『真っ直ぐコガネ』の戦い方
上級者であるトレイルでさえ、手に終えないほどの強さを誇る岩魔像。
そんな強敵を相手に、闘志を漲らせる『真っ直ぐコガネ』。
彼らは足を完全に止め、武器を岩魔像に向けて明確に戦う姿勢を見せた。
「ま、待て君たち! 君たちでは岩魔像を相手に──」
彼らの意志を読み取ったトレイルが焦ったように静止の声をかける。だが、そんな彼に対して、『真っ直ぐコガネ』は揃って笑みを浮かべた。
「大丈夫だって。なんせ、こっちにはソリオがいるからな。こいつがいる限り、俺たちに負けはねぇさ!」
頭部防具を深々と被り直し、武器を両手でしっかりと構え。ヴェルファイアは、にぃ、と歯を剥き出しにして不敵に笑う。
「そうです。ソリオがいる限り、私たち『真っ直ぐコガネ』は負けません!」
契約している氷精──エンジェライトを呼び出し、その彼女と手と手を合わせながら。ポルテはふわりとごく自然に微笑む。
トレイルは戦闘中なのにも拘わらず、思わず足を止めてぽかんと彼らを見つめた。いや、彼が見つめたのは、真紅の髪に空色の瞳をした人間族の少年だ。
この遺跡に来る前に聞いたところによると、彼らがチームを結成したのはつい最近とのこと。
そんな短期間の間に、仲間とはいえこれだけの信頼を得るのは決して簡単なことではないだろう。
その簡単ではないことを易々と成し遂げた人間族の少年は、手にした戦旗をくるりと回してにかりと笑った。
「さっき、一通り攻撃してみて、岩魔像の大体の強さは分かった。大丈夫、仲間たちは俺が守る」
ばさりと翻る、紺地に緑の染料でコガネムシが描かれた旗。
それが合図であったかのように、『真っ直ぐコガネ』が動き出した。
目の前の強敵──岩魔像を倒すために。
真っ先に飛び出したのはヴェルファイア。巨大な戦槌を振り上げ、ただ真っ直ぐに岩魔像に駆け寄る。
しかし、その行動はトレイルから見れば危険なものでしかない。
ヴェルファイアは、ただ真っ直ぐに走るだけ。あの走り方は防御のことなど考えてもいない走り方だ。
そんな走り方で岩魔像へと駆け寄るなど、相手に攻撃してくださいと言っているようなもの。現に、走り寄るヴェルファイア目がけて岩魔像の腕が唸りを上げて振り下ろされる。
ぎぃん、と鈍い音がトレイルの鼓膜を叩く。だがそれは、岩魔像の拳でヴェルファイアの板金鎧がひしゃげた音でも、ヴェルファイアの身体が押し潰された音でもなく。突然ヴェルファイアの前方に出現した光輝く盾のようなものが、岩魔像の豪腕を防ぎ止めた音だった。
そして、塞き止められた拳のその下を、ヴェルファイアが勢いを殺すことなく走り抜ける。
「へへ! ソリオの盾は無敵だからなぁっ!! その程度の攻撃じゃ貫けねえぜっ!?」
そう叫びつつ、ヴェルファイアは戦槌を勢いよく振りかぶる。この時、その戦槌の先端に淡い光が宿っていることにトレイルは気づいた。
空気を引き裂いて振り下ろされる戦槌。戦槌は狙い違わず、いまだに光の盾で押し止められ、伸びきっている岩魔像の腕へと吸い込まれるように命中し、大きな破壊音と共に岩魔像の肘の一部が砕け散った。
「っしゃあっ!! これで終わりじゃねえぜぇっ!?」
振り下ろした戦槌の軌道を、ヴェルファイアはその膂力で以て強引に修正する。
両足で床を踏み締め、腰の捻転を最大限に活かして、ヴェルファイアは戦槌をそのまま再び振り上げる。
振り上げられた戦槌は、破壊されかけた肘を再び強襲。この一撃で以て、岩魔像の肘を完全に粉砕。轟音と共に魔像の前腕が床に落下した。
ヴェルファイアが岩魔像の腕を破壊する光景を、トレイルは半ば呆然としながら見つめていた。
そのトレイルの視界の隅で、きらりと淡く輝くものがある。
反射的にトレイルがそちらを振り向けば、そこには淡い光が幾つも浮かんでいた。そして、その光の中心にいるのは小翅族の少女。彼女は自身と同じような大きさの真っ白な精霊と共に、自分たちを取り巻く光がゆっくりと自分に集束するのを待っていた。
小翅族の少女──ポルテを取り囲むように浮遊していた光たちは、すぐに彼女の小さな身体へと吸い込まれるように消えていき、それに代わるようにポルテの身体が淡く発光し始める。
