46本目・聖竜と魔王ヴァルゼルド
聖竜の声は、空気そのものを震わせるように深く響いた。
『……遥か昔、我は神々の定めに従い、この森を守護する者であった。
だが魔族の王が現れ、甘言をもって我に近づいた。
“共に新たな世界を築こう”と――』
その響きには、悔恨の影が滲んでいた。
『孤独に囚われていた我は、愚かにもその言葉を信じた。
結果、魂を瘴気で縛られ、この森をも喰らう魔竜へと堕ちてしまったのだ。
……お前たちが打ち破ったのは、我が罪の残滓にすぎぬ。』
瞬は拳を握りしめる。優衣は黒焔を胸に抱き、きいは尻尾をしゅんと垂らして竜を見上げた。
『だが、ヴァルゼルドはいまだ影として世界に潜む。
やがて気づくであろう……我が鎖を断ち切る者が現れたことにな。
その時、奴は再び動き出す。』
言葉は重く、しかし続く声音はどこか温かかった。
『だからこそ……しばしの間は安らげ。
この森を見守り、人の世に笑顔を戻すがよい。
ここはもはや汝らの“居場所”でもあるのだから。』
聖竜は大きく翼を広げ、天を仰いだ。
黄金の光の鱗粉が舞い落ち、花畑と川面を照らしながら輝きを散らす。
『勇敢なる者たちよ……我を救ってくれたこと、深く感謝する。
森を……どうか頼む。』
静かな声音を最後に、聖竜は光の軌跡を描きながら空へと舞い上がる。
その咆哮は、もう禍々しいものではなく――祈りにも似た響きとなって、森全体を包み込んでいった。
三人はただ立ち尽くし、その温かな光を浴びながら、胸の奥に静かな決意を宿すのだった。




