魔術師』だもの」
「エリーは魔術が得意なの?」
「うん。魔術師の卵の卵。先生が言うにはね、エリー兄さまは【全属性】持ちで、術式の選び方と組み合わせ方が早くて正確なんだって、もう大体の下位魔術なら使えるって」
「……そうか」
アーシュは、そう呟いて俯いた。
「いいな……彼には先生がいるんだね」
「うん」
「凄いね、彼。きっとあの術も分かってたんだろうな……。セラは?」
「私? まだ始めたばかりだから全然使えないよ。風系と光系の下位魔術がちょっとだけ。アーシュは?」
彼が「フィリス」なら「将来を期待されている魔術師候補」のはずだ。魔力も一番大きい。だったらきっと。
「僕? 僕は魔術は使えない」
「え? でも……」
「僕に魔術の先生はいない。魔道書を見たこともない。……属性だって分からない」
「そんなことあるわけ無い。だって、六歳の『魔力測定』は義務のはずだよ」
「うん、そうだね……。でも、僕はいない人間だから」
あ、あれ。アーシュ寒いの震えてるよ? それに、こっちに体重かけてきてるし。
「エリーはいいなぁ。家族がいて、先生からいろいろ教えてもらって……。セラといっぱい話が出来て、黒玉くんたちとじゃれあえて」
アーシュの息遣いが乱れてない? 具合悪いの?
「僕は……見えてない人間なんだ。……話しかけても返事はないし、誰も話しかけてくれない……。いない人間に義務なんてないから、魔力も測定してない」
ああ、やっぱり、彼は「フィリス」だ……。
フィリスは彼の家族から疎まれていたんだ。彼が後妻も息子で彼等より大きな魔力を持っているというそれだけで。きっとアーシュも同じなんだ……。だから、この寒空に仕立てだけはいい薄手の上着しか来てなかったんだね……。
「母上が亡くなるまではなんとか生きてこれたけど、今は……。食べものは探せばあるかな……服は……母屋のクローゼットに古いのがあったから。お金は、時々、小銭を拾うからそれ貯めてる。けど、今度はいつ外に出られるかわからないから使わなくてすんでる……」
恥ずかしそうに笑うアーシュ。
なにそれ。
アーシュ、まだ子供なのに。大人だって酷い仕打ちだよ。酷いよ……。
「外にでるのは禁止されてた。母上が亡くなってから今日が初めてだよ外に出たの。人といっぱいおしゃべり出来たのも、出店見たのも初めてだ。初めてがいっぱいすぎて、ちょっと笑えるでしょう?」
可笑しくなんかないよ。何で、何で、そんな穏やかでいられるの?
「兄上のおかげなんだ。今日外に出られたの……。今朝さ、僕の部屋に手紙が置いてあったんだ。『市で待ってる』って。嬉しかった……。だから、ずっと待ってて……。でも来なかった。やっぱり兄上にも僕は見えてないのかなぁ」
ずるり、と彼の身体が傾いて、支える間もなく彼は床に横倒しになった。
抱えようとしたら、かなり熱が高い。
「ごめんね、セラ。僕が……僕が君と一緒にいたから……こんな危ない目に」
「アーシュ、私は平気。あなたの方が……」
「……ああ、大丈夫だよ」
「でも!」
「慣れてるから……だい……じょうぶ……。そのうち、……よくなる……」
――もしかして、これって、魔力飽和を起こしてるの?
高魔力を持つものが時として陥るその状態を、私はマーク先生から教えてもらってた。
アーシュの魔力が脈打つように膨らんではぶれるように渦巻いてる。外に流れだしてるのはごく僅か。確かに時間と共に魔力が少しづつ放出されて良くなるかも知れない。でも、運悪くそうならなければ……大部分の魔力は血液に混じって身体をめぐり、徐々に衰弱していって、時には心臓を止めることすらある。
解決するには、溜まった魔力を体外に放出すること。その術式も私は知ってる。
でも、どうやって?
今、私たちは魔力を封じられている。言うなれば、魔力と術式が遮断された状態ということだ。今の私では【灯火】一つ出せない。
魔力を放出する術式にも、”魔力”は必要だ。その魔力を私は供給出来ない。
――このまま、アーシュが苦しむのをただ見てるしかないのっ?
