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彼は四神  作者: 泉 朋
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第一章・後編


第一章

動き出すもの

《後編》



 ――胸騒ぎがする。


 起動させただけのパソコンをぼんやりとな眺め、胸をえぐるような不安に佐伯翔太は(おび)えていた。


 あの不思議な出来事から――早12年の月日がたった。

 あの“吹雪の中の少女”の両親を、出来るだけの力を使い探してはみたが、見つからない。否、存在しなかったのである。


 元々……子供は欲しかったし、妻の持病で子に恵まれなかった事もあり、すんなりとあの少女を養子に――いや、我が子として愛し、今日(こんにち)まで育ててきたのであるが……


「……落ち着け、取り乱してどうする……」


 胸騒ぎ――分かっていた事だった。


 あの日、あの吹雪の日――娘と出会った日。

 娘が呟いていた言葉、容姿、抱え持っていた物……紅い瞳。


 感じていた事があった。――有名な童話がある。大切に大事に育てた娘が、どこからか使者が来て本来のあるべき所へ帰っていく話――


 童話の物語であるが、高校生にあがって自立を始めている娘。どこか似ているものがあり翔太にとって人事ではなく、そのうち本当に……?

「どうして俺は……いや、落ち着け」



 後悔。

 高校入学と同時、1人暮らしを始めた娘。

 もっぱら許すつもりはなかったのだが――1人暮らしをしたいと申し出た娘に対し、出た言葉は翔太自身が驚くほど逆なものだった。


『――大変だぞ? ま、おまえも高校生になるしな……少し自立するのもいいだろう』


 どうして……自ら手放す様な事をしてしまったのだろうか?


 まるで、何か大きなものに引き裂かれていく――そう例えるならば“運命”の様なものを。

 自分の意志ではない事を口走る、手放したくないのに導かれる。


 それに、最近起きた事件。巻き込まれた娘――どうして、どうして連れ戻さなかった……


「――監督、いいですか?」


 イヤホンを伝い響く声に翔太は、はっと我に返った。


「な、なんだ?」


「あの……ちょっと機械の方が」


「分かった。今、行く」


 無線機ごしに短く返し、翔太は席を立った。


 今は仕事中だ。

 何を考えている。

 落ち着け、落ち着け。


 垂れ流れ落ちる汗を拭い、翔太は溜め息一つ吐き、平常心を取り戻す。

 いつもと違う翔太の声色(こわいろ)に、部下が不審に思ったのか……声をかけた。


「……監督? どこか具合でも悪いのですか?」


「いや、少し考えごと……何でもない。気にするな。作業はそのまま続行」


 汗ばんだ拳を力強く握り締め、よぎる不安を蹴散らす様に翔太は仕事場へ歩き出した。


 ――胸騒ぎ。どうか気のせいであってくれ――と、天に祈るに胸中で願ながら。


 ◇



「……不気味だわ」


 昼休み――オレンジジュースを飲みながら、優姫はぽつりと呟いた。程よい酸味が口の中に広まる。


 睨みつける様な彼女の視線の先には――転校生、天野竜の姿があった。


 あれから一週間。


 ――何か起こるかもしれない。


 抱いた直感に警戒していた優姫だが、何も変わらない日常生活が過ぎていく。

 だが――逆に“普通”するぎる。変化のないこの生活に、優姫は不気味な違和感を感じていた。



 転校生・天野竜は――これといって変わりはない、普通の少年だった。 多少……否、無愛想すぎるのが難点だったが、特におかしなところは見当たらない。向こうから話しかけてくる事も、あの日の出来事について触れてくる事もない。


 強いて異変をあげるならば、1つだけ――やたらと女子生徒に人気であるという事だ。


 その人気は他のクラス、他の学年からも彼を見ようと教室に押し掛けてくる程に凄く、確かに、天野竜の容姿は格好いい方だと優姫自身も思った。


 タイプか? といったらまた別だが、女子生徒が騒ぐのも無理はない――テレビに映っている芸能人と匹敵する程といったら大袈裟なのかもしれないが、否定する事も正直難しいところだ。


 だが、その程度のものであり、優姫が警戒していたものは一切なかった。


 ――見間違い……だったのかな?


