5本目・ギルドマスター
「この世界では、エルフもいるし……猫だって魔法を使えるんじゃないの?」
優衣が半ば自分を落ち着けるようにそう口にした。
瞬も「確かに」と頷きかけたその時、カウンターの奥から重々しい声が響いた。
「……獣人は確かに魔法を使う。だが、ただの動物が言葉を話したり、火を吹いたりするなど前例はないのじゃよ」
その声と共に、背丈の低い白髪の老人が姿を現した。
皺だらけの顔に鋭い眼光を宿し、杖をつきながらゆっくりと歩み寄ってくる。
一見すればただの小柄な老人だが、纏う雰囲気には一種の威厳と重みがあった。
「……ただひとつを、除いてはのぉ」
ギルド内が再びざわめき始める。
冒険者たちは興味深げにこちらを見守り、受付カウンターの内側からは、先ほどのエルフ風の女性が顔を覗かせた。
「あら、マスター」
女性は恭しく頭を下げ、老人を迎えた。
「やはり……ギルドマスターか」
瞬が小声で呟く。
老人は「ふむ」と瞬たちを順に見やり、最後にきいの前で足を止めた。
きいは尻尾をぴんと立て、「にゃあ」と無邪気に鳴く。
「ほぅ……確かに、ただの猫ではないな。言葉を話し、火を吐くなど……まるで伝承に語られる“炎の導き手”そのもの」
その言葉に、冒険者たちの間で再びざわめきが広がる。
「炎の導き手だと……?」
「まさか、あの古い伝説の……?」
瞬は戸惑い、優衣は息をのむ。
そして当のきいは首をかしげ、「なんのことにゃ?」と首をかしげていた。
マスターは深く息をつき、真剣な眼差しを二人と一匹に向ける。
「お主ら……すこしこちらに来てもらえるかのぉ」
ギルドマスター――ハインズと名乗った老人に促され、瞬と優衣、そしてきいは奥の部屋へと案内された。
そこには大きな水晶球のような装置と、ステータスを映し出す魔法の板が用意されている。
冒険者登録の際に使われる「測定の儀」らしい。
「では、まずはお主からじゃ」
ハインズに言われ、瞬は胸を張り出た。
(よし、ここから俺の異世界ライフが始まるんだ。チートスキルがあってもいいはずだ!)
手を水晶球に置くと、淡い光が瞬を包み、やがて板に文字が浮かび上がる。
――瞬の結果――
スキル:乾燥、農業、火属性魔法(下級)
ステータス:ほぼ平凡値
「……え?」
瞬の目が泳ぐ。
「乾燥って……野菜でも干せってことか?」
「農業スキルって……家庭菜園か何か?」
期待に胸を膨らませていた瞬の顔は、みるみるうちにしぼんでいった。
ギルド内にいた冒険者たちの間からは、くすくすと笑い声が漏れる。
「ただの農夫じゃねえか……」
「火属性も下級かよ……」
瞬は耳まで赤くなり、タバコを無性に吸いたくなった。
「次は……そちらの娘じゃな」
ハインズの声に、優衣が一歩前へ出る。
「わ、私も?」
緊張しながら水晶球に触れると、室内が一瞬まばゆく輝き、板に次々と文字が刻まれていった。
――優衣の結果――
全属性魔法耐性
最上級魔術
剣術スキル
物理ダメージ完全遮断
火属性精霊召喚
その他、多数の未知のスキル
ステータス:すべて∞
「……っ!」
冒険者たちがどよめく。
「∞だと!? そんな数値、見たことがねえ!」
「最上級魔術に加えて完全遮断……勇者級どころじゃねえぞ!」
優衣自身も目を丸くしていた。
「え、えぇ!? わ、私……何もしてないのに……」
瞬はその結果に顎が外れそうになった。
「ちょ、ちょっと待て……俺が農業で、優衣が……チート盛り盛り?」
「最後は……その猫じゃな」
ハインズが杖でちょんときいを指す。
「にゃあ」
きいは軽快に水晶球に飛び乗った。
直後、部屋が震えるほどの光があふれる。
――きいの結果――
ステータス:スピード∞、嗅覚∞、魔力∞
その他:未知のスキルを複数保有
「――――っ!!」
冒険者たちは言葉を失った。
「……俺より、強いだと?」
瞬は肩を落とす。
優衣は苦笑しながらもきいを抱きしめた。
「きい、すごいねぇ……でも、なんで猫がここまで……」
ざわめきは収まるどころか広がり続ける。
「女の子はチート、猫は規格外……なのに旦那は農家?」
「どういう取り合わせだ……」
ハインズは長い沈黙ののち、にやりと笑った。
「……どうやら面白い一行が現れたようじゃの」