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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
遺跡初探訪編
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宝探し


 ソリオが紋章術で手斧の先に灯した灯り──角灯(ランタン)よりもかなり明るい──を頼りに、緩やかな下り階段を降りきるとそこには木製の扉が待っていた。

 少し手前で先頭を歩いていたソリオが、後続に一旦立ち止まるように指示を出し、彼が一人先行して扉を調べる。

 一通り扉を調べたところで、ソリオは後ろに控えていた仲間たちを呼び寄せた。

「罠はなかったのか?」

「うん。罠はないけど、鍵ならかかっているね。それも、地上にあったのと同じ種類のやつが」

 ヴェルファイアの問いに、ソリオが答えながら扉に刻まれた模様を指差す。

 それは確かに上の階の床に刻まれていた、あの〈施錠〉の紋章だった模様と実によく似ていた。

「しかもご丁寧なことに、上にあった〈施錠〉の紋章とはまた違う改良(アレンジ)がしてあるね」

 はっきり言って、ヴェルファイアが見てもどこがどう違うのかさっぱり分からないが、紋章師(ルーラー)であるソリオがそう言うのだ。きっとそうなのだろうと彼は分かったような顔で頷いて見せた。

「じゃあ、ここの扉は開けられないの?」

「いや。さっきの応用でなんとかなると思う」

 扉の前でぶつぶつと呟きながら指先を動かし続けるソリオ。やがて、扉に刻まれた模様に淡い光が宿り、上の階の床と同じように扉の上で模様が動き出す。

「……しかし、信じられないことを平然とやってのけるッスね、ソリオ様は」

 ポルテは、隣にいたコルトがそう零したのを聞き止めた。

「どういうこと?」

「いやね? 普通、紋章ってのはあんなに簡単に改良できたりするもんじゃないらしいッス。まあ、あっしも所詮は奴隷だったんで詳しくは知らないッスけど、以前のあっしのご主人も……っていうか、紋章師ならば誰もが独自にいろいろと紋章を改良しようとするもんらしいッスよ。だけど、普通は紋章を一つ改良するだけでも長い時間が必要だって前のご主人は言っていたッス。それなのにソリオ様は……」

 コルトの言葉を聞きながら、ポルテは扉を開けようとしている少年の背中に目を向けた。

 数日前の地下道の時も感じたことだが、ソリオの紋章師としての実力は、紋章術が最盛期だったクリソコラ文明期においてもかなり上位に食い込むのではないだろうか。

 紋章を的確に読み取る解析力、素早く紋章を描いて発動させる速度、そして今回のこの応用力。どれをとっても、クリソコラ文明期でも一流と呼ばれるほどの実力を持っているだろう。

 そもそも、一体彼はどこでこれほどの紋章術を身に付けたのか。

 誰かに師事したのだろうか。これだけの実力を身につけるのに、まさか独学ということはあるまい。

 ポルテは、この冒険が終わったらそのことを尋ねてみようと思った。

 どこまで答えてくれるかは不明だが、ソリオのことだ。きっと全て教えてくれるに違いない。

 そう決心しつつ、ポルテは仲間たちと共に扉の奥へと足を踏み入れて行った。




 扉を開けた向こうは、書斎らしき部屋だった。

 四方の壁の内、向かって奥側と右側の壁には大きな本棚が置かれ、隙間なく書物が詰め込まれている。

 だが。

「ああ、だめだな、これは……すっかり風化してしまっている」

 トレイルが適当な書物を抜き出してぱらぱらと中を確かめると、書物は端からぼろぼろと崩れ去っていく。

 彼が言う通り、長い年月の果てに風化してしまっているようだ。

「でも、何冊かは読める程度には大丈夫そうだぜ?…………まあ、俺にはクリソコラの文字なんて読めないけどよ」

 書物の七割方は手にしただけで崩れるほどに痛んでいるものの、残りは何とか開くことができそうだ。

 このようなクリソコラ時代の書物は、歴史的な資料として価値があり、クリソコラの研究者たちが高値で買い取ってくれる。

 だが、この部屋で見つかった書物は風化が酷く、そうでなくても痛みがかなり激しい。よって、学者たちに売れたとしても、それほどの価格はつかないだろうと思われた。

 部屋の中にはその他に大き目の机と椅子、それから左側の壁に扉がもう一つ。

 ソリオは机に取り付いて、引き出しを調べているようだ。

 罠や鍵がかかってないことを確かめた後、四つある引き出しの一つをゆっくりと引き開けていく。

 中にはペンやインク、ペーパーナイフなどの細々とした道具類が、綺麗に整頓されて入っていた。

「うーん……さすがにインクはすっかり乾いてしまっているけど、こっちのペンの軸やペーパーナイフはクリソコラ時代の細工のしっかりしたいい物だね。こいつならそれなりの金額で売れるんじゃないかな?」

