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一服と俺と御父様

解説がメイン(笑)筆者は茶道に関して全くの素人ですので、間違った解説もあるかもしれません。平にご容赦を。

「やあ」

 着物姿のナイスミドルが爽やかな笑顔を浮かべる。

「ちょっと一服していかないかい?」


***


 茶筅ちゃせんが深緑色の液体を混ぜる。

 シャカシャカシャカシャカ――。


 泡立つ薄茶を眺めながら、彼は銀色の竹を模した楊枝で闇色の羊羹を切る。

 さくっぱくっさくっぱくっ――。


 馴染んだ味が舌に広がる。

 ナイスミドルは和菓子屋の主人であり、若かりし頃は『和菓子王子』の異名をとったらしい。店の二階で茶道教室を開いており、もとからの知名度の高さから、奥様方を始め、人柄の良さを慕った男性陣、お菓子に釣られた幼女まで、幅広い生徒を集めている。お菓子に釣られた幼女派の姉は、よく土産として和菓子を買ってきてくれていた。


 口の中で淡く溶ける和三盆、

 四季折々の色や形で目を楽しませる有平糖、干錦玉、

 正月限定と毎年楽しみな花びら餅……


 甘い思い出も、苦い思い出も、全てが優しい味と共に彼の胸の奥底で息づいている。


***

 

 和菓子屋ではあるが、教室で出す菓子は、店の品だけではなく、お弟子さんが土産などで持ってきたものもあるらしい。

 

 和菓子屋なのに、土産のお菓子を使っていいんですか? とある時、彼が尋ねたところ、

 お弟子さんの土産は、話のタネになるし、美味しくて楽しければいいんだよ、とナイスミドルは微笑んだ。


 ハワイに行ってきましたーアローハ・マカデミアンナッツちよこれいと、が出されれば

 ――新婚旅行or彼氏との初海外旅行どうだったー? とお姉さん方が盛り上がり、


 横浜に行ってきたアルよ、餃子羊羹、が出されれば、

 ――羊羹にニンニク……甘くて精がつくものが欲しかったのか? どうした、疲れてたのか? とおじさま方が弟弟子(おとうとでし)を気遣って飲みに誘い、


 と、お弟子さんたちの交流にも役立っているらしい。前者はともかく後者が美味しいのかは疑問だが。彼女の天然は父親譲りに違いないと、彼はひそかに苦笑した。


 姉が参加する茶会に強制召喚されたこともあるため、簡単な作法は分かる。


 ――とりあえず、菓子を食べて抹茶を飲めばいいのだ。

 掛け軸がどーの、花がどーの、主人への挨拶がどーの、とあるらしいが、

 要は美味くて楽しければいいんだろ、が意外とアバウトな彼の記憶力の限界だった。


 茶会に参加すること自体は嫌いではなかった。

 茶会と言っても非公式の小さなもので、出される菓子は、この店の和菓子であり、気楽なものだった。和菓子は好きだし、それに、振り袖姿のちんまいのが、紅葉の手で茶碗を包み、「どーぞ」とトコトコと運んで来てくれるのが一番の楽しみで――。


 ちょうど菓子を食べ終わった頃に、すっと御薄(おうす)が出された。

「頂戴いたします」

 くるくると回して、正面から90度の位置にずらす。

 ごきゅりごっきゅっごっきゅっ――。


 豪快に飲み干す彼に、ナイスミドルが穏やかに微笑みかける。

「最近、うちの娘に彼氏ができたらしいんだ」

 げほっげほほげほほほげほ――。


 これまた豪快に噎せ込んだ彼に、ナイスミドルは

 おやおや大丈夫かい? と彼の背を摩りながら遠い眼をする。


「最近、付き合いが悪いんだよね。誘っても一緒に茶道の稽古をしてくれないし。オトウサンは寂しいよ。休日ともなったら、裏庭の池で必死にミドリムシ捕まえたり、妙に凝ったミジンコ壁画弁当を作ったりしてるし。アレは、いる。絶対に。悪い虫が」


