慣れない事はするもんじゃない
「本当にそれで平気なのか?」
怪しい匂いを漂わせる煎じ薬を見ながら新右衛門が不安そうに聞く。
「大丈夫ですよ。師匠のやる事なら間違いはありません。」
明るい笑顔でそう答える豊五郎を見て一つ溜息をついた。
「あいつのやる事も少しは疑えよ…。」
事の発端は早めに山内殿には気がついてもらわなければと言う事で気つけ薬を調合する事にした事。
でも風邪をひかない、怪我もしない三人は薬の調合なんてやった事がない。
そこで厳正なるくじ引きの結果、恭子が担当する事に。
家の書庫で埃を被っていた『応用、薬の作り方』を参考にする。
読んだかんじだと『入門、薬の作り方』があるみたいだけど書庫にはなかったので諦める。
「ここで牛黄を入れると。」
手元にあった茶色い石のようなものをがりがりと磨り潰して投入する。
新右衛門がずいぶん高いものなんだけど薬屋さんの娘さんから頂いたものらしい。
結構前らしいが牛の胆石は痛まないだろう。
「次に人参か。」
豊五郎が差し出すものを刻んで投入する。
色々混ぜていく内に薬っぽいいやな臭いがした。
「飲みにくそうですね。」
「少し変えよう。生姜を持ってきて。」
…余計ひどくなった。
「山椒。」「大根。」「鰯。」
突っ込めば突っ込むほど悪化していき、気が付けば、ドブのような汚い物体がそこにある。
間違いはないと言っていた豊五郎も苦笑いしている。
「とりあえず飲ませよう。」
口に運んで数秒後。
「ぶはぁっ…うえぇえええ…。」
起きるやいなや厠へ走って行った。
気つけとしての効果はあったようだ。
「俺が失神しても絶対に飲ませるなよ。」
「すみません。僕も…。」
二人の発言を恭子は聞かなかった事にした。
しばらくして何とか厠から脱出した新九郎に事情を聴く。
「申し訳ございません。色々ご迷惑おかけ致しました。」
吐くほど酷い味の薬の話は出ない。記憶が混濁していたのか、もしくは忌まわしい記憶なので消去したのかもしれない。
「いえ。仕方ない事ですから。」
「気にしないでください。」
「ありがとうございます。」
そう言ってがばっと頭を下げる。
「宜しければ理由を聞かせてくれませんか。何か理由があったのでは。」
恭子がやさしく尋ねると新九郎は悩んだ。だがぽつぽつと話し始めた。
「私は二日後の試合に備えて山に篭っておりました。」
「本当に篭ってたんですね。」
小さな声で呟く豊五郎。
「試合の当日、私が山を下りようとしていた時に黒い大きな狼に会いました。」
「狼、ですか。」
恭子の言葉に新九郎はそうですとばかりに頷く。
「はい。しかしその体躯は並のものより三倍は大きく、その目は真っ赤に血走っておりました。ですがその程度ならば恐れる必要はないのですが、その。」
「何かあったのですね。」
「信じて頂けるかどうか。実はその狼と相対した際に禍々しい何かを感じまして。直感的にその場を離れて山を下りたのですが身体がずんずん重くなり。」
「それで遅れてしまったと。」
「はい。信じがたいかと思われますが、決して嘘は申しておりません。」
「分かりました。」
「え?」
間の抜けた声を出した。まさかあっさり信じてもらえるとは思っていなかったんだろう。
「信じて頂けるのですか。」
おそるおそる聞いてくる。
「ええ。だって嘘ではないのでしょう?」
新九郎はその言葉に少し目が潤んでいる。
それから今後の再戦の予定を話し合った。
十日後の同じ時間にまたここで。
最後に門から送り出す時に新九郎に尋ねた。
「そこで一つお聞きしたいのですが。」
「はい。なんでもお聞きください。」
「その山はどこの山でしたか?」
「? 相模国の白山ですが。」
なんでそんな事を聞くのだとばかりに困惑した答え。
「いや。せっかくだから狼殿にお会いしたくてね。」
驚いた顔の新九郎。
「豊五郎。荷造りをしようか。新右衛門。また明日の朝にここで。」
三人はまるで旅にでも出るような気楽さで、狼退治を語っていた。
出発は明日。またこの場所で。
この小説を三人称で作り直しました。
ちょくちょく修正が入ります。投稿すると気になってしまうんですよね。
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