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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
遺跡初探訪編
13/97

遺跡の未踏域


 指先に淡い光を宿らせたソリオが、床の敷石に刻まれた模様の一部にその指先を触れさせる。

 彼の指先に宿った光が一瞬、模様の一部──紋章──を輝かせるも、その輝きはすぐに消え去ってしまう。

「どうしたんだ? 何の変化も現れないぞ?」

 戦槌(ウォーハンマー)を担ぎ、じっとソリオの手元を見ていたヴェルファイアが、肩透かしを喰らったような顔で尋ねた。

「うん……紋章に魔素を流し込めば、それで発動すると思ったんだけど……」

「違ったンスか?」

 コルトの問いかけに、ソリオは黙って頷いた。

「どうやら、そんな簡単な仕掛けじゃないみたいだ」

 ソリオはそのまま腕を組み、じっと考え始める。

 紋章の形自体は、ソリオの記憶にはないものである。彼の記憶にはなぜか大量の紋章の記憶があるが、そのどれにも該当するものはない。

 かつて、クリソコラ文明期の紋章師(ルーラー)たちには様々な流派や派閥があり、それぞれの派閥などで独自の紋章を開発していたらしい、とソリオは以前にクリソコラの研究者である養父から聞いたことがある。

 となれば、この紋章はソリオが知る紋章とは別の派閥のものなのだろう。

「うーん……何となくだけど、〈施錠〉の紋章に似ているような気がするなぁ……」

 もしかすると、これは一般的な〈施錠〉の紋章を、どこかの派閥が独自に改良したものなのかもしれない。

 だとすれば。

「俺が知っている〈解錠〉の紋章で反応するかな?」

 ソリオは再び指先に魔素を集め、床に刻まれた紋章の上に〈解錠〉の紋章を重ねて描いてみる。すると、今度は紋章に確かに淡い光が宿った。

「あっ!?」

 ソリオの傍らに浮いていたポルテが、期待の篭もった声を上げる。だが、しばらく輝いていた紋章だが、やはりふっと輝きが失われてしまう。

「どういうことなの?」

「うん……〈解錠〉の紋章に僅かとはいえ反応したってことは、やっぱりこれは〈施錠〉の改良(アレンジ)に間違いない……となれば、どんな法則で〈施錠〉を改良したのかが分かれば……」

 ぶつぶつと何かを呟きながら、ソリオは模様から少し離れた床に積もった砂ぼこりの上に、落ちていた小枝の先で何やら複雑な模様を描き始める。

 そんな彼の背中を、他の『真っ直ぐコガネ』の面々とトレイルが不安そうに見つめている。

「しかし驚いたな……まさか、彼が紋章師だったとは……」

「まあね。俺も姉貴から初めて聞いた時には驚いたさ」

「私も、この目で見ても最初は信じられなかったわ」

「うひひひひ。甘いッスね、皆さん。あっしは初対面の時からソリオ様に感じるものがあったッスよ? あのお人は只者じゃない、何か大きな力を隠している……ってね」

 胸を張り、我がことのように自慢するコルト。だが、誰も彼女の言葉を真面目に聞いていなかった。

 どうやらこの短時間で、トレイルまでもが彼女の扱い方を心得たようだ。

 無視されていじけたコルトが、部屋の隅っこで膝を抱えてぐじぐじと泣きべそかいていると、それまで相変わらずぶつぶつとやっていたソリオが急に立ち上がった。

「おっしっ!! この応用ならきっと大丈夫っ!!」

 仲間に向かってにかりと笑ったソリオは、再び床に刻まれた模様の前に陣取ると魔素を宿らせた指先で、問題の紋章の上に指先で描いた紋章を重ねた。

 先程同様、紋章は淡く発光する。

 先程はその後に光が消えてしまったが、今度は先程とは明らかに違う変化が現れた。

 全員が固唾を飲んで見つめる中、床の紋章に宿った光は消えることなく、ソリオの描いた紋章に反応する。

 最初は床の模様の一角だけに宿った光。だが、光は次第に他の模様へと伝播していき、やがて床に刻まれた模様全体が輝き始める。

 しかも輝きを宿した大小様々な模様たちは、一定の規則性をもってまるでパズルのように床の上を動き始めた。

「凄い……この床に刻まれた模様全部が、巧妙に偽装された紋章だったんだ……」

 目の前で起こる変化を目にして、ソリオが好奇心で目を輝かせる。彼が冒険者になった第一の目標は将来の伴侶を探すためなのは間違いない。だが、それだけが彼の目的ではない。