「………」
泣くな。泣いても何にもならない……。
懸命にこらえたけど。
「……泣かないで……セラ……。本当に大丈夫だから……」
額に汗を浮かべて、うわ言のようにアーシュが漏らす。
少しでも彼の負担を減らしたくて、私は彼の頭を膝に乗せた。
――お願い……。誰かアーシュを助けて……。
「アーシュ、きっと助かる……だから頑張って……」
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夜も更けた頃、雪がちらつき始めている。
王城ニノ壁の騎士団本部に急遽伝令が入った。
静まり返っていた室内ににわかに緊張が走る。
『雪華祭の市場にて、幼児の誘拐事件多発中。緊急応援要請』
伝令の騎士が読み上げたその内容を聞いて、騎士団長ウーゴ・ジョルジアノ・ヒュイスは、強面の顔をさらに歪めた。
「警邏隊は何をやっておるか!! ”奴ら”が今日動くという情報は渡してあっただろうが。後手後手に周り追って。それでも栄えある王都騎士団か!!」
「団長、とりあえず、落ち着いてください」
王都騎士団副団長ロベルト・シャブリエはそう言って城址をなだめる。彼は、その場に待機していた騎士団第五隊、通称警邏部隊の隊長に尋ねる。
「何故阻止出来なかった?」
「市の規模が大きすぎ、また、対象者が予想外に多く絞りきれませんでした」
「それを上手くやるのがあなたの努めでしょうが。団長、近衛を動かしますか?」
「出来ん」
王都騎士団は第五隊まであるが、そのうち第四隊は、負傷者や予備役の所属する仮の隊であり実質存在していない。第二隊と第三隊は交替で国境付近を哨戒しており現在は不在。騎士団の象徴とも言える第一隊近衛騎士団は、王城で行われている「雪華の大舞踏会」の警護に駆りだされて動かせない。
後は、三公爵領にある魔獣討伐専門の討伐部隊だが。
「……要請の名目がない。貴重な魔力持ちの子供と言えど、平民だけだからな……」
公爵領にある駐屯騎士団は、王城にある騎士団とは所属も管轄も違う。彼等を動かすには正当な理由がいる。ヒュイス騎士団長には身分差別をする気はないが、実際問題として「平民の子供」を助けるのに出動要請はほぼ通らない。
「まだ幼い子供だぞ……助け求めてんのに手ぇ出せんとか、騎士の名折れだぞ……」
そう唸っては見ても何も解決しない。
誘拐された子供はほぼ十中八九、『外』に奴隷として売られる。その前に助けてやりたいが。
「せめて、子供たちの中に高位貴族が一人でも紛れてたら格好が着くのですが……」
「おい、物騒な事言ってんじゃねぇよ。そんなの紛れてたら逆に俺とお前の首が飛ぶぞ」
二人が手をこまねいたまま考え込んでいると、従騎士が来客を告げた。
この忙しい時にとおもったが、来客が「シュエット」と名乗っていると聞いて気を変えた。客を迎え入れると案の定、そこにいたのは既知の人物だ。
従騎士ともに副団長を下がらせた後、彼はかのシュエット氏に向き合う。
「で、お前が何のようだ」
「いえ、手詰まりのようですのでお手伝いに。……内密で動かしますのでご許可を。お困りでしょう?」
「困ってねぇ、とは言い切れないのが痛いところだな。しかし何でまた」
「……」
「黙ってたら協力はなしだ」
「……仕方ありませんね……”薔薇”を探してます」
「薔薇か……なんでそんなポカをしたんだか聞きたいところだが、しゃあないな。王都騎士団臨時騎士として許可を与える。ついでに子どもたち無事に全員連れて来い」
「了解です。……それと、団長。一応ですが、内に目を向けたほうがよろしいかと。騎士団の様子が筒抜けになってる可能性がありますよ」
「う、……わかってるよ。……奴によろしくな」
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その頃、銀色に光る小さな鳥が王都の空を一直線に飛んでいた。
その真下に、黒くて丸い生き物が続いている。
彼等は迷いなく一心にある場所に向っていた。
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