 そう思ってもみたが、見間違えるはずがない。彼だ。間違いなく、あの場所にいた、あの得体の知れない怪物を倒した少年……間違いなくこの男、天野竜だ。


「――どーしたの優姫? ダメだよぉ〜、おっかない顔になってるよぉ〜?」


 にっこり笑いながら、北野真由が優姫の顔を覗き込んだ。

「……いいのよ、別に。元の顔が恐いのよ、あたしは」


「ダメダメぇ〜! 優姫はカワイーんだから、もっと可愛く笑ってなきゃ」


「そ。ありがとー」


 苦笑しながら相槌(あいづち)を打ち、さらりと真由の言葉を受け流す。長い付き合いで覚えた、優姫独自の真由の長話攻略法である。


「……それにしても、変よ。あいつ……」


 本当に分かってるのーと口を膨らませる真由を(なだ)めながら、優姫は再び、視線を竜へと移した。


「何が変なのぉ?」


 真由も彼女の視線の先へと目をやった。


「……竜君がどうかしたの?」


 優姫の瞳に映る竜の姿に首を傾げ、真由は怪訝な表情を浮かべた。


「いや、別に……なんていうか……」


 ――あの事件、実は変な怪物の仕業で、その怪物を倒したのがこの男なんだ! ――とは言える訳もなく、


「いや、ほら。おかしな時期に転校生って変じゃない? どーゆー家庭環境なのかなぁーなんて思って」


 あは、あはと苦笑しながら、優姫は適当に話をはぐらかした。言ったところで信じてもらえるはずがない。

「あ〜そういえば竜君ね、中国から来たんだってぇ〜! 凄いよねっ」


 真由の発言に優姫は驚き、声をあげた。


「ちゅ、中国!? 何アイツ、帰国子女なわけ? 」


「優姫入院していたから聞いてなかったもんね! そうだよ、帰国子女なんだよ! ますますカッコイーよねっ! みんな言ってるよ〜」


「……帰国子女と格好いいとは別な気がするけど」


 だが1つ、優姫にはこれで分かった事があった。


(へー。どうりで人気なわけね。面だけじゃなく、帰国子女なんていう珍しさに寄ってるって事ね)


 そんなひねくれた述懐(じゅっかい)を浮かべ、苦笑しながら優姫は言った。


「で、真由も物珍しさに騒ぎ立てている1人という訳ね」


「違うよぉ〜! 竜君はホントーにカッコ良くて面白いんだから」


「……はいはい。面食いだもんね、真由は」



 呆れ顔で答える優姫にむっと顔を歪めながら、真由はふてくされた。


 ――あぁ。ヤバい。怒らせちゃった……。


 真由が怒ると、とてつもなく長話になり厄介な事になることも、長年の付き合いで理解している優姫は、話を区切って別な話題を投げかけた。



 そうでもしないと……1日中、真由の説教が続くのである。


「そーそー、アイツ家族は? なんか偉そーな企業勤めとか? 帰国子女とか、そんないいとこのボンボンには見えないんだけど」


 話をはぐらかされた事は、真由自身も分かっているのだが――問いかけられたので答えるしかない。

「うー」

と不満そうな声を漏らしながらも真由は言った。


「いないみたいだよ、家族は。真由も聞いたけど1人でこっちに来たんだって」


「ひ、1人!? また何で……って、もしかして出稼ぎ!?」


 優姫のボケに真由が突っ込んだ。


「あは。そんな訳ないじゃん」


「いや、それは分かってるけど。……なんかやっぱ変だよアイツ」



 この時期に何もなしに転校、しかも帰国子女……家族はいない――そんなのってやっぱりおかしい。


 その前に何もなければ疑う事もなく――変わってる人なのね。という程度で済まされたものなのかもしれないが、今の優姫にとっては何から何までも、天野竜については不気味で仕方なかった。


