ある意味重症
柔らかな風にふわりと白いカーテンが踊る。
さらりとなびく黒髪に彼は眼を細めた。
逆光の中、光に焼かれたこの目に映る彼女は、なんて……。
「まだ退院できないの?」
不満げな彼女に、申し訳なげに彼は言う。
「……ああ」
頬を膨らませ、窓辺でキラキラ光る水槽を眺めながら彼女は呟く。
「ミドリムシはこんなに元気なのに」
つられて水槽で青々と光合成中のミドリムシを眺めながら彼も内心呟く。
「(……いや、ソレと比べられても。大体、ミドリムシは君のお手製はーと弁当を食べてないし)」
その声が聞こえたかのように彼女が振り向く。
「何か言った」
引き攣った表情で彼は片手を振る。
「……いいえ。なんでもありません」
彼女は首を傾げた。
「そう?」
さらりと肩に流れた長い黒髪に目を奪われつつも彼は答える。
「……そうそう」
彼女がカバンから弁当箱とをとりだした。
「今日のテーマはミジンコよ」
彼は知っていた。あのカバンの中は四次元ポケット以上のカオスが広がっていることを。
「……微生物シリーズ?」
蓋を開けつつ彼女が尋ねる。
「バクテリア・シリーズのほうが良かった?」
力いっぱい彼は首を振る。
「……細菌っすか。いいえ、結構です。(入院がますます長引きます)」
唇を尖らせ彼女は言う。
「ちょっとお勧めだったのに」
流されるな、俺、と彼は必死で首を振る。
「(……拗ねた彼女が可愛いとか思うあたり、もう俺は駄目かもしれない。そんなにお勧めなら食べてやってもいいかとか思ってるし)」
箸を用意しながら彼女は尋ねる。
「どうしたの?」
恐る恐る弁当箱を覗きこみながら彼は答える。
「……いや。ところで、今日の弁当はやけに細かいな。ってか『米』まで微塵切りか……」
胸を張って彼女は告げる。
「うん! お餅みたいにならないよう、粉々感を出すのが大変だったのよ! しかも、ほら、ちょっとお弁当を離れて見るとモザイク壁画みたいにミジンコの絵が具で作られていることにも気づく! 私ってなんて芸が細かいのかしら」
顔を引き攣らせつつも彼はありがとうと彼女に言う。
「(……まあ、味は『今日は』普通そうだな。この分なら、布団の下に忍ばせているナースコールを押す必要はなさそうだな)」
お礼を言われて嬉しそうに笑いながら彼女は尋ねる。
「明日は何がいい?」
まだ油断はできないとナースコールを握りしめつつ、彼は思う。
「(……明日も来てくれるのが嬉しいと思うあたり、俺ってかなり重症かも)」
さて、重症なのは、彼女の天然ボケか、彼のメロメロ(古っ)度か……。