51本目・畑の未来
ニコチ草の加工が終わり、瞬が初めての一服をした翌日。
その話は、驚くほど早く街中に広まっていた。
「おい聞いたか? 瞬が作った葉っぱで煙が吸えるらしいぞ」
「しかも味も香りも絶品だって! あのドワーフのガイエンが太鼓判押したらしい!」
「鍬神、やっぱりただ者じゃなかったか……」
酒場の片隅では、すでに「鍬神印の煙草」について熱く語り合う冒険者たちまでいた。
「なんか……えらいことになってるぞ」
自分の噂話を耳にしながら、瞬は気まずそうに頭をかいた。
「いいじゃない、凄いことだよ!」
優衣はぱっと笑顔を見せる。
「ニコチ草、ちゃんと育てて形にしたんだもん。みんなが褒めるのも当然だよ」
「んにゃー、でも煙の匂いはちょっとキツいにゃ……」
きいは鼻をひくつかせ、顔をしかめて尻尾をぶんぶん振った。
その日の夕暮れ。
畑に立つ瞬の背に、優衣がそっと声をかける。
「ねぇ、瞬」
「ん?」
「この畑、まだ余ってる土地あるでしょ? どうせなら……他の作物も育ててみたらどうかな?」
瞬は手を止めて振り向く。
「……他の、か」
「うん。食べ物とか、薬の材料とか。瞬ならできると思うの。だって、あのニコチ草だってここまで育て上げたんだから」
優衣の声は真剣だった。
彼女にとって、瞬はただの農夫ではない。
畑を耕す姿は、どんな戦いよりも確かで、安心をくれるものだった。
「……へへ。俺にそんな才能があるなんて思わなかったけどな」
瞬は鍬――いや、相棒の黒焔・クワを握り直した。
「でも、まぁ……挑戦してみるのも悪くねぇか」
「やった!」
優衣はぱっと顔を輝かせた。
「私も手伝うからね!」
「にゃー、あたしも食べられる実ができるなら手伝うにゃ!」
きいが勢いよく飛び跳ねて加わった。
畑の空は茜色に染まり、三人の笑い声が風に溶けていく。
ニコチ草だけじゃない、新しい可能性がここから広がっていく――
そんな予感が、確かにあった。