「うーん。真由は変とは思わないけど――そうだ!」


 (あご)にあてがった手をおろし、何か気づいたのか、ぽんと両手で叩きながら真由はにこやかに言った。


「次の日曜日ね、みんなで竜君のケータイ買いに行こうって事になっているんだけど――優姫も行こうよ!」


「はぁあ? ケータイ?」


 唐突な意味の分からない誘いに、優姫は言葉を聞き直した。


「そっ、ケータイ。真由がね、竜君にケー番教えてよーって言ったらね、竜君何て言ったと思う?」


「……知らないわよ、そんなの」


「“ケー番とはなんだ。なんかの暗証番号か?”って言ったんだよーぅ! 面白いよねぇ」


「……面白くないわよ」


「でね、ケータイの番号の事だって教えてあげたり、ケータイ自体知らなかったみたいだから、色々みんなで竜君に話してあげたんだぁ」



「……で?」


 分かっていながらも、優姫はその先の話を真由に(うなが)した。

 要するに話は――


「竜君がね“それが連絡手段なのか。なら持とう”って言ったからね、みんなで“じゃ、買いに行こうよー”って事になったのぉ! ねっ、ほら優姫も――」


「却下」


 真由の言葉を区切り、優姫は断った。


 取りあえず、携帯電話を持っていない天野竜に、携帯電話を持たせよう……そういう事なのだろう。


 たったそれだけの事。折角の休みに、わざわざ知らない、しかも不審極まりない男の為に出掛けるなど御免である。


 だが――


「一緒に行こうよぉ〜! 真由、優姫と一緒がいい!」


「…………」


「ねっ、ねっ! 優姫も竜君の事、なんか気になってるみたいだし、竜君に色々聞いちゃいなよぉ〜」


「…………」


「行くの! 優姫も一緒に行くの! 真由、優姫と一緒じゃなきゃ嫌だ嫌だ嫌だぁーー!!」


「あ―――!! もう、分かったっつーの! 行けばいいんでしょ、行けば……」


 結局はいつもの真由ペースである。お願いされては……断りきれない。むしろ強引に話に乗せられているだけなのだが――

(はぁ……また、この展開)


 胸中で溜め息を漏らすもの、嬉しそうに喜ぶ真由の笑顔を見ると何も言えなくなり、


「あたしって……押しに弱いタイプなのかしら……」


 優姫はぽつりと呟いた。




「――えぇ〜絶対こっちの方がいいよぉ〜ぅ!」


「…………」


 日曜日、正午。

 行く気はさらさらなかったが半ば強制的に引っ張られ、佐伯優姫はげんなりと肩をなでおろしていた。


「あっ、やっぱりこっちかなぁ〜?」


 あれやこれやと色々手に取る北野真由を、虚ろな表情で見つめる事おそよ30分。


 家電製品店の携帯販売コーナーの一角、真由とクラスメイト数人の

「あーでもない、こーでもないと」

という議論の声が響きわたっていた。


 みんなから少し離れ、後ろから見守る優姫は、本日数回目の溜め息を漏らす。


「……はぁ」


 別に他人の事なのだ。そんなに、みんなして気合いを入れて選んでやる事もないのに――そう思ってしまう。



 この企画の主役である天野竜に至っては、全く関係ないと言わんばかりに無関心、終始無愛想面で優姫と同じく、みんなから距離をとって眺めていた。  


 全然関係のない優姫は余所にして、この主役である天野竜自身がこの態度。


(……ったく。誰の為にみんな選んでると思ってんのよ)