「エンジェライト──お願いね」
微笑みながら、ポルテは氷精へと語りかける。氷精もそれに応えるように微笑み、精霊師にしか聞こえない精霊の歌を歌い始める。
歌が高まると同時に、ポルテの周囲に氷の槍が次々に出現する。
その氷の槍は、先程彼女が放ったものよりも確実に太く、鋭い。
そして精霊の歌が最高潮に高まった時。ポルテの前に出現した氷の槍たちが一斉に射出された。
氷の槍は高速で宙を貫き、全てが岩魔像の身体に突き刺さる。
腕、足、胸、腹。身体の各所に氷の槍が突き刺さり、岩魔像の動きが目に見えて鈍くなった。
「な、何が……何が起きているんだ……?」
あっという間に半壊に追い込まれた岩魔像を見つめつつも、トレイルはその光景が信じられなかった。
岩魔像といえば、魔像の中でも鉄魔像と並んで攻撃力と防御力に優れた魔像である。事実、先程彼が攻撃した時は、その身体に傷一つ刻むことができなかった。
その岩魔像を、駆け出しの冒険者たちが瞬く間に半壊まで追い込んだ。たった今この目で見た現実を誰かに話したとしても、きっと誰も信じようとはしないだろう。
しかも、先程彼らが攻撃を加えた時、その攻撃は殆ど岩魔像には通用していなかったはずなのだ。
それなのに、今回はヴェルファイアの戦槌もポルテの精霊術も確実に痛打を与えている。
「……さっきと今で、一体何が違う……?」
自問するトレイルだが、実はその答えは彼にも分かっている。
彼だ。
指先に淡い光を宿し、先程から何度も空中に何かを描き続けている人間族の少年。
そして、彼が操る今では失われた魔法系統。
「これが……これが紋章術か……」
伝承による紋章術と言えば派手なものが多い。万を越える軍勢を一撃で吹き飛ばしたり、巨大で凶悪な魔獣を一瞬で石に変えたり。確かに脚色された部分もあるのだろうが、紋章術と言えばどうしてもそのような派手なものを連想してしまう。
だが、彼の紋章術は違う。
敵の攻撃を的確に防ぎ、仲間の力を倍増させる。
おそらくだが、ヴェルファイアの戦槌に宿った光はその攻撃力を、ポルテに身体に宿った光はその魔力を一時的に向上させたのだろう。
そのため、先程は通用しなかった彼らの攻撃が、今度は確実に効いている。
それは、伝承のように派手なものではない。だが、確かに有効なものに違いない。
「……もしかすると紋章術とは、本来このような使い方が正しい魔法なのかもしれないな……」
知らず、トレイルの顔に笑みが浮かぶ。彼は手にしていた愛剣を鞘に収めると、腕を組んで新米たちの戦いを見守り始めるのだった。
光輝く盾が岩魔像の拳を再び受け止める。光輝く盾は、岩魔像の力を以てしても小さな罅一つ入らないほど強固で、しっかりとヴェルファイアを守り抜く。
そして、再び響く大きな破壊音。その破壊音が意味するのは、岩魔像のもう片方の腕がヴェルファイアによって粉砕された事実だった。
これで岩魔像の両腕は失われ、魔像の主な攻撃手段も失われたことになる。
一旦接敵していた岩魔像から距離を取り、ソリオの元へと戻るヴェルファイア。
いくらソリオの守りがあるとはいえ、巨大な岩魔像と間近で武器を交えるのは並大抵の緊張感ではない。ソリオの元に戻った時、ヴェルファイアは大きく方で息をしていた。
そんな二人の元へ、ポルテも舞い降りてくる。
彼女もまた、強力な精霊術を連発したため、肉体的な疲労はともかく魔素が尽きる寸前だった。
「もうこれで勝ったも同然だろ?」
「そうね。腕がなくなればもう攻撃できないものね」
気の早い姉弟が、勝利を確信して手を打ち鳴らす。だが、そこへトレイルが歩み寄る。
「ちょっと待て二人とも。安心するのはまだ早いぞ?」
「どういう意味だい、トレイルさん?」
「魔像というのはな、同じ能力を持った個体はないと言われるほどそれぞれに個体差があるんだ。それに、見た目には分からない攻撃手段を有している場合も多々ある」
例えば、拳を分離しそれを飛ばして攻撃したり、突然胸が開いてそこから灼熱の炎が溢れ出したり。魔像の能力は、創造者の想像力が豊かなほど様々な幅を見せる。
