調査初日~恭子の読み~
そして翌日。
恭子と豊五郎は再び相原家に兵法指南にやってきた。
例の如く皆に刀を振るわせながら恭子は精悍な壮年の男性と、容貌のよく似ているその息子をそっと盗み見た。
(佐武家の当主幸義と、その嫡男景義か。今回の謀反の噂っていうのは。)
幸義は武勇に優れた人物として知られている。
嫡男の景義は武芸は得意ではないが軍略に優れていると噂される。
(確かにこの二人なら謀反を起こす可能性はあるか。)
佐武は元々武蔵の国を治める大名だった。
将軍家が挙兵時から付き添った家で、代々幕府の要職に就いてきた家柄でもある。
玄仁の大乱以降領地の武蔵国に戻ったが、三十年ほど前に相原家に敗れその軍門に下っている。
(まあ。分かりやすいぶん事実かどうか慎重に調査しないといけないか。)
佐武が裏切る可能性は十分ある。故に単なる噂であっても誅殺される可能性は十分ある。
そしてそれを幹康は望んでいない。
むろん事実なら簡単に誅せられるだろう。
佐武の二人に気がつかれないように恭子は視線を戻し、指南を続ける。
(とりあえずは術の気配を探ろう。二人だと目立つから豊五郎は道場にいてもらおうか。)
城内をうろうろしていては怪しい。とりあえずは城の周りを探そう。
本日の予定が決定された。
指南を終え二人は道場に帰還する。
そして恭子は再び城の近くにやってきた。
恭子の読みはこうである。
謀反の為に陰陽術を使用するならば直接攻撃ではないはずだ。
影組には一人使い手がおり、成功率は低い。
ならば答えは一つ、陽動だろう。
小田原城に混乱を起こすにはある程度大規模かつ広範囲の術が必要となる。
小規模では混乱は起こせないし、範囲が狭ければ警戒範囲が狭まってしまう。
だが、普通に大規模かつ広範囲の術を用いるには霊力の制限がある。
というより、そんな術が使える相手ならとうに幹康は暗殺されている。
また、発動時間の問題もある。
一般的に術は広範囲になればなるほど、大規模になればなるほど構築に時間がかかる。
当然謀反となれば一刻を争う状況になるので何らかの対策が必要となる。
そして、それを解決する方法は陰陽術の中に存在している。
「んー。」
見当たらない。
恭子は城の周りをくるりと回ったが探しているもの―陰陽術の楔―は発見できなかった。
楔は陰陽術の行使の方法にまつわるものである。
陰陽術は白山時のようにその場で術具を媒体に術を用いる方法の他に、予めいくつかの術具に術の一部を収めておく方法がある。この術の一部が収められた術具を楔と呼ぶ。
その楔を特定の位置に配置し、後に目覚めの術を放つ。
すると楔に収められていた術が解き放たれ一つの術式を形成する。
この場合発動時に必要な霊力は目覚めの術を放つ量だけで良い。
発現する術の威力は収められた霊力の総量に等しい。
霊力はわずかではあるが日々回復する。
時間さえかければだれでも使用する事が出来る。
もっとも術の行使には多くの制約があり、少しでも配置や封じ込めた術を誤れば発動しない為、実用性はあまりないのだが。
長い時間があり怪異ではなく小田原城という動かない対象が相手なら十分可能だ。
(外ではなく城の内部か。それにちょっと特殊な配置をしているのかもしれないな。)
恭子は小田原城を振り仰ぐ。
(とりあえず明日。こっそり城の中をうろついて探してみよう。発見次第無効化しとこ。)
小田原城に背を向けひとまず今日は道場に戻る事にした。
そして戻っていく恭子の後ろ姿を誰かがじっと見つめていた。
恭子が道場に帰ると美味しそうな甘い香りが漂ってくる。
「おかえりなさい、師匠。」
「ただいま、豊五郎。今日は魚の煮つけかな?」
恭子がにこやかに言う。
「はい。その通りです。ちょうど出来あがった所ですから夕飯にしましょう。」
二人の前に煮付けと漬物、ご飯、わかめの味噌汁が並ぶ。
この道場に来て五年。豊五郎の料理の腕も格段に上がった。
しばらく幸せそうに食べていると。
「師匠。首尾はどうでしょうか。」
豊五郎が尋ねてきた。
「いまいちだね。楔は城内部かもしれない。明日は城内を探索してみる。豊五郎は楔の配置を調べてくれるかな。ちょっと特殊みたいだから。」
「円ではなかったのですね。わかりました。文献をあたってみます。」
「助かるよ。また明日。内容が内容だから気をつけて。」
「はい!…師匠もお気をつけて。」
豊五郎の言葉にしっかり頷いた。
「そうだね。気をつけるよ。」
また明日。少し危険な調査が始まる。
お久しぶりです。
少々忙しく本日ようやく投稿しました。
今回のお話は調査初日という事でひとまずすぐ出来る調査をやりました。
そう簡単には証拠は見つかりません。
明日は小田原城内にてこっそり調査開始。
そして不穏な予感?
長い一日になりそうです。
誤字脱字、ご意見ご感想などありましたら宜しくお願いします。