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43本目・反撃の狼煙

――視界が、歪んだ。


灼熱の炎、骨まで凍る氷、雷鳴の轟き。 それに混ざり、瘴気竜の黒い吐息が空間を満たしていく。


「にゃっ……!? な、なんだ……これ……」

きいの瞳に映ったのは、血に濡れた大地と、散らばる仲間の影。 その中で、瞬も、優衣も――無残に倒れていた。


「や……やめろ……こんなの……見たくないにゃ……!」

震える声で叫んでも、幻影は消えない。


優衣の目の前にも幻覚が広がる。 それは現実世界――かつての姉、めぐみの面影だった。 優しく笑い、手を差し伸べてくる幻。 けれどその背後から、瘴気竜が口を開き、めぐみを呑み込もうと迫ってくる。


「お姉ちゃんっ……いや……違う! これは……!」

優衣は震えながら黒焔・フレイムファングを握りしめ、幻影に刃を突き立てて消す。 涙を振り払い、決意の炎が瞳に灯る。


瞬の視界にも、鮮やかで、耐え難い映像が繰り返し流れ込む。

畑でも街でもない、古い暗がりの台所。そこで若い頃の祖母が幼い瞬を抱え上げる。 その手つきは怯えと憎しみに満ち、祖母の唇は冷たく震えながら囁く。


「お前なんて、生まれてこなければよかった……」

幻の祖母は瞬を抱え、喉元に手をやる。若き日の記憶が歪み、行為は殺意へと変わる――瞬は幼い自分が、目を逸らし、鳴き声をあげても祖母の手がそれを押しつぶす幻を見た。


その光景は、瞬の胸に古い傷をえぐる。幼い頃に感じた「存在してはならない」という熱い恥と怯え。誰かに拒絶された痛みが、瘴気によって増幅される。


(俺は……生まれてきちゃダメな存在だったのか――?)

疑念が刷り込まれ、黒い冷たさが体を這う。足元がふらつき、呼吸が浅くなる。幻影は上書きするように「お前がいるから迷惑だ」「消えろ」と囁き続けた。


だが――そこへ、優しい声が割り込む。

「しっかりしろ、瞬!」

優衣の声だ。続けてきいの小さな声。二人の本物の叫びが、幻の喧騒を切り裂く。


「おまえはここにいる。おまえがいるから、俺たちはここにいるんだ」

瞬は震える手で黒焔・クワの柄を強く握りしめる。幼い自分を守れなかった過去の痛みを受け止めながら、それでも今は守る側だと自分を奮い立たせる。


「俺は帰れないかもしれねぇ。だがここで仲間を守れる」

闇を引き裂く決意が、瞬の胸で燃え上がる。


幻覚が震え、徐々に輪郭を失っていく。三人は再び、目の前の現実へと戻った。瘴気竜の闇が、ほんの一瞬動きの鈍る空白を見せる。


「……見つけた」

瞬の瞳がぎらりと光る。地面の振動、瘴気の流れ、力の収束点――地脈の脈動が、ひとところに集まっているのを感じ取ったのだ。


「この空間自体が奴の力を増幅してる……。なら、その根を断つ!」


瞬が地に黒焔・クワを深く突き刺す。刃先は古い地層を穿ち、黒炎が地へと喰い込んでいく。土は轟いて裂け、瘴気が地中から湧き上がるのを逆に押し返すように、浄化の炎が滲み出した。


瘴気が焼け焦げる匂いが空気を切り、瘴気竜が悲鳴にも似た低い咆哮を上げる。 体を覆っていた瘴気が薄れ、龍の動きに明らかな鈍