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第10話

やっと出てきた攻略対象。

 黒玉スピッツのクロちゃんと、くすんだ青銀色のハチドリのチーちゃんは、どうやら普通の動物ではないらしい。

 最初魔獣かな、と大騒ぎになったんだけど、人には懐かない(・・)魔獣が、クロちゃんのように私の膝を占領するはずもなく、人とは違う(・・)魔力を持つ魔獣が、チーちゃんのように私の魔力を喜んで受け取る事もない。いろいろ可能性を調べては消していって、クロちゃんとチーちゃんは魔獣とは反対の性質を持つ”守護獣”に近い生き物何じゃないかって事になった。

 守護獣って何かって言うと、「生物としての形体を持つ精霊」ってかっこ良く言われてるけど、要するにに魔術師だけが飼えるペットということだ。魔術師しか飼えないのは、守護獣との契約には魔力の有無が関係しているみたいだ。その辺はまだ解明されてないらしいけど。

 クロちゃんとチーちゃんはどうやら”新種”らしい。マーク先生が研究したいようで舌なめずりしてる。危ないから離れちゃダメだよ、クロちゃん、チーちゃん。




****




 さて、いろいろあったけど冬本番になり、雪が本格的に降り出す前に毎年恒例の王都(ザフィル)へお引越しすることになった。


 雪の季節って、普通の獣は冬ごもりで見かけなくなるのに、魔獣は逆に活発化するんだって。だから、雪解けの季節になる二ヶ月後まで、アズリ家の子供たちは安全確保のために移住しなくちゃならない。引っ越しは大変だけど、王都(ザフィル)はちょどその頃はお祭りの最中だから、楽しみなんだ。


 この世界は夜が一番長い日を新年としてる。その日は冬女神アリーシャ様が生まれた日で、その日に大きな例大祭(ミサ)が行われる。そして、ミサの日前の一ヶ月が聖月間(アドヴェント)、別名『雪華祭』という。

 ……前世持ちだから、突っ込みしてもいい? まんま、クリスマスだよね。日にちがちょっとずれてるけど……。



 雪華祭に入る日ぎりぎりにアズリ家は王都入りした。

 一息ついて、この期間にしか会えない友達や知り合いのおじ様おば様にご挨拶して。

 やっと、お祭り見物にいける。

 庶民のお祭りの『雪華祭の市場マルシェ・ド・ネージュ』へ行くんだ!


 毎年、この季節だけ王城に続くメインストリートが解放されている。もちろん、貴族しか入れないニノ壁までだけど。大型馬車二台が並んで走れるほど広いその道の両脇は色とりどりの装飾で綺麗に飾り付けられてる。その季節にしか食べられない名物料理の出店や、可愛い冬女神様の人形のお店とか沢山ある。

 広場には、野外劇場も設置されてて、夜にお芝居が上演されるらしい。夜の外出は出来ないので、言ったことないけど、大道芸人はそこかしこにいるし、子供大人問わず楽しめる。


 でも、なんといってもメインは「巨大ケーキ」!!


 今、目の前を四頭立ての荷馬車に引かれて通りすぎてった。ゆうに大人の身長三人分はある甘い砂糖のかかった焼き菓子(ケーキ)

 それを、お菓子職人さん数人がかりで小さく切り分けて、子供から先に配っていく。巨大なケーキがどんどん小さくなってく。これ、毎日じゃないけど、「雪華祭」の最中は何度も焼くらしいよ。こんなに巨大なケーキを焼くオーブンってほんとにあるのかな?


 お菓子職人お兄さんが「ほいよ、嬢ちゃん」と私にも渡してくれたので、チーちゃんに小さく千切ってあげ、残りをおいしくいただいた。

 エリー兄さまはクロちゃんとケーキを争って格闘中。エリー兄さまも「絶対にやらん!!」って頑張ってたけど、結局クロちゃんに半分以上奪われて撃沈してた。


 お菓子を食べ終わって、エリー兄さまは市場(マルシェ)名物の林檎パイとアルコール分ゼロの林檎酒を買いに行った。売店がかなり混んでいて危ないので、広場でチーちゃんたちとおとなしく待っているように言いつけられた。



 迷子にならないように、噴水の近くでエリー兄さまを待つ。

 噴水自体は大きくて立派なんだけど、季節柄水を止められてるのでかなり間抜けに見える。その縁に腰掛けて足をぶらつかせてた。


「――兄さま、まだかなぁ……」

 退屈のあまりきょろきょろと周囲を見回してみる。と、噴水の向こう側に私と同じような年の男の子に目がいった。

 仕立てのいい服を来てるけど、今日のような寒い日ではちょっと薄くないかな? 帽子も被ってないから、肩までの薄茶の髪が丸見えだ。どう見てもいいところの子供のように見えるのに、護衛もいなくて一人なんてちょっと変じゃない?