 今目の前で起こっているような未知の現象。そのようなものに対する好奇心もまた、彼を動かす原動力の一つなのである。

 いや、それはきっとソリオだけではないだろう。冒険者ならば誰しもが、そのような思いを胸に秘めているに違いない。

 その証拠に、ヴェルファイアやポルテ、コルトといった新米冒険者だけではなく、熟練冒険者であるトレイルまでもが、目の前で起きていることをわくわくしたような表情でじっと見つめている。

 そんな一同が見守る中、次いで起こったのは地響きだ。

「ひょ、ひょおおおおおおおおっ!? じ、地震ッスかっ!? 地震ッスよね、これっ!? やばいッスっ!! は、早く逃げないと建物が崩れて生き埋めになるッスっ!! あ、あっしはこんな所で死にたくないいいいいいいいいいっ!!」

「ほら、落ち着いてコルト。これ、地震じゃないから」

 もうおまえはとっくに死んでいるだろう、というツッコミを心の中で入れながら、ソリオが輝いている床の模様を指さす。

 ほけっとした顔でコルトがソリオの指差す方を見れば、輝きを宿した模様が動いた結果、そこにぽっかりと大きな穴が開き、地下へと続く階段が姿を現したのだった。




「……まさか『最初の一歩の遺跡』に、地下部分があったとは……」

 呆然と呟かれたトレイルの声。

「な、なあ……こ、これって……未踏の遺跡……だよな……?」

「そ、そうよ…私たち……最初の遺跡体験で、誰も足を踏み入れていない未踏の遺跡を発見したのよ……」

 ヴェルファイアとポルテの姉弟もまた、呆然とした表情のまま互いに顔を見合わせた。

 やがて、二人の顔から呆然としたものが消え去り、次いで明らかな興奮が浮かび上がる。

「うおおおおおおおおおおっ!! やったぜえええええええええええっ!!」

「凄い! 凄い! 凄いわっ!!」

 ヴェルファイアが、両の拳を天に突き上げて吼え、ポルテがくるくると宙を踊るように飛び回る。

 クリソコラ文明期の遺跡は、ソリオたちのいるサンストーン大陸の至る所に存在している。

 だが、所在の分かっている遺跡は、その殆どが既に調査された遺跡なのだ。

 もちろん、完全に調査され尽くしたというわけでもないが、一度でも調査された遺跡には当然ながらめぼしい発見はまずない。

 そのため、冒険者たちは未踏の遺跡の発見を夢見る。

 未踏の遺跡を見つけ出し、そこに眠っている財宝を得る。それこそが冒険者なら誰もが思い描く夢の一つなのだ。

 とはいえ、未踏の遺跡を見つけ出すことは決して簡単ではない。

 冒険者の中には過去の文献などから遺跡の所在を割り出し、その情報を他の冒険者に売ることを専門としている者もいるほどだ。

 その未踏の遺跡が、今、ソリオたちの目の前にある。

 しかも、それは完全に「枯れた遺跡」だと思われていた、『最初の一歩の遺跡』の地下なのである。

 この事実がコーラルの街に伝われば、おそらく街中を揺るがす騒ぎになるだろう。

 当然、それを発見した『真っ直ぐコガネ』も一躍有名となるに違いない。

 だが、それよりもソリオたちには前人未踏の遺跡を探検することの方が重大だった。大はしゃぎしながらも、角灯(ランタン)やロープなどの探索に必要と思われる道具の確認をし始める。

 そして、いよいよ未踏の遺跡地下へと挑もうかという時だった。この場でただ一人の熟練冒険者であるトレイルが、突然静止の声をかけたのは。




「ちょっと待つんだ」

 突然の静止の声に、『真っ直ぐコガネ』の面々は驚いたような顔でトレイルを振り返った。

「今回、俺は先輩の冒険者として、君たちの指導役として同行している。その立場から言わせてもらえば、本当に駆け出しに過ぎない君たちに、遺跡の未踏域という危険な場所へ行かせるわけにはいかないな」