 横目で彼を盗み見て、優姫は述懐した。


 まぁ、自分の事を棚にあげている気もするが、それにしてもこの男は不謹慎だ。優姫はそう思った。


 色々と物色し、両手にピンクと白の携帯電話を握りながら、真由が笑顔で天野竜へと問いかけた。


「ねー、竜くーん。どっちがいいと思う? やっぱり真由はピンクがいいと思うのぉ〜」


「…………」


 無言で見つめる竜。間髪入れず、クラスメイトの佐々木鉄也が真由の問いにつっこんだ。


「ば、ばかっ! 男にピンク、しかも持ち手は天野だぜっ!? 似合わないって、マジ」


「…………」


 もめる2人をしれっと流し、尚も無関心に立つ天野竜を見て、つーか、本人どうでもよさそうなんだから、ピンクでも白でも何でもいいんじゃないの? ――というつっこみは、優姫はしないでおいた。




 結局――

 1時間半にもおよぶ議論の末、


「――じゃ、また来週選びに来ようね!」


 真由が笑顔で言って。


 あくまでピンクを主張する真由組(女子が大半)と、シルバーを選ぶべきだ(男女が大半)と言う鉄也組に分かれてしまい、話がまとまらず、天野竜に選択を迫ってみるもの――


「…………」


 無言。

 竜はどちらの意見にも耳を傾けず、勝敗は決まらなかった。しかも極めつけは――天野竜、保護者不在の為購入許可がおりなかった。


「なんていう……くだらない……オチ」


 どんよりと目を細めながら、優姫は注文したカフェラテを口にした。


 決まらずに終わった『竜君に携帯電話を持たせよう企画』の後、なんだかスッキリしないなー、と佐々木鉄也の考案によって『今日は騒ぎまくろう企画』に変更。一路、ひとまずカフェ・アンジュに向かい――


「どーすっかなぁー……このままカラオケにしますか?」


「いや、ボーリング大会なんかも」


「まてまて。落ち着くんだみんな! バッティングセンターで打ちまくるというのも……」


「ないな。それはないな」


「じゃ、どーするんだよ」


 これからの予定について、再び議論するクラスメイト達を横目に、優姫は退屈そうに黙々とカフェラテをすすっていた。




 ぞろぞろとカフェ・アンジュを出て、移動を開始するクラスメイト達の後ろ姿を、優姫は肩を揺らし

「ぜぇ、ぜぇ」

と息を張り上げながら睨みつけていた。


「……キビシーわ。この人数対1。つっこみが明らかに少なすぎる」


 ぐったりとし虚ろな表情で優姫が呟き、その隣を楽しそうに歩く真由が、不思議そうに優姫を見る。


「優姫、なに言ってるか分からないよぉ〜」


「でしょうね。ご理解頂けてるのであれば、こんなに疲れてないっつーの」


 ひねくれた口調で真由に言う。

 結局、いつもこういう役回りなのだ。


 あれこれとこれからの予定について話していたまでは、うるさいなー、と思いながらも我慢出来た。


 が、議論だけで終わるなど……そう簡単にいくはずもなく、決まらない今後の予定を決定する為、クラスメイト達はワイワイとあみだくじ大会をはじめ、仕舞にはじゃんけん大会まではじめ、極めつけは腕相撲まで開戦。

 カフェとは――まったりゆったりと過ごす場所である。

 あまりの酷さに優姫は止めに入ったのだが、彼女1人では(つっこみ)が足りず、店の店員にこっぴどく怒られ、逃げ出す様に平謝りをしながらクラスメイト達を連れ出した――


「災難だわ。今日の占いはワースト1位だったのよ。そんでもって、団体行動は控えてね! なーんて運勢悪いのに、説明する女子アナは何故か楽しそーに話すのよ」


「優姫? 意味分かんないよ〜……疲れたの? ダメだよぉ〜おばさんくさいよぉ〜」


「うるさい! 一体誰のせいだ、誰の!」


 この正論なるつっこみも、真由やクラスメイト達には利かず、


「佐伯、どーした?」


「イライラしすぎたよ? カルシウム足りないんじゃない?」


「牛乳飲めよ」


「情緒不安定だな」


「あっ、優姫ぃ〜もしかして生理?」


 などと返り討ちにあう。――自分の発言は間違ってはいないはずなのに。


「……はぁ」



 言いたい放題発言するクラスメイト達を後目(しりめ)に、疲労がかったため息を一つ、肩を使い大きく吐き出した。


 大合唱の如く、会話をしながら進むクラスメイト達の後を付いて歩く。カフェから出て、遊歩道へ続く小道へ入った。


 休日とあって、普段より行き交う人が多い。


 ――結局どこに行く事にしたのだろうか?