 ミドリムシ捕獲やミジンコ弁当で娘に彼氏ができたと悟るナイスミドルの思考回路が謎だった。

 大正解ピンポーンパンポーン――。


 今、目の前にいます。悪い虫。


 固まった彼の耳にナイスミドルがそっと囁く。

「まあ、うちは自由恋愛主義だから、あの子の好きにすればいいと思うよ。でもね――泣かせたら、次は『て』ずに、『盛る』からね」


 ナイスミドルは、素敵な笑顔と共に一階に下りて行った。


 しばらくして、軽快な足音共に二階に駆け上がってきた彼女は、畳に両手をつき項垂れた彼に、首を傾げた。

 「どうしたのー?」


 「いや、久々だったら足が痺れてさ」

 腰が抜けたとはいえず、引き攣った笑いで返した彼は、心の中で呟く。


 ――この恋、命懸け。



茶筅ちゃせん】竹でできた抹茶を泡立てる道具。茶会では勇者おばサマーズが一日中、裏方として振るう。少年よ、騙されちゃあなんねぇ。可憐な着物姿の別嬪の姉さんが運んでくれた、この抹茶。実際にてて、器の内側に飛んでしまった余分な泡を拭って、盆に並べてんのは、お前の母ちゃんと同じ、強く逞しきナイスマダムだ。(とあるチャリティー茶会にて、奥方に強制召喚された休日のおじさんAが、姉の晴れ舞台を見に来た少年Bに)


薄茶うすちゃ】濃茶より薄くてるもの。一人前。「御薄おうす」と呼ばれることもある。後頭部が気になるナイスミドルの傍では、後半の「ちゃ」の発音を強めに言うことだ。まあ、「うす」で途切れたとしても、切ない瞳で吾輩の背を撫でるだけのことで、実害はないぞ。(とある会社員宅にて、飼いネコCが、茶道を習い始めた娘Dに)


【おはこび】既にてられた抹茶を裏方から運ぶ係り。大人数が参加する茶会においては、目の前で抹茶を全ててるのは無理である。お三客(さんきゃく)と呼ばれる選ばれし勇者以外は、運ばれてきた抹茶を頂くことになる。盆に載せてまとめて運ばれることが多いが、5個は欲張りすぎじゃあないのか。お願いだから着物の裾をふんずけるなよ~。(とある桜茶会にて、娘の晴れ舞台を見に来た会社員Eが、一個10万の茶碗を運ぶ娘Dに――心の中で)


【茶碗を正面から90度回す】茶道には、飲み終わった茶碗をすすぐ工程がある。建水(けんすい)と呼ばれる器に、この90度の位置から漱いだ水を捨てる。口を付けた位置から水を流すことで、より茶碗を綺麗にすることができるそうだ。そんなことよりも、90度の説明の際にシュワ●チのポーズをとったのは、教えたという父親の指導なのか、彼女の趣味なのかが気になる。(小学校にて、どんなもんだと胸を張る少女Fが、今度お茶会に行くという少年Aに)


せる】裏方おばサマーズによる大量生産のお抹茶の場合、茶碗の底部に抹茶の粉が固まって沈んでいることがある。仲直りできなかったココアと牛乳と同じ状況である。非常に残念で悔しい上に、こちらは苦い。通常、【爆弾】と呼ばれる物体だが、何事もなかったかのように飲み込むのがマナー。マナーったらマナー。下手に噎せようものならば、てた裏方から殺気が飛んでくる。(とある桜茶会にて、涙目のおじさんAが、娘の運んできた抹茶を今まさに飲もうとしていた会社員Eに)


【痺れる】畳文化独特の病状。患者をつついて慰めるという伝統がある。(とある和菓子屋の二階にて、彼女が彼に)




解説付きの小説が増えている気がして真似してみました。

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