第4話
ユタリウスは重い足取りで廊下を歩いていた。――アレルに、屋敷を案内するためだ。
「お嬢様こちらのお部屋です。」
案内をしてくれていた侍女が振り返り白く大きな扉を示した。
「ありがとう。」
「それでは失礼いたします。」
そう言い残すと、侍女は静かにその場を後にした。廊下に静寂が落ちる。この場所に残されたのはユタリウスと扉の向こうにいる少年だけ。
(この先にいるのね。)
ユタリウスは小さく深呼吸をし、扉をノックした。
「……どうぞ。」
中から警戒しているかのような少年の声が聞こえた。ユタリウスはゆっくりと扉に手をかける。
「失礼します。案内に参りました。」
扉を開けて部屋に入ると、アレルは窓辺の縁に腰掛け、外を眺めていた。ユタリウスの気配に気付いたのか、ゆっくりと扉の方へ視線を向ける。その瞳には先ほど声に滲んでいた警戒の色はもう見当たらなかった。再び沈黙が落ちる。気付けば、二人の視線はぶつかっていた。
「えっと……準備がまだでしたら、また今度に……」
ユタリウスがそう言ってその場を去ろうとした瞬間。
「できてるよ、行こう。」
少し強い口調でアレルが言う。その声に驚き、ユタリウスはぴたりと足を止めた。そして困ったように小さく肩を落とす。
「あはは……ですよね。行きましょう。……それじゃあ、まずは中庭から案内しますね。」
それから二人は屋敷の中を順に巡っていった。ユタリウスはこの身体に残るかすかな記憶を頼りに屋敷を案内していく。しかし、その間アレルはほとんど口を開かなかった。ただ、ユタリウスの少し後ろを静かについて歩くだけだった。屋敷を一通り案内し終え、アレルの部屋まで戻る途中。
「ずっと使用人みたいだな。」
不意に、アレルが口を開く。
「え?」
「ずっと敬語じゃん。」
「そんなこと…お母様とお父様には敬語ですし。」
「俺は親じゃない。」
「……じゃあ、どう話せばいいんですか?」
「だから、敬語はいらない。」
「でもお客様ですし……」
「同い年だろ。」
淡々と返され、ユタリウスは困惑した。
(どうしてこんなに敬語のことを気にするの?)
「とにかく、敬語はダメだ。」
「……わ、わかった。」
強く言われ、ユタリウスはそれ以上言い返せなかった。やむを得ず頷く。
(なんで私、こんな幼い子に言い負かされてるのよ……!)
ユタリウスは密かに頬を膨らませた。するとアレルは満足したのか、今までの冷たい少年の姿からは想像できないほど穏やかな笑顔を浮かべてみせた。
「そう、それ。」
その笑顔に彼の面影が重なる。ユタリウスは慌てて顔を背けた。
(違う……全然別の人よ!)
「大丈夫か?」
ユタリウスの様子に気づいたのか、アレルが顔を覗き込む。
「顔、真っ赤だけど。熱でもあるのか?」
「あ、赤くない……!!」
アレルは不思議そうに首を傾げた。
「赤いじゃん。」
「赤くないってば!!」
「……リンゴみたいだけど。」
「……!!」
果物に例えられて、ユタリウスの恥ずかしさは限界に達した。
「……じゃ、じゃあ!部屋まで来たから、私はこれで!!」
そう言い残すと、ユタリウスは逃げるようにその場を離れた。アレルはその小さな背中を見えなくなるまで黙って見つめていた。
「……変なの。」




