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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
妖女覚醒編
42/97

コーラル強襲


 アゲート侯爵は配下の兵士たちを総動員して、(じゅう)の女王に関する情報を集めさせた。

 だが、例の宿場町以降、獣の女王に関する目撃証言などの情報は一切集まらなかった。

「……一体、どこに隠れやがったのか……」

 部下から上がってくる報告を前に、アゲート侯爵は難しい顔──蜥蜴族(リザードマン)の表情は他種族からは見分けがつきにくい──で呟いた。

 この時、侯爵や『真っ直ぐコガネ』は知らなかったが、敵は彼らのすぐ傍まで近づいていたのである。




「ほうほう。こんな所にこんな大きな街があったのか。よくぞ見つけた。でかしたぞえ」

「は、ありがたきお言葉。あの時、例の町から逃げ出そうとしていた者を適当に痛めつけた後で放置したところ、必死にどこかに行こうとしておりましたので、後をつけました。おそらく、どこかに報告するために傷だらけの身体に鞭打っているのだろうと思えば案の定──」

「うむ。これだけ大きな街ならば、きっと豪勢な馬車も手に入るに違いないのぉ。ついでに、先の狩り場で失った魔素も補給しておこうかの」

 小高い丘の上から眼窩に広がる大きな湖に隣接する街を見下ろしながら、獣の女王と名乗る黒衣の女性は、にんまりとした笑みを浮かべつつぺろりと真っ赤な舌で唇を舐めた。




 ソリオたち『真っ直ぐコガネ』は、アゲート侯爵の居城において、今後予想される獣の女王との戦い方についてあれこれと策を練っていた。

 もちろんそれは、『斬鉄剣』の生き残りである森妖族(エルフ)の青年が持ち帰った情報を元にしてだ。

「────トレイルさんと仲間の虎人族(ウェアタイガー)の重戦士の攻撃は、殆ど効いたようには見えなかったそうだけど……」

「ああ。だが、森妖族が放った魔法で貫通力を高めた矢と、竜人族(ドラコニア)の精霊魔法は確かに効果があったそうだ」

 ソリオはアゲート侯爵から話を聞きつつ、獣の女王への対策を考えていく。

「ねえ、ソリオ。それってどういうことなの?」

 トレイルや虎人族の攻撃は、命中しても大したダメージを与えていなかったのに対し、森妖族の矢と竜人族の精霊魔法は確実にダメージを与えた。そこには、一体どのような差があるのか。

「……その獣の女王って奴は特殊な防御力を持っていると思う」

「特殊な防御力ッスか?」

「うん。これは現時点ではあくまでも推測でしかないけど、獣の女王は『エンチャンター』じゃないかと思うんだ」

「『エンチャンター』? 何だそりゃ?」

 クリソコラ文明期においてエンチャンターとは、何らかの武器や道具に魔素を込める技術を持つ者に対して用いられる言葉であった。

 すなわち「魔素付与者」のことであるが、今ソリオが言ったエンチャンターとは、この「魔素付与者」のことではない。

「俺も養父(おやじ)からちょっと聞いたぐらいで詳しいことは知らないけど、何でもクリソコラ文明期の末期頃、様々な特殊能力を付与された生物を造り出す研究をしていた一派がいたらしいんだ。そしてその研究の末に生み出されたのが、『エンチャンター』と呼ばれる生物らしい。『付与する者』じゃなくて、『付与された者』って意味でそう呼ばれていたらしいけど……」