 

 彼は寂しそうに俯いてる。

 私はちょっと興味を引かれたので、思い切って彼の傍に行って「こんにちは」と声をかけてみた。

 反射的に顔をあげた彼は、目を瞠って私を見てる。

 私もびっくりして見つめてしまった。だって……。


「……天使?」


 一番はじめに目に付いたのは、柔らかな青緑(ブルーグリーン)の瞳。済んだ南の海みたいな色だった。それに、光の加減のせいか薄茶の髪が金色に見えて。癖のない髪には天使の輪(エンジェルリング)があるし。宗教画の天使、あれにそっくりだった。


 彼は私の言葉に驚いたように更に目を瞠ってた。そしてふわりと綺麗に微笑んだ。


「……こんにちは。……君は誰?」


――あ、この声。


 私の知ってる声より少年特有の済んだ高い声になってるけど、この声は「彼」だ。

 微笑む顔もそっくりだ。もっと大人でもっとぎこちなく笑ってたけど。


 攻略対象の一人伯爵令息の「フィリス」だ。





*****


『フィリス・レドヴィック』

「Etarnal☆Promise」の攻略対象で、レドヴィック伯爵家の次男。ヒロインの二歳上だからゲームでは十六歳で登場する。

 薄茶色の髪で緑の瞳の細身だけど背が高くて根暗で引きこもりの魔術研究者。

 最初は近寄るなオーラ出しっぱなしのくせに最後は『僕のそばにいて』と甘えてくる「傷ついてなかなか懐かないワンコ」が彼。


 彼のルートは……心が痛かった覚えがある。

 彼は小さい頃から家族と折り合いが悪くて常に一人ぼっちだった。ある事件に巻き込まれて酷いトラウマも持ってるし。いろいろあって笑えなくなってる彼を癒していくのがテーマだった。

 他の攻略対象より断然不憫な生い立ちなんだ、彼。


 でも、まだ、こんなに綺麗に笑えるんだったら、きっとあの事件(・・)はまだ起こってないんだね……。




――ああ、とうとうゲーム関係者に会っちゃった……。ほんとに転生したんだなぁ。


 攻略対象が現れた事で、やっぱりここはゲームの世界なんだと実感する。今までは、そうだろうと思っていてもどこかで自分と関係のない遠い世界のことのように思っていたのだ。


「……私はセラ。あなたは?」


 彼は人一倍警戒心が強いはずなので、簡単には名乗ってくれないだろうな、と思いながら尋ねた。


「…………………アーシュ」

「え……アーシュ?」


 素直に名乗った。違う名を。

 攻略対象(フィリス)じゃないの? そういえば、瞳の色も(エメラルド)じゃなくて青緑(南の海)の色だし? え? 別人? でも、声と顔立ちは「フィリス」そっくりだけど……。


「そう……天使じゃないよ」と彼はいたずらっぽく笑った。その笑い方は「大人のフィリス」が打ち解けた時の笑い方と同じで……ますます混乱した。


「えっと……さ、さっきから一人で何してるの?」

 とにかく結論は出なそうなので、疑問はとりあえず横に置いておくことにした。


「……人を待ってるんだ……」

「そうかぁ……早く来るといいね……」


 なんとなく、会話が止まってどうしようかなと思ったら、いきなりクロちゃんがポウンと弾みながら私と彼の間に飛び込んで来た。

 同時にチーちゃんが私の頭の上に陣取って、ゲシゲシと私の帽子をつついてピロピロ鳴く。これ、「かまって~」って思ってる時の行動だ。鳴き方から見て結構怒っていじけてる。


「チーちゃん、分かったから、やめて~。帽子がダメになっちゃう!! クロちゃん、その人、兄さまじゃないから。飛びついっちゃダメ、服汚れる! あ~、噛みつかないで!!」


 なんで、他の人がいる時にこんな悪戯するかな。

「何? ボール? え、生き物? 嘘だよね? って犬? こんなに丸くて犬? 本当に?」

 

 クロちゃんに体当たりをかまされて転けそうになってたけど、大丈夫だったみたい。それに、クロちゃん、君、エリー兄さまの時と態度違わない? なんか、とっても懐いてるみたいだけど。

 でも、クロちゃん、君、今すごく汚れてるの。アーシュの服汚れっちゃうでしょ!!