 虚ろ目で人の流れに逆らいながら抜けて――


 しばらく進むうちに、優姫は妙な肌寒さを感じた。


 肌寒い雪国の春だ。少し薄着すぎだったかな――と思ってもみたが、何故かそういう体感的な“寒さ”とは違う気がした。


 どう説明していいか分からない。不吉な予感が唐突、優姫の頭に駆け巡った。


 ぞくぞくするような感覚に、優姫は体を抱きすくめるようにして立ち止まる。


「? どーしたの優姫」


 突然立ち止まった彼女に、真由は怪訝顔で問いかけた。うるんと潤んだ瞳が優姫を覗き込み、そんな不安が籠もる真由の瞳に優姫は苦笑して答える。


「いや……何でもないよ。ちょっと薄着だったみたい」


 本当は何でもなくない。悪寒が次第に激しくなる。


 ――この感じ。嫌だ……知っている。


「優姫……大丈夫? ちょっと顔色悪いよ?」


 心配し、肩に手を当てがる真由に、


「大丈夫、たいじょーぶっ。ほら、行こっ」


 抱きすくめた腕を解き、にっこりと笑顔を向けて一歩を出したが、横から強引な制動をかけられ、再びその場に止まった。


「……えっ?」


「…………」


 無愛想な横顔が、ちらりと優姫の方へ向けられ、力強く握られた手首に、優姫は(まなじり)が裂けそうなくらいに目を開いた。


「なっ……!」


 ――何なのよ! あんた!? そう発言しようとした言葉は、手首を掴む漆黒の髪の持ち主――天野竜の言葉によって遮られた。


「……悪い。借りる」


 唐突な彼の行動に、優姫と同じくもの問いたげな真由に向かって竜はぼそりと言った。


「え? 竜君借りるって……」


「……悪い」


 彼はそう言って、握った優姫の手首を更に力を入れ、強引に駆け出した。


「――な、何!?」


 問いかける事も逆らう事も出来ずに、優姫はただ彼に引っ張られるままその場を後にした。





「はあ、はあ……」


 高ぶる鼓動と、荒い息づかいと――ぎこちない沈黙が流れた。


 全速力で引っ張られ、やっと彼が足を止めたのは――人気(ひとけ)のない小さなグラウンドだった。

 いつもなら野球に明け暮れる、少年野球クラブが占領しているのだが、本日は日曜日。休み、という事はないだろう。おそらくどこか別の野球クラブとの練習試合に出かけたに違いない。