 極めて真面目な顔でトレイルは言う。対して、言われた『真っ直ぐコガネ』は、不満の表情をありありと浮かべていた。

 トレイルが言うように、確かに自分たちは駆け出しだ。だが、ここで遺跡の未踏域に踏み込まずに街に引き返せば、次に来た時は未踏域は未踏域ではなくなっているだろう。

 自分たちが折角発見した手つかずの遺跡である。それをむざむざと他人に明け渡すなど、おもしろいはずがないではないか。

 そんなことも分からないのか、という意味を込めた八対四つの視線がトレイルに集まる。

「君たちの気持ちは良く分かる。確かに遺跡の未踏部分を見つけ出したのは、他ならぬ君たちだからな──」

 トレイルは、その狼によく似た突き出した鼻面を、にぃと歪めて笑う。

「──だから、ここは先輩でもなく指導役としてでもなく、一人の冒険者として君たちにお願いしたい。ここから先の遺跡の探索、俺も同行させてくれないか? 目の前に未踏の遺跡があるんだ。ここで引き下がっちゃ、冒険者として失格だろ?」

 遺跡の未踏部分を発見したのはソリオたち『真っ直ぐコガネ』であり、指導役のトレイルは部外者に過ぎない。彼はソリオたちが同行を拒めばここから先へ行くわけにはいかないのだ。

 遺跡の中では、何でも一番最初に発見した者がその所有権を得る。それが冒険者の暗黙の了解なのである。

 だから、トレイルは指導役ではなく、一人の冒険者としてソリオたちに同行を願い出たのだ。彼もまた、受剣した後も騎士にも護士(ごし)にもならない、生粋の冒険者なのだから。

 そんなトレイルの申し出に、ソリオたちは一旦顔を見合わせる。

 そして、にかりと笑うと四人揃ってトレイルに向かって、右手の親指を突き立てて見せた。




 ソリオたちに受け入れられたトレイルは、改めて先輩としての助言を『真っ直ぐコガネ』に与える。

「未踏の遺跡には何があるか本当に分からない。十分、気をつけるんだ。まあ──」

 トレイルは、ゆっくりと『真っ直ぐコガネ』の面々を見渡す。

「──君たちは駆け出しの割に装備面では充実しているからな。余程のことがない限り大丈夫だろう」

 ソリオは、愛用の戦旗の他に予備の武器として手斧を持ち込んでいるし、防具も煮固めた革鎧(ハードレザー)の要所要所を金属で補強した防御力の高いものを装備している。

 ヴェルファイアは全身の殆どを覆う板金鎧(プレートメイル)と巨大な戦槌という、見るからに重戦士といった装備であり、ポルテも鎧こそ着ていたいものの、防御力を高める力を秘めた銀製の腕輪を装備している。

 コルトだけは鎧も着けずに武器──鎖分銅と例の(ロッド)──だけという軽装だが、彼女の場合はその特殊な身体ゆえに防具はなくてもいいだろうという判断の元であった。

 本来ならば、これらの装備はとても駆け出しの冒険者の持ち物ではない。

 ではなぜ『真っ直ぐコガネ』が装備面で充実しているのかと言えば、それはコルトのいた地下道から彼女の私物──正確にはコルトの主人の私物──を持ち出していたからだ。

 ソリオたちが地下道から持ち出した物の中には、クリソコラ時代の陶器など高価なものもあり、それらを売り払って装備を充実させたのだった。

 無論、それにはコルトの同意を得た上であり、奴隷根性がすっかり染みついている彼女は余り財産というものに拘りがなかく、私物を売り払うことに快く承知してくれた。

 結果、それらの私物を売り払った金額はかなりの大金となり、装備を充実させてもなお余裕がある程で、残りの資金は将来のためにチームの共同財産としてポルテがしっかりと管理している。

 その後、トレイルから細々とした注意を受けた『真っ直ぐコガネ』は、いよいよ今まで誰も足を踏み入れていない手つかずの遺跡へと、わくわくした気持ちと共に挑んで行くのだった。




 『無敵の盾』更新。


 「枯れた遺跡」には、まだ未踏部分が残されていた、というお話でした。

 次回からは、いよいよ未踏の遺跡への挑戦が始まります。とはいえ、元からそれ程広い遺跡ではないので、地下も当然それなりです。よって、延々と潜り続ける迷宮のようなものにはなりません。

 今回の『遺跡初探訪編』は、10話もかからずに一区切りが付きそうです。



 では、次回もよろしくお願いします。


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