「おおおおっ!? 本当かっ!?」

 机の上にソリオが並べたペンやペーパーナイフを、ヴェルファイアは目を輝かせて見つめる。

「ど、どれくらいの値段になりそう?」

「そうだなぁ……ざっと銀貨で九十枚から百枚ってところかな?」

 その値段を聞いた途端、今度はポルテの目が輝いた。

 彼女は孤児院育ちであり、最近では孤児院の運営も手伝っている。それでいろいろと苦労してきたせいか、ポルテは金勘定にはかなりうるさいのだ。

 もしも銀貨が百枚もあれば、どれだけ孤児院の運営の助けになるか。そんなことを思わず考えてしまったポルテ。もしかすると、これも一種の職業病なのかもしれない。

 だが、クリソコラ文明期の遺跡で見つかる財宝としては、この程度は子供の小遣いにもならない。中には一生遊んで暮らせるほどの財宝を見つけた者もいるのだから。

 なんといってもここは未踏の遺跡なのだ。これ以上にもっと価値のあるものが眠っている可能性は大いにある。

 机の引き出しなどには罠が仕掛けられていることが多いため、その探索は罠の知識のあるソリオに任せ、ポルテとヴェルファイア、そしてコルトは部屋の中を隈なく調べ始める。

 主な光源はソリオが灯した灯りだが、各人が角灯を所持しているため、部屋の中は十分な光度が保たれている。これならば、暗さで何かを見落とすようなことはあるまい。

 弱冠一名、本来なら灯りなど必要ないはずなのに、なぜか角灯を片手に部屋の中を探索していた。何せ、その人物には──今は幻覚で誤魔化しているが──眼球さえないのだから。