「何なのよ、本当……」


 優姫は息を整えながら、しれっと彼女へ視線を送る天野竜へ問いかけた。

 あれだけ全速力で走ったのにも関わらず、彼は息1つ切らせていない。


「ちょっと! どーゆー事よ! 天野く……」


「……危機感なしだな」


 眉間にシワを寄せながら詰め寄る優姫に、天野竜は呆れたようにため息をついた。


「はあ? 危機感? 意味分かんないっつーの」


「気づかないのか?」


「何をよ。つーか、偉っそーに、何なのあんた」


 いきなり引っ張って強引に連れ去って、出た言葉が意味不明。しかもなんかムカつくぐらいに偉そう――優姫は最高に気分が悪かった。

 ぎっと鋭い眼光で睨みつけるが、天野竜は気にせずため息混じりで話し出した。


「……あんた、狙われてる」


「だーかーら。意味が分かんないって! 狙われてるって一体――」


 優姫は言いかけた言葉を止めた。1つだけ……嫌な光景が脳裏をかすめた。


 あの事件。あの時の光景――


「ね、狙われている……?」


 再び悪寒が優姫を包んだ。嫌な感じだ、とっても。


「あぁ。あんた、狙われてる」


「だから……何で狙われてるのよ! 説明ないんじゃ分からないじゃない」


 問いかけた後、しまった――優姫は思った。

 だけど聞きたい、でも聞きたくない。この悪寒は? もしかしてあの時の――


 彼女の疑問に、天野竜はあっさりとそして無愛想に答えた。それは、半分確信していて……


「一度……あんたは経験しているはずだが?」


 ……半分は信じたくなかった事。


 天野竜の答えたは遠回し的なもので、だが(まと)を得ていた。


 経験。それは1つしか該当しない。今現在も震えるこの体と、先程からかすめる記憶――



「だから……なんで……狙われてるの? いや、べ、別にあれは……ただの、そう! ただの事故で……しかも、今更……。つーか、天野くん……あなた一体、何?」


 聞きたい事が上手く言葉に出来ない。

 戸惑いながら問いかける優姫に、忙しなく辺りを見回して、天野竜は途切れ途切れの彼女の疑問に、1つずつ答えた。


「……巫女だから」


「はあ?」


 聞き慣れない言葉に、優姫は頓狂(とんきょう)な声を漏らした。


「巫女だから。あれは事故じゃない」


「いや、だから……意味分かんないって」


「今更ではない。ずっと……あんたを見つけてから、ずっと」


「つーか、あたしの話聞いてる?」


「……聞こえてる」


「はぁ……」



 本当に聞いているんだかいないのか……無愛想な顔で答える竜に、優姫は頭を抱えた。全く、話になったもんじゃない。


 上手く質問も出来ず、それに答える天野竜も訳が分からず――やりきれない程のむしゃくしゃ感に、優姫は乱暴に頭を掻いた。



 意味が分からない。

 何言ってんのコイツ。

 巫女?

 あの神社とかにいる?

 違う!

 あたしが聞きたいのは、そんな訳の分からないものじゃない!


「だーかーら……」


 ため息混じりで再び声を出した、その刹那。


「――ひゃっ!」


 強引に腕を引っ張られ、肩を抱き寄せられ――突然な彼の行動に、優姫は思わず甲高い声を漏らした。


 そのまま天野竜は、優姫を自身の背後に隠して、手短にそして全てを答えた。


「……訳が分からなくても、今に分かる」


「な、何。いきなり」


「あんたは巫女だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 不意に風が吹く。冷たく、ぞっとする様な寒気が襲った。


「わっ……! 何!?」


「あんたは巫女。四神を司り、魔を封ずる事が出来る者」


 言いながら、竜は左手の親指にはめたリングを握った。

 瞬間、金色の閃光が駆け巡り、あまりの眩しさに優姫は目を(つむ)る。


「俺は――案内人。巫女と四神を導く者。そして……」


 爆散する光が竜の右手に集結する。瞬く間に光が形となり、燦然(さんぜん)と輝く(つるぎ)がその姿を現した。



「……あんたを護衛する者だ」


 静謐(せいひつ)な口調言って、竜は横目で背後の優姫を見た。


「なっ……! ちょっと、なによ……それ」


 彼が握る剣を見て、目をぱちくりさせる優姫へ――


「……俺は言ったはずだ」


 剣を正眼の体勢で構えながら、竜はぼそりと呟いた。


「あんた“狙われてる”と――」


 疾風が(とどろ)き、重苦しい空気が辺り一面に張り巡らした。

 じとっとした湿気帯びた一帯と、ざわめく寒気が優姫を襲う。


 風を(まと)いながら“黒い塊”の様なものが現れ――


「……あ、あ……」


 再び、“あの時”の獣がその姿を露わにした。


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