「何、この変なの~」って彼、笑ってるけど。


「ほら、クロちゃん、は・な・れ・て~」

 いくら言ってもクロちゃんはアーシュが気に入ったみたいで、ブンブン尻尾振って離れない。

 困ってたら、誰かの手がクロちゃんとむんずと掴んで無理やり引き離した。


「おい、黒玉。俺がいない間に何してるんだ」


 エリー兄さまだった。すごく不機嫌そうにクロちゃんを睨んでる。

 で、その怖い顔のまま。私を向いた兄さまは、


「で、セラ。大人しく待ってろって言ってたけど、何この騒ぎ?」


 そして、じろりとアーシュを見て「そいつ、誰?」と極低温の問いを発した。



*****



「俺を使いっ走りにしといて、その間に何やってるんだよ」


 ほらと、エリー兄さまは私に林檎パイを渡し、更にアーシュに温かい林檎酒をわたしてくれた。

 「お前も食べろ」って。まさか自分に渡してくれるとは思ってなかったのかアーシュはちょっと固まってたけど。


「いいじゃない。つまらなかったんだもの。アーシュもつまらなそうだったし?」

「お前な。迷惑だったらどうするんだよ」

「あ、迷惑じゃない……です」


 また、じろりってアーシュを睨む兄さま。「敬語やめろ」

「……う…ん」

「ね、せっかくお友達になったんだから、一緒にお店見に行かない?」


「と、ともだち?」って、何故かアーシュは驚いて繰り返してた。やっぱり会って直ぐ友達扱いはまずかったかな……。


「お前ね、アーシュだって誰か待ち合わせなんだろ。ここから離れちゃだめなんじゃ? な?」

「……あ、いや、ここから見えるところなら……」

「じゃ、決まり!」

 

 ちょっと強引だけど、こんな日に一人でいたら寂しいもの。


「まだ、出店見てないんじゃない? 市場(マルシェ)に来たんだからみなくちゃね」


 ふっとアーシュが微笑む。


「セラ、お店見るの好きだよね。さっきも楽しそうに見てた」

「……見てたの!」

「はしゃいでる子がいるなって、気になったから……ごめんね、つい暇だったから」

「だから、はしゃぐなって言っただろ」とエリー兄さま。

「もっと騒いでたエリー兄さまに言われたくない」とつんと顔をそむけた。

「……仲いいんだね……」とアーシュがつぶやいたので、反射的に「「別に仲良くない」」とハモった。



 それから広場の一部の出店をアーシュと私たちで見て回った。



 途中、銅像の前を通りかかったら、突然動き出したのでびっくりして悲鳴を上げてしまった。

 そうしたら、なんと大道芸人さんの銅像の”真似”でした。本物そっくりだったんだよ。

 銅貨を何枚か代金の箱に入れたら「小さなお客様に小さな幸せを。また近いうちに」と言われた。

……さすがに二度目はそんな驚かないと思うよ……。



 一番最後に、魔石の屋台に来た。

 こんな所に出ている暗いだから、子供の玩具ぐらいの性能だろうを思ってたけど、エリー兄さまが「意外とこういうところでも”掘り出し物”が会ったりするんだぞ」って囁いてきた。実際、屑にまぎれてた良質の魔石を買ったことがあるらしい。

 でも、私は素人だよ、そんなに上手く行かないって。


 色とりどりの魔石に目移りしてたら、「セラはどれが好きなの?」とアーシュが聞いてきた。

「綺麗な石ならどれでも」と返す。

すると、彼は右手をすっと魔石の上に伸ばした。彼の瞳によく似た色の腕輪が見えた。

 キン、と甲高い金属音が聞こえる。

「……【探知魔術】?」と驚いたようなエリー兄さまのつぶやきの後、彼は数多の魔石から二個の石をつかみとった。


「これがいいと思う」


彼が選んだのは月長石(ムーンストーン)の欠片。研磨されてないけど、綺麗な月の光のような筋がある。


「セラはこの石と相性がいいはずなんだ。双晶だから引き合う性質がある。迷子にならないように一つエリーに渡しとくといいかも」

「……迷子なんてならないもん……」

「そりゃいいお守りだな」とエリー兄さまがにやりと笑った。




****




「まだこないね」


 夕暮れが深くなって、家に帰る時間が近づいてきた。けれど、アーシュの待ち人はまだ現れない。


「今日は……来ないのかも……」アーシュが寂しそうに漏らした。

「そうか……。忙しいのかもね……。けど明日は来るかもしれないよ」

「明日……か」

「うん! 明日は来るよ。私、明日来るから一緒に待とう」

「おい、セラ!!」

「……一緒に? 本当に?」

「うん。いいでしょ、兄さま」

「お前な……。父さんが許可してくれないと思うぞ……」

「大丈夫。父さま優しいから許してくれるよ」

 

 お前な、とエリー兄さまが頭抱えてたけど、知らない。父さまは私のお願いなら大抵聞いてくれるし。


「セラ、エリー、ありがとう……」とアーシュは嬉しそうにだけどどこか寂しそうに微笑んだ。

「明日、待ってる」




 


そうして、私は帰路についたのだけど。


そうしてもアーシュが気になって一度だけ振り返った。彼はいない。そして、あの石像(・・・・)が何かを抱えて路地に入っていくのが見えた。


 不意に記憶が蘇る。

 大人の「フィリス」が過去を告白した時の声だ


雪華祭の市場マルシェ・ド・ネージュで変な奴らに攫われたんだ……』


 「フィリス・レドヴィックは幼少時誘拐され、魔力暴発による殺傷事故を起こし、人間不信となって何年も苦しむ事になる」


――アーシュは「フィリス」ではないかも知れない…………けど!


「ちょっ、セラ?!」

「ウォン」

 

 エリー兄さまとクロちゃんの声が同時に聞こえる。


――ごめんなさい兄さま。でも、ちょっとだけ。アーシュが無事なのか確かめるだけ。


 私は、彼等の後を追った。




お読みいただきましてありがとうございました。

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