三人と一匹の平和。
「きょうこさん。ありがとうございます。」
宿に戻ると、淀んだ気が消えていくのを感じたのか雪は頭を下げた。
「山に被害を出してしまってごめんなさい。今、新右衛門がお詫びの品を買ってきてるんだけど。」
「やまはもとにもどせます。きにしないでください。」
「…ありがとう。本当は豊五郎が起きてから話すつもりだったんだけど。」
恭子はそう前置きをした。
「はい。」
「雪の守りが豊五郎を救ってくれました。私は師匠として大事な弟子を守ってくれた事を感謝します。」
恭子は深々と頭を下げた。
「おやくにたててよかったです。」
雪は穏やかな声でそう言った。
「やまのあるじとよばれてもできることはこれぐらいでしたから。」
そして悲しそうに言った。
精霊は自らが気の塊であるために強い力を持っているのは事実だ。
でも。自らが扱える力より強力な相手ならば為すすべはない。
精霊という存在が数が少なく、精霊間の連帯が少ない事で相手と一対一の関係での戦いしかできないのだ。
引き際を見極めて自らが仕え、庇護下にある神に救いを求める事が出来れば勝つ事は出来る。
ただ神への畏れと、自分の力で守りたいという思いがしばしば救いの声を遅らせる。
以前救った精霊が語っていた事である。
そして今回の場合も救いの声は上げる事が出来なかった。
恭子はただ何も答えなかった。だって雪がゆっくり考えていく事だから。
「! 宿!?」
豊五郎が起きた。
「おはよう。よく寝てたね。」
恭子がいたずらっぽく笑う。
「怪我をしてない?」
不思議そうに言う豊五郎。
「しっかり雪に感謝しときなよ。…後私たちにもね。」
「ふう。良い値段したな。」
大福やら団子やらを持って新右衛門が帰ってきた。
「贈り物に値段の話は禁句でしょう。」
「まあ高そうな店だったもんね。」
「ったく。まあ流石に美味かったがな。」
悪びれず言う新右衛門に二人からの抗議が突き刺さる。
「つまみ食いですか。」
「いくら甘いものが好きだからってどうかと思いますよ…。」
「甘いもの好きの前に甘味がある、食うなというのは難しい。」
「「反省してください!」」
三つ巴のくだらない騒ぎを見ながら雪は笑っていた。
この人たちが無事でよかった。自分の力もわずかだけど役に立ったんだって。
大福を口に入れる。餡の甘みがこれから頑張れる力をくれる気がする。
…その後買ってきたものを全て雪が食べてしまった事によりくだらない争いは四つ巴となる。そしてそれは宿の主人からうるさいと怒られるまで続くことになる。
確かな事が一つ。平和な時間を三人と一匹は守りきった事。
これは三人の怪異退治のある一つのお話である。
第一章(了)
これにて第一章は終了となります。
今回書きたかったのは最後の言葉通り、怪異退治の日常です。
どうしてもいつもの(?)副業の様子をはじめに書いておきたかったので。
今後大いに普通ではなくなってきますので今のうちに。
今後の予定は章と章の間に閑話を挟みます。
第一章や二章の内容とは直接的に関連しませんが。
なお、未だ作りかけではありますが用語集はじめました。
宜しければシリーズの項をごらんください。
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