目の前の魔像もまた、腕で物理的に殴る以外にも攻撃する手段を持っても不思議ではない。
「魔像は動かなくなるまで……完全に破壊するまで安心するな。もっとも、魔像の中には完全に破壊した瞬間、爆発するやっかいな奴もいるがな」
ポルテとヴェルファイアはトレイルの言葉に神妙に頷く。そのことに、トレイルは嬉しそうな笑みを浮かべた。
先輩の言うことを素直に聞くのもまた、冒険者が生き残る秘訣の一つである。
先輩冒険者の言葉には、実際に体験したことが含まれている。その先輩の言葉を素直に聞けないような鼻っ柱の強い連中は、きっと近い内に痛い思いをするだろう。
中には嘘を教える悪質な者もいるかもしれないが、冒険者というのは緩やかに横の繋がりを持つ。そしてその繋がりから弾き出されるような者は、大抵が長生きできない。
だから、トレイルは笑う。この素直な後輩たちが、きっといつか大成すると感じて。
「ここまで来たら、最後まで君たちに任せる。さあ、岩魔像に止めを刺してやれ」
トレイルの言葉に応と頷く『真っ直ぐコガネ』。
ヴェルファイアはいまだに輝きを失っていない戦槌を構え直し、ポルテも氷精の歌に耳を傾ける。
そんな彼らの中心的存在であるソリオは、岩魔像の攻撃に備えていつでも防御できるように身構えた。
そして再び『真っ直ぐコガネ』が攻撃に移ろうとした時だった。
岩魔像の身体に変化が現れたのは。
両腕を失い、身体中に穴が開いた岩魔像。その穴だらけの身体の表面に、幾つもの光り輝く模様──紋章が浮かび上がった。
「お、おい、ソリオっ!? あの紋章は何だっ!?」
「わ、分からない! 俺も知らない紋章だ!」
魔像の身体に浮かび上がった紋章の数は数えきれないほど。そしてその紋章は次第に輝きを増していく。
「な、何が起こるのっ!?」
「まさか、自爆じゃないだうな?」
『真っ直ぐコガネ』だけでなく、トレイルにも状況が判断できない。
相変わらず扉は閉ざされたまま。当然逃げることもできない以上、なんとかこの状況を凌がなければならないのだが。
(紋章の種類は分からない──けど、間違いなく何らかの魔法的な攻撃をしてくる! なら────っ!!)
ソリオの指先に魔素が宿り、その魔素が空中に複雑な軌跡を描く。
〈対魔〉〈防御〉〈全方位〉
三種類の紋章をソリオは重ねるように描く。
単純に魔法に対する防御力を高めるだけ高め、どんな種類の攻撃がどこから来ても全て受け止める算段だ。
そして、幾つもの紋章をソリオが描き終えた時。
遺跡の地下に真っ白い光が溢れて弾けた。
真っ白な光に埋め尽くされた地下室。だが、その光も次第に収束していく。
やがて光が完全に収まった時。地下室の様相はかなり変化していた。
壁や天井、床には無数の小さな穴が穿たれていたのだ。
魔像の身体に浮かんだ無数の紋章。その紋章の一つひとつから強烈な光が発せられ、全方位を無制限に打ち抜いた。その結果が穴だらけの壁や天井、そして床というわけだった。
そして部屋の中央には、力尽きて動かなくなった岩魔像。そうやら先程の全方位攻撃は、駆動源の魔素までを一斉に解放して最後の攻撃だったようだ。
そして、もう一つ。
半円状の淡く輝くドーム状のものが、部屋には存在していた。
だが、その光のドームはすぐに消え、中から現れたのは『真っ直ぐコガネ』とトレイル。
ソリオは魔像が動かなくなったことを確認し、仲間たちが無事なのも確認して、手にした戦旗を高々と掲げる。
「俺たちに損害は一切なし! 俺たちの……『真っ直ぐコガネ』の勝利だ!」
『無敵の盾』更新。
実は一話前の15話が予想以上に長くなったので、二分割にしました。
後一回ぐらいで今回の「遺跡初探訪編」も終わりかな? さて、次はどんな話にしようか。
ところで、今回ゴーレムが最後に全方位ビーム(笑)を放ちましたが、某TRPGに登場するゴーレムはビームを放つのが決定事項だそうです(笑)。よって、その設定を拾ってみました。
では、次回もよろしくお願いします。