 トレイルはといえばどうやらクリソコラの書物にかなり興味があるようで、持ち帰れそうなものを色々と物色していた。

 仲間たちの行動を横目で見ながら、ソリオは次の引き出しを開ける。

 先程開けた引き出しは、縦に三つ並んだ引き出しの一番上だった。そして今開けた引き出しは、その左にある平たくも大きなものだ。

 こちらは右隣の引き出しとは違って、雑多なものが詰め込まれていた。

 ソリオはその中から、小さな本のようなものを見つけて手にとってみる。

 小さいとはいえ、革張りの表紙の立派なものだ。その表紙に張られた革もすっかり痛んでいるが、それでも中を確かめることはできそうだ。

 本の中には、この館の主と覚しき人物の日々のできごとが書き込んであった。言うなれば日記であろう。

 その内容にソリオがざっと目を通してみれば、どうやらこの館の主人は紋章の改良と研究に日々明け暮れていたようだ。

 より効率的に。より効果的に。少しでも紋章が秘めた力を発揮できるよう、日々研究していたらしい。

 そして、他にも紋章を模様や装飾のように偽装する研究もしていたと推測された。

「なるほどね……それであんな風に偽装されていたのか」

 地上部分の床にあった紋章、そしてこの部屋の扉に施してあった紋章。

 それらは模様のように偽装され、一見しただけでは紋章とは思えないようになっていた。

 ソリオがそれを見抜けたのも、ほんの僅かに模様の一部から魔素が感じられたからだ。それがなければ、ソリオも全てがただの模様だと思ったに違いない。

 その後、日記の最後まで目を通したソリオは、傍らでトレイルが驚きの表情で固まっていることに気づいた。

「どうしたの?」

「い、いや……君は紋章術だけではなくて、クリソコラ時代の文字まで読めるのか?」

「うん。一応ね」

「一体……君は何者なんだ?」

「俺はただの冒険者だよ。トレイルさんとは違ってまだまだ駆け出しに過ぎない、ね」

 感心したような、それでいて呆れたような複雑な表情のトレイルに、ソリオはにかりと子供っぽい笑顔を向けた。




 ヴェルファイアたちはめぼしいものは見つけられなかったらしく、少々気落ちした顔でソリオの元へと戻って来た。

 その頃にはソリオも机の探索を終えており、縦に三つ並んだ引き出しの一番下──最も容積のある引き出し──から小さな小箱を引っ張り出して、机の上の載せたところだった。

「机の中にあったのはこれぐらいだね。他は価値があるとは思えないようなものばかりだよ」

「な、なあ、ソリオ……こ、これって、いわゆる『宝箱』ってやつか……?」

 ヴェルファイアが、興奮した様子で小箱をじっと見つめながら尋ねる。

 ソリオが机に載せた小箱は、大きさはそれほどではないが、細かな装飾の入ったいかにも高価なものが入っていそうな箱であった。

 ヴェルファイアが、いや、実はこの場の誰もが同じことを考えたのだが、それも無理なからぬことだろう。

「さあ、どうだろうね? 箱の中に何が入っているのかは分からないけど、この箱だけでもちょっとした価値があるのは間違いないよ」

 ソリオは小箱──宝箱に罠が仕掛けられていないか確かめながら、ヴェルファイアの質問に答える。

 今回のように、宝箱の中身はともかく、宝箱そのものにも価値がある場合がままある。

 例えば、かけられていた鍵が開かなかったからといって、むきになって宝箱そのものを破壊してしまうのは愚の骨頂だろう。

 宝箱を破壊して中に価値のあるものが入っていればいいが、必ずしも宝箱の中に宝物が入っているとは限らないのだから。

「……どうやら、典型的な罠が仕掛けられているね、これ」

 ソリオが調べたところ、宝箱の鍵はやはり改良した〈施錠〉の紋章が用いてあり、尚且つ無警戒に箱を開ければ小さな針が飛び出る仕掛けが施してあった。

 おそらく、その針には何らかの毒が塗ってあるのだろう。毒の種類までは判断できないが、危険なものであるのは間違いない。

 千年以上も前の毒ではるが、魔法でその効力を保持されている場合が殆どなので、決して侮ることはできないのだ。

「ど、どうするんスか?」

「鍵の方はさっきと同じ要領でなんとかなるから問題ない。それに、毒針が相手なら打って付けの人物が俺たちにはいるしね」

 ソリオとヴェルファイア、そしてポルテの視線がコルトに集中する。

「そうだな。おまえなら毒なんて関係ないし」

「そうね。あなたなら針が刺さっても痛くないし」

「ひ、酷いッスよ、皆さんっ!! 皆さんはあっしを何だと思っているんスかっ!?」

 骸骨(スケルトン)だろ? トレイルがいるから声にこそ出さないものの、三人の心の中のツッコミは見事なハーモニーを奏でた。




 ソリオが〈解錠〉した宝箱を、ぶちぶちと文句を言いつつもコルトが開けた。

 その際、予想通りに罠が作動して小さな針が飛び出したが、その針がコルトを傷つけることはなく。当然、針に塗られていた毒も彼女には何の効果も与えない。

 だが。

「……………………」

 開けられた宝箱を、我先にと覗き込む『真っ直ぐコガネ』の面々。しかし、宝箱の中にあるのは空気のみ。

 要するに、空箱だったのだ。

 何が入っているのかと期待が大きかった分だけ、空だった時の反動も大きかった。

 明らかに落胆する『真っ直ぐコガネ』に、苦笑を浮かべたトレイルが過去の経験からの助言を与える。

「そう落胆するな。空箱だと判断するのはまだ早いぞ?」

「あっ!! そうかっ!!」

 トレイルの言葉に何かを思い至ったソリオが、更に念入りに空と覚しき宝箱を調べ始める。その様子に、今度はトレイルの方が意外そうな顔つきになった。

「ソリオ。君は知っているのか?」

「うん。俺を育ててくれた養父(おやじ)から以前に聞いたことがあるんだ。『引き出しや箱は二重底を疑え』ってね」

 それはクリソコラ文明期の遺跡でよく見かけられることであった。

 見つけた宝箱の中には、一見価値の低いものしか入っていなかったが、実はその宝箱は二重底になっていて、隠された方にはとてつもない価値のものが入っていた、などという話は冒険者の間では有名である。

 中には、机の天版の裏に魔法の力で強化した盾が貼り付けてあった、なんて逸話まであるのだ。

 熟練の冒険者であるトレイルがそのことを知っているのは当然だが、駆け出しのソリオがそれを知っていたとは。

 トレイルは、この人間族(ヒューマン)の少年に対する興味が更に強くなった。

 ソリオが念入りに宝箱を調べた結果、やはりこの宝箱も二重底になっていた。そしてその二重底を開けたところ、中にはソリオの拳大の水晶のようなものが二つ、入っていた。

「これは……魔力含有水晶だね。それもかなり大きい上に、魔素がみっちりと詰まっている」

「そのようだな。これを売れば、これだけでもちょっとした資産になるだろうな」

 ソリオとトレイルの会話を聞いているうちに、ヴェルファイアとポルテ、そしてコルトの顔に大きな喜びが浮かび上がった。




 『無敵の盾』更新。


 今回は、ソリオたちの宝探しの様子の回でした。

 本編のような宝探しの風景は、TRPGを遊んだことのある人たちにはお馴染みの光景ではないでしょうか。

 TRPGの進行役たるゲームマスターは、冒険の報酬として宝を用意するわけですが、簡単にキャラクターたちの手に入らないように様々な工夫をします。

 本編にもあった二重底もその一つ。自分が知るとあるマスターは、必ずこのような方法で宝を隠したものです。中にはテーブルや机の足の中に、魔力の込められた矢が数本隠してあったなんて場合もありました。

 だから、そいつがマスターをやる時は、プレイヤーは皆細かいところまでチェックするのを欠かしません。

 まあ、こんなマスターはどちらかといえば偏屈な方なのでしょうが(笑)。


 さて、とりあえず価値のあるものを手に入れたソリオたち。だけど、まだまだ冒険は終わりではありません。

 もう一波乱、ありますじょ?


 では、次回もよろしくお願いします。


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