「お、おい、ソリオ? それじゃあ、件の獣の女王って怪物は……」

 アゲート侯爵が、今回は他種族でも分かりやすい表情を浮かべた。

 そしてその表情を浮かべたのは、アゲート侯爵だけではない。

 侯爵の執務室に居合わせた、ソリオ以外の者が揃って浮かべた表情。それは明らかな驚愕だった。

 そんな彼らに、ソリオは確証はないけど、と前置いてから自身の考えを告げる。

「うん。獣の女王は、何らかの目的で人工的に作られた怪物……人造魔獣(キマイラ)だと思う」




「ソリオの言う通りだとすると、獣の女王とやらが持っている特殊な防御力ってのはおそらく────」

 アゲート侯爵がそう言った時、彼の配下の兵士の一人が慌てて執務室へと飛び込んで来た。

「何事だっ!?」

「も、申し上げますっ!! コーラルの街の中で、正体不明の何者かが暴れており、市民に犠牲者が出ている模様ですっ!!」

「何だとぉっ!? それで賊の数はっ!?」

「そ、それが……ぞ、賊の数は一人っ!! し、しかも賊は黒い衣服を着た若い女でありますっ!!」

 黒い衣服の若い女。その正体をすぐに察した『真っ直ぐコガネ』は、慌てて執務室を飛び出して行く。

 アゲート侯爵はその場に留まり、執務室のいた側近たちに次々と指示を飛ばす。

「兵たちを緊急招集しろっ!!」

「はっ!! 兵たちの準備が整い次第、賊を討つために出撃させます!」

「違うっ!! 出撃はさせるなっ!!」

 侯爵の一喝に、側近が目を白黒させる。

「ソリオが言うには、賊には普通に攻撃しても効果はない。つまり、こちらの犠牲者だけが一方的に増えるってわけだ」

「で、では、どういたしますか?」

「兵たちには市民を守ることだけを考えろと伝えろ! こちらから必要以上に手を出すなと厳命するんだ」

「そ、それでは、賊は放っておくおつもりですかっ!?」

「そんなわけねえだろうがっ!!」

 先程よりも更に迫力のある大声に、側近が思わず肩を竦める。

「ただちにコーラルの街中の冒険者の店に使いを走らせろ! 特定の条件を満たした冒険者と、全ての魔法使い……精霊師(エレメンタラー)をかき集めるんだっ!!」




 アゲート侯爵の居城の通路を駆け抜けながら、ポルテは先頭を走るソリオの頭の横に並んだ。

「ねえ、ソリオ! 獣の女王の特殊な防御力って一体何なのっ!?」

「それもはっきりとした確証はないけど……きっと俺の予想に間違いないと思うっ!!」

「じゃあ、何か手立てに心当たりがあるンスねっ!? さっすが、あっしのご主人様ッスっ!!」

 まだ何も聞いていないのに、ひゃっほーいと奇声を上げるコルト。何かもう、既に勝ったつもりでいるようだ。

「まあ、何にせよ、だ! 手立てがあるなら戦いようもあるってわけだな!」

 ヴェルファイアが、その巨大な右の拳を左の掌にばちんと打ち付ける。

「うん、それに関してだけどさ」

 ソリオは自分の頭の横を飛翔するポルテに向けて、どこか含みのある笑みを浮かべた。

「ポルテにちょっと役目をお願いしたいんだ。それも重要な役目をね」

「え? え? あ、私……?」

 コルトは自分を指差しながら、きょとんとした顔でソリオを見つめ返した。




 くちゃくちゃと咀嚼していたものを、女性は美味しそうにごくりと飲み込んだ。

 髪も瞳も、着ている服から手にした日傘まで全てが黒で統一されたその女性は、それまで齧っていたものを無造作に放り捨てた。

 放り捨てられたもの──大きさからして女性のものらしい右腕──に一瞥することもなく、コーラルの街の目抜き通りを我が者顔でゆっくりと歩く。

 赤い液体で口の周りを汚した女性は、黒い長手袋をした手の甲でその汚れを無造作に拭き取ると、にやりとした笑みを浮かべながら、人の途絶えた目抜き通りをじっくりと見回した。

 この街に入ってすぐ、彼女は近くを歩いていた岩妖族(ドワーフ)の主婦らしき女性の頭を掴むと、そのままひょいと持ち上げた。

 突然頭を掴まれ、更にはその小さな身体を持ち上げられて、岩妖族の主婦は何が起きているのか理解できず、ぱちくりとした目を黒い女性に向けるだけ。

「うむ。なかなか美味そうな雌よの」

 そう言うやいなや、女性は何事でもないように主婦の首をぶちりと引っこ抜いた。

 まるで、幼い子供が人形の首を引き抜くかのように。

 突然首を失った岩妖族の身体から、真っ赤な血液が噴水のように吹き上がる。

 昼日中に突然起こった凶行。そして徐々に広がっていく赤い水たまり。

 その光景を見た街の住民たちが、恐怖にかられて我先に悲鳴を上げながら逃げ出し、一時はちょっとしたパニックだった。

 だが、今ではその騒ぎも嘘のように静まり返っている。

 逃げ出した人々は、今頃どこかに立て籠もってでもいるのだろう。騒ぎを聞きつけた市民たちは、この黒い女性を恐れて誰も目抜き通りには近づかない。

「ほうほう。今度の狩りは隠れた獲物を探し出さねばならんのかえ。ま、それもまた楽しやな」

 軽い足取りで、人のいない目抜き通りを女性は歩く。彼女の漆黒の瞳は楽しげに左右に揺れ、隠れている獲物を探し出していく。

 扉や窓の隙間から女性の様子を伺っていた市民たちは、女性の目が自分の方へと向けられると慌てて隙間を閉じて縮こまる。

「さぁて、どの獲物から狩ろうかのぉ?」

 そう言う女性の姿は、人間で言えば二十歳前後か。二千年振りに封印を解かれた時の姿からすれば、かなり成長していることになる。

 そして、今のその姿が彼女本来の姿なのだろう。黒い女性のその滑らかな動きからは、何の違和感も感じさせない。

「…………ふむ。まずはあの中に隠れている獲物を狩るか」

 とある民家の一つを見定めて、女性の足がそちらへと向く。

 その時。

 目抜き通りの先から、複数の足音が響いて来た。

「ほうほう。どうやら獲物の方から来てくれたようよな。うふふふ。さて、どんな獲物が来てくれたのやら」

 女性は立ち止まり、手にしていた日傘をくるくると楽しそうに回す。

 そうやってしばらく待っていると、彼女の前に三人の男女が姿を見せた。




「あれが……あれが獣の女王か……っ!!」

 一行の先頭を走っていたソリオが、目抜き通りの真ん中にぽつんと佇む女性の姿を捉えた。

 その女性は報告通り、全身真っ黒な出で立ちで、くるくると日傘を回しながら立っている。

 近づくにつれ、その黒い女性の姿が徐々に明確になってくる。

 宵闇のような漆黒の長い髪に黒曜石のごとき黒瞳。すらりとしたその肢体は、このような場面でなければ嫌でも男の目を引きつけるだろう。

 全身黒一色で統一された中、処女雪のような肌の白さが一際鮮やかに見える。

 そして何よりその美貌。ソリオもヴェルファイアもコルトも、これまでここまでの美貌の持ち主を見たことがない。

 だが、その美貌は明らかに人外の禍々しさを滲ませており、決して見蕩れるようなことはないだろうが。

 ソリオたちと女性の距離が一定のところまで近づいた時。

 黒い女性がその身体をぴくりと震わせると、その目を大きく見開いてまじまじとソリオたちを見つめた。

 いや、違う。

 その黒い女性がじっと見ているのは、明らかに一行の先頭にいるソリオだ。

 呆然とソリオに見入る女性。ぽかんと開けられた口がわなわなと震え、そこからソリオたちでさえ驚愕するような言葉が零れ落ちたのはその直後だった。

「わ……我が王! 生きておいででありましたか、我が王よっ!!」



 『無敵の盾』更新。


 えー、とまあ、こんな引きですが、次回もよろしくお願いします。


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