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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
妖女覚醒編
39/97

獣の女王


 空気を切り裂きいて剣閃が(はし)る。

 その剣閃を追うように、数本の矢が風を切り裂いて降り注ぐ。

「ぬるいのぉ」

 だが、標的とされた黒衣の女性──その衣服のほとんどがぼろぼろになっており、あちこちで白い素肌が覗いている──は、軽々と剣閃を避け、矢の雨から身を躱す。

 それどころか、自身に降り注ぐ矢の内の一本を空中で器用に掴み取り、射手に向かって投げ返すという荒技までやってのけた。

「うわっ!?」

 自分が放った矢を投げ返されるとは思ってもいなかった森妖族(エルフ)の弓兵は、慌てて返ってきた矢を避けた。

 そのため、どうしても体勢が崩れることは免れない。その隙を突かんと黒衣の女性が数歩踏み込むが、その進路を小柄な身体が遮った。

「犬コロの割には、目端が利くようじゃな」

 急停止した黒衣の女性の身体がその場でくるりと一回転。旋回するスカートの裾を追うように、その白くて形の良い足が弧を描いて振り上げられる。

 夜の暗がりの中、宿場町のあちこちに焚かれた篝火の灯りに照らされて、スカートの奥に秘められた女性の下着──そこもまた黒かった──が露になるが、当の女性はそんなことは気にもしていないようだ。

 女性の蹴りは戦棍(メイス)の一撃にも等しい。現に、先程はその蹴り一発でチームで一番大柄な竜人族(ドラコニア)精霊師(エレメンタラー)が吹き飛ばされたばかりだ。

 迫る白い凶器を、犬鬼族(コボルト)の剣士──トレイルは小柄な身体を活かして屈むことでやり過ごす。

 頭上を通り過ぎた颶風に背筋を寒くしながらも、トレイルは屈めた身体を目一杯伸ばし、下から上へと掬い上げるように手にした剣を走らせた。

 狙うは頭上を通過したばかりの女性の太股。

 繰り出した攻撃を躱されたばかりである。さすがの女性もこちらの斬撃を防ぐことはできないだろう。

 そしてトレイルの思惑通り、彼の愛剣は目の前の白くて柔らかそうな太股に吸い込まれ────その直前でがっちりと受け止められた。

 黒衣の女性が頭上から伸ばした、その白い繊手に剣身を掴まれて。

「なかなかすばしっこい犬コロじゃの。うむ、気に入ったぞえ。おぬし、妾の愛玩動物(ペット)になるつもりはないかの?」

「…………断る」

 間近に迫る白い容貌。その整った顔の上に浮かぶ禍々しい歪な笑みに、トレイルは吐き気すら感じて女性の提案を拒否する。

「そうか……それは残念。では──」

 女性の可憐と呼んでも差し支えない唇が、にぃと横に伸ばされる。

「──せめて、おぬしを美味しくいただくとするかのぉ」




 獣人と化して筋力の底上げをした虎人族(ウェアタイガー)の女戦士は、崩れた建物の瓦礫を一つずつ退かしていく。

 獣人となった彼女は、冒険者チーム『斬鉄剣』の中で最も筋力に優れる。そのため、瓦礫の中に埋まった仲間を救い出すため、彼女は戦線を一旦離れて救助作業を急いでいた。

 幾つかの瓦礫を退かしたところで、その下に見慣れた鱗に覆われた身体を発見し、その表情を輝かせる。

「ちょっと! ねえってば! 生きてるのっ!?」

 更に瓦礫を退かしていくと、生き埋めになっていた仲間の身体がぶるりと震え、ゆっくりとだがその頭が持ち上がる。

「…………なんとか、生きてはいるな……」

 その持ち上げられた彼の顔を見て、女戦士は小さく息を飲んだ。

 なぜなら、三角形を描く竜人族の頭部の形が歪んでいたからだ。

 黒衣の女性の蹴りを受けた側の頭蓋骨が大きく歪んでいるのが一目で分かる。その歪みに押されたのか、片目がどこかに吹き飛び、虚ろな眼窩からは夥しい血が流れていた。

 このような状態でも生きていられるのは、竜人族の強靭な生命力のお陰だろう。

 だが。

「……どうやら、自分の命は残り少ない。この命が燃え尽きる前に、せめて敵に一矢報いねば……」

 頭部にこれだけの損傷を受けていれば、長く生きられないのは自明の理である。彼は自分の命が尽きるまで、戦場に身を置く覚悟を決めたようだ。

 だからこそ、虎人族の女戦士は何も言わない。彼女には仲間の覚悟が痛いほど伝わっているからだ。

「私も戦線に戻る。だから……だから、あんたもがんばれよな……っ!!」

「心得た」

 歪んだ頭部に笑みを浮かべて、竜人族の精霊師は立ち上がる。そして、彼が契約している火精を再び呼び出した。

 精霊師のすぐ傍に、真紅の炎が突然吹き上がり、やがて炎は体格のいい人の形──人間族(ヒューマン)の男性に似ている──を取った。

「さあ、自分の最後の仕事だ。自分に残された魔素、全て持っていくがいい」

 火精は契約者の言葉に頷く。

 だが、その表情はどこか悲しそうにも見えた。




 小剣(ショートソード)の風のような素早い連撃。立て続けに襲う矢の連射。そして、岩をも砕かん大剣(グレートソード)の重撃。

 まるで竜巻のようなその猛攻に、本来ならばどんな敵でも切り刻まれ、撃ち抜かれ、押し潰されているだろう。

 だが、目の前の敵はそうはならなかった。

 連撃も連射も重撃も。その全てを躱し、避け、そしてその細い手で受け止めてしまう。

 敵の表情に焦りはない。それどころか、まるで愛しい恋人とダンスを踊るような楽しげな笑みさえ浮かべている。

 逆に攻めたてている『斬鉄剣』の方が、追い込まれたような気分に陥っていた。

 そのことを、黒衣の女性は敏感に感じ取っているようだ。

「ほうほう。そろそろお終いかのぉ? もう少しがんばってくれると、妾としても楽しい時間が続いて嬉しいんじゃがの?」

 ぺろりと赤い舌を覗かせながら、女性がにぃと嗤う。

 その時。

 彼女の側面から、強烈な赤い光が差し込んだ。

 思わずそちらへと振り返る黒衣の女性と『斬鉄剣』。

 彼らはそこに見た。

 そこに現れた無数の赤い輝きを。

 その一つひとつは火球よりも二回りほど小さい。だが、問題はその数だ。

 優に百を超える炎の弾。当然、その赤い弾が狙うのは黒衣の女性。

 その赤い弾の向こうに、見慣れた竜人族の姿をトレイルは見た。

 彼は今、がっくりと片膝着いた姿勢で無言のまま精霊術を制御している。

 歪に歪んだ頭部。普段ならば生き生きと動く逞しい尻尾も、だらりと力なく大地に垂れたまま。

 トレイルはちらりと女戦士へと視線を送る。その視線に気づいた女戦士は、小さく首を横に振った。

 それだけで、トレイルは竜人族が命を注ぎ込んで精霊術を駆使していることを悟る。

 今、燃え盛っている無数の赤い弾は、文字通り彼の命の最後の炎なのだろう。

「…………行け……っ!!」

 短く。鋭く。竜人族の精霊師が術を解き放つ。

 それに合わせて、彼が契約している火精もまた、その両腕を標的目がけて突き出した。

 黒衣の女性に一斉に襲いかかる無数の赤い弾。

 しかも、百を超える赤い弾は、女性の腹部に集中して着弾する。

 一発一発の威力はそれ程高いものではない。だが、それが狭い範囲に集中して着弾すれば、その威力は馬鹿にできないものとなる。

 自らが命を注ぎ込んで放った最後の魔術。それが間違いなく敵に命中したことを確認した精霊師は、にやりと満足そうな笑みを浮かべながらその意識を永遠の暗黒の底へと沈めて行った。




 契約者を失ったことで、火精の姿がゆっくりと掻き消えた。

 トレイルたち『斬鉄剣』はその意味をはっきりと悟り、一瞬だけ逝ってしまった仲間へ哀悼の念を抱く。

 だが、すぐにそれを振り捨て、目の前の現実へと集中する。

 今、彼らの目の前には、腹部を破壊された黒衣の女性がいた。

 本来ならば白くてすべらかなその腹部は、百を超える火弾が着弾したことで爆ぜるように皮膚が焼け爛れ、その下の赤い筋肉や内臓を露出させている。

 特に脇腹はごっそりと抉れて腸と大量の血が零れ落ち、背骨の一部までもが見えていた。

「あ、あれで死んでいないなんて……どんな化け物よ……」

 普通ならば即死しても不思議ではない状態。それでもなお、女性はしっかりと大地に立ち、憤怒に燃える瞳でトレイルたちを睨みつけている。

「……おのれ……おのれ……っ!! 羽虫の分際で妾に……この『(じゅう)の女王』に傷をつけるとは……」

 ぶつぶつと怨嗟の声を撒き散らす黒衣の女性──『獣の女王』。

 だが、トレイルは今こそが千載一遇の好機と判断した。

「奴は今、確実に弱っている。攻めるぞっ!!」

 トレイルは愛剣を握り直し、だん、と敵に向かって踏み込んだ。

 それに続き、虎人族の女戦士が大剣を大上段に構えて跳躍し、森妖族の弓兵が素早く矢を弓に番える。

 一瞬で彼我の距離を殺したトレイルは、爆ぜて内臓を晒している『獣の女王』の腹部へと愛剣を突き刺した。そしてそのまま剣を上へと振り上げる。

 ぶちぶちという肉と内臓を切り裂く手応えを、トレイルははっきりと感じ取った。

 そして素早く剣を引き抜くと、横っ飛びでその場を離れる。

 まるでそれを見合わせたように、三本の矢が立て続けに『獣の女王』の喉、胸、右太股に突き刺さる。

 今、森妖族の弓兵が使用した三本の矢は、彼の切り札ともいうべきものだ。

 とある遺跡の中で発見した、クリソコラ文明期の魔法具(マジックアイテム)で、貫通効果が増強されている矢だった。

 魔術によって貫通力が増強された矢は、射手の腕とも合わさって絶大な威力を発揮した。

 身体の三ケ所を貫かれた『獣の女王』は、そこから夥しい血を吹き出してよろよろと数歩後ずさった。

 そこへ、上空から虎人族の女戦士が強襲する。

 巨大な大剣の質量、上空からの落下速度、そして獣人化したことで底上げされた筋力。これらの全てが合わさり、女戦士の大剣は『獣の女王』の左の肩口から鳩尾辺りまでを見事に斬り裂いた。

 傷口から吹き出した赤い血潮が、虎のそれになっている女戦士の顔を斑に染める。

 これまでに何度も行なってきた、チームとしての連携攻撃。合図を交わすこともなく目配せをするでもなく。それでも彼らの身体はしっかりと連携のタイミングを覚えており、こうして絶妙なまでの連携攻撃を繰り出すことが可能なのだ。

 そして、その効果はそれぞれの攻撃が相乗されることになる。その結果として、今まで決して倒れることのなかった『獣の女王』が、ふらりとその身体を傾かせて背中から大地へと倒れ込んでいった。




「…………た、倒した……のか?」

 目の前で大地に臥した『獣の女王』を呆然と見つめつつ、信じられないといった感じで思わず呟くトレイル。

 だが、『獣の女王』は確かに彼らの前で倒れている。

 肩から鳩尾にかけて大きく斬り裂かれ、喉と胸、そして右太股には矢が突き刺さり、腹部は大きく抉れている。これで生きていられるとすれば、それは不死者(アンデット)ぐらいだろう。いや、不死者は正確には生きてはいないのだが。

 そしてそれはトレイルだけではない。

 自分たちの勝利が信じられない『斬鉄剣』は、しばらく油断なく武器を構えて倒れた『獣の女王』を凝視していた。

 倒れた『獣の女王』が再び動き出す気配はない。それを確認して、ようやく『斬鉄剣』の面々は大きく息を吐き出し、肩から力を抜いた。

「信じられないぐらい強敵だったねぇ……」

「ああ。こちらも希有な精霊師を失ってしまったな……」

 正直、自分たちが勝利を掴めたのは、敵が自分たちを侮っていたからだとトレイルは思う。

 この『獣の女王』とか名乗っていた敵は、自分たちを侮って向こうからは積極的な攻撃をほとんどしてこなかった。

 その驕りを突くことで、どうにか勝利することができたのだ。

 仲間の一人を失ったことを悲しみつつ、それでもどうにか勝利することができたことを実感した時、彼らの身体を今更ながらに強い疲労感が襲った。

 その疲労感に抗うことは難しく、『斬鉄剣』のメンバーが思わずその場に腰を下ろそうとした時。

 それは聞こえてきた。

「くっくっくっくっくっ…………まさか、羽虫どもがここまでやりおるとは……さすがは我らが(はら)(から)の末裔といったところかのぉ……」

 ゆらり。

 地に倒れていたはずの『獣の女王』が、いつの間にか立ち上がっていた。

 それを、トレイルたちは信じられない思いで呆然と見つめる。

「妾をここまで追い込んだことを褒めてつかわす。その褒美というわけでもないが……」

 にんまりとした笑みを浮かべて、『獣の女王』はトレイルたちを見回した。

「……妾の本当の姿……見せてしんぜようではないか」

 『獣の女王』の言葉が終わると同時に、じゅくじゅくと破損した彼女の身体が修復し始める。

 だがそれはそれまでのようなすべすべとした白い肌ではなく、銀色に輝く獣毛に覆われたものだった。



 『無敵の盾』更新。


 『斬鉄剣』の窮地は続きます。


 では、次回もよろしくお願いします。


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