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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
二王秘愛編
53/97

古の帝国

 クリソコラ帝国。

 サンストーン大陸全土に覇を唱える強大な国家である。

 同時に長い歴史を誇る国家でもあり、帝国が興ってから今日まで実に二千年以上の時間が流れている。

 そのクリソコラ帝国第八十一代目の皇帝であり、また、帝国最後の支配者となるのがプレジデント・ラピュタ・クリソコラ。

 皇帝の玉座に座ってから十年近い歳月が流れても、まだ三十歳に満たない実に年若い皇帝であった。




「蛮族の蜂起だと?」

「御意にございます、皇帝陛下」

 プレジデントは側近の報告を聞き、おもしろくなさそうな表情をはっきりと浮かべた。

「またか……で、蜂起が起きた場所は?」

「は、帝国北方辺境にて蛮族たちの蜂起が確認されました。また、今回の蜂起には当地の辺境貴族も協力している模様です」

「北方辺境……? あの辺りは確か、蛮族どもの本拠地があると目されている地域だろ?」

「おっしゃる通りにございます」

「しかし、蛮族の蜂起に辺境貴族が手を貸すとはな。俺も舐められたものだ。だが、厄介な連中だな蛮族って奴らは。ったく、ご先祖様たちもおかしな遺産を遺してくれたものだ」

 吐き捨てるように言うプレジデント。そんな彼に、傍に控えていた側近たちも同意するように頷く。




 この世界には、蛮族と呼ばれる人種がいる。

 「人間ではない人間」という意味で、亜人とも呼ばれている人種である。

 だが、遡ればその蛮族たちも、元は帝国人と同じ人間であったことを知る者は今では少なくなっていた。

 かつて。クリソコラ帝国が建国されて間もない頃。

 国を統べる貴族たちの間で、奇妙な流行が起きたことがあった。

 それは、己の身体を魔法で変化させること。

 最初は身体の一部──目や耳や鼻を、より美しく変えるいわば美容法だったのだが、それが時が経つにつれて全身をより醜く醜悪な姿に化けることが流行り出したのだ。

 皮膚をごつごつとした岩のように。

 耳を長く逆立てて小鬼のように。

 豊かで長い髭を蓄えて小人のように。

 瞳をぎらぎらとした悪魔のように。

 腕や足を獣のような毛深く鋭い鉤爪に。

 なぜそんなことが流行となったのかは今では定かではないが、時の貴族たちはこぞって自身の姿を醜悪なものにしていった。

 もちろん、日常生活でそんな化け物のような姿で暮らすわけではない。

 貴族たちが集う夜会などの時に限って、美しく着飾る代りに醜悪な姿を取ることが時代の最先端とされた時期があったのだ。

 だが例え魔法による変身とはいえ、身体を大幅に作り替えることは、身体自身に過大な負荷を与えることであった。

 そして、その事故が起きる。

 とある貴族の一人が夜会に出席する際に、いつものように自身の身体を変貌させた。

 彼が好んでいた姿は、子供ほどの身長で頭部が身体に比して大きく、濁った緑色のごつごつとした皮膚をむき出しにしたもの。

 この姿でにたりと笑みを浮かべれば、文字通り怪物が浮かべる笑みであり、見る者を恐怖させるに十分であった。

 その日の夜会も幾人かの貴族たちを恐がらせ、満足して自宅に帰った後。本来の姿に戻ろうとしたのだが、なぜか戻ることができない。

 慌てて家人を呼び、治癒術師(ヒーラー)や彼より優れた紋章師(ルーラー)たちを呼び寄せて治療に当たらせた結果、何とか元の姿に戻ることができた。

 そして、その現象が現れたのはその貴族だけではなかったのだ。

 その後も彼と同じような現象が次々に報告され、遂には帝国が原因の究明に乗り出した。

 優れた紋章師たちが様々な調査を繰り返した結果、無理に身体を変貌させたことで全身を巡る魔素の流れが滞り、魔法が使えなくなってしまったことが判明。

 以来、帝国は魔法による変身を全面的に禁止する布令を出し、醜悪な化け物の姿をする流行もぷつりと消え去った。

 しかし、その後も僅かだが化け物の姿をした者は現れ続けた。

 それは自ら化け物に変化するのではなく、何らかの刑罰として身体を変貌させられた者たちだ。

 軽くはない罪を犯したものの、死罪にするほどではないと判断された者たちが、刑罰の一つとしてその姿を化け物へと変えられた。

 姿を変えられた者は自身で魔法を使うことができなくなる──変貌させられる時に魔法を使えないようにされる──ため、罪人であることを周囲に知らしめる形で暮らしていかなければならない。

 そのため、姿を変えられた罪人たちは人目を避けて、いつしか人里を離れた辺境へと逃げ延びていくようになった。そして、そこで同じような境遇の者たちと集落を築くに至るのだ。

 これが、後に蛮族と呼ばれる者たちの始まりであった。




 帝国の辺境は、人間が暮らすには劣悪すぎる環境である。

 人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ魔獣が跋扈し、未知の動植物が繁殖するまさに魔境。

 本来ならば人間が暮らせるような環境ではないのだが、化け物に変えられた蛮族たちならば暮らしていくことができた。

 魔法という技術を失った反面、蛮族たちは肉体的に人間を陵駕していたからだ。

 両腕を鳥の翼に変えられた者は、その翼で空を飛ぶことができた。

 肉体を筋骨流々な鬼のようにされた者は、その有り余る膂力で外的脅威を排除することができた。

 悪魔のようなぎらぎらとした目は、夜の暗闇でも昼間のように見通せることができた。

 そんな劣悪な環境の中で暮らし始めた蛮族たちは、環境に適合させるかのように更にその肉体を強靭にしていく。

 厳しい環境に合わせてその肉体は更に逞しくなり、中には特異な異能を有するものまでが現れ、更に人間からかけ離れた存在になっていった。

 最初は一代限りだった変貌も、時の流れの中で徐々に固定化され、個々の種族として成り立つようになる。

 これが後の世で言う妖鬼族(ゴブリン)鬼人族(オーガー)森妖族(エルフ)岩妖族(ドワーフ)吸血族(ヴァンパイア)たちの先祖であった。

 蛮族と呼ばれる者たちが世に現れて千年以上。クリソコラ帝国末期には、その勢力は決して侮れないものとなっていたのである。




 これまでも、蛮族たちは度々帝国に対して戦争をしかけてきた。

 人間をやめさせられたことに対する恨みか。それともより豊かなで肥沃な土地を求めたのか。

 理由はその時により様々だったが、蛮族は帝国にとって無視できない存在であった。

 そして帝国歴二〇〇〇年代に入り、蛮族の大攻勢が起こる。

 帝国の各地の辺境に点在していた蛮族たちは、団結して帝国に対して宣戦布告。

 どうやら、蛮族たちの間で彼らを纏める王のような存在が現れたことで、一致団結することができたと帝国側は分析している。

 しかもその王は極めて強力な異能をその身に宿しており、その異能を以て蛮族を纏め、帝国に戦争を挑んできたのだ。

 その異能とは、自身を竜へと変じるもの。

 噂によると、その王は遠く竜族と吸血族の血を引いており、普段は人間と何ら変わりない姿なのだが、自在に巨大な竜へと変じることができるという。

 地上最強の生物とまで言われる竜。その竜へと変じた蛮族の王は、攻め寄せる帝国軍をまさに鎧袖一触に撃破していく。

 その王の元で一つに纏まった蛮族たちもまた強敵だった。帝国は各地の戦いで相次いで破れ、領土全体の四分の一ほどを蛮族たちに奪われてしまう。

 帝国が蛮族相手にここまで苦戦したのは、人間と蛮族とでは身体的な能力に差があったこともあるが、帝国を統べる立場にある皇帝が病に倒れていたという事実が大きかった。

 いや、皇帝が病に倒れたのを機と見て、蛮族は立ち上がったのだろう。

 そして連勝で勢いを得た蛮族たちは、王に率いられて王都目指して進軍する。

 また、更に間の悪いことに、病に倒れていた帝国の皇帝が病魔に犯されたまま遂に崩御してしまう。

 旗印たる皇帝を失い、浮き足立った帝国の命運は尽きた、と誰もが思った時。

 その人物は現れたのだ。

 崩御した先帝である父の後を継ぎ、第八十一代目の皇帝となった二十歳にも満たない青年は、瞬く間に帝国内を掌握し、押し寄せる蛮族たちへと反撃に出た。

 蛮族の王に恐るべき異能があれば、帝国の新しき皇帝には類まれなる魔法の才能があった。

 若き皇帝は一万を超える配下の兵士たち全員を紋章術で強化し、蛮族に劣らぬ強兵へと仕立て上げた。

 また、若き皇帝が有していたのは魔法の才だけではなかった。軍略にも一角ならぬ才覚を見せ、巧みな戦略戦術で勢いに乗る蛮族を一気に押し返した。

 そして、王都近郊の戦いにおいて、巨大な竜へと変じた蛮族の王と一騎討ちを繰り広げ、遂には蛮族の王までもを倒して蛮族たちを打ち破ったのである。

 その若き皇帝の名前こそ、クリソコラ帝国第八十一代目皇帝プレジデント・ラピュタ・クリソコラ。そして、クリソコラ帝国最後の皇帝となる人物であった。




「しかし、何でまた今頃になって蛮族どもが動き出した?」

「は……これままだ噂でしかない情報ですが……」

 言い淀む側近に、プレジデントは視線だけで先を促す。

「どうやら、先の蛮族の王には遺児がいたようですな。その人物が父親の後を継ぎ、新たな蛮族の王として立ったとか」

「ほう? あの蛮族の竜王に遺児がいたのか? それで、やっぱりその遺児とやらも?」

「はい。父王と同じく竜に変化する異能を有しているとのことです」

 噂でしかないと言いつつも、どうやら既に情報収拾は始めていたらしく、それなりの確度の情報を有しているのであろう。そうでなければ、この側近が噂程度の情報をプレジデントの耳に入れるはずがない。

「やっぱり親父と同じか。ってことは、また厄介な戦いになりそうだな」

 先代の蛮族の王との戦いから、十年近い歳月が経っている。だが、プレジデントの脳裏には先代の蛮族の王との激しい戦いが今でもはっきりと甦る。

 それほど、先代の蛮族の王は強敵であった。

「それで? 当代の竜王の名はなんという?」

「当代はルミナス・ミラジーノと申すそうです」

「な……に……?」

 一瞬、プレジデントの表情がぽかんとしたものになる。どうやら、側近の答えた名前が余程想定外だったらしい。

「ちょっと待て。それじゃあ、当代の竜王は……?」

「はい。正確には王ではなく女王……当代の竜王は女性とのことです」



 『無敵の盾』更新。

 時間は前話から更に遡り、ソリオパパとソリオママが顔を合わせる以前です。

 過去の話をあまり長々とするのもあれなので、本当ならさらっと流したいところですが、まずはここをしっかりと解説しないと物語全体が解説できませんので(笑)。ソリオたちの時代にいるゴブリンやエルフたちは、蛮族の末裔ということになります。

 また、どうしてソリオたちの時代に人間が少ないのかも、この章で明らかにする予定です。


 では、これからもよろしくお願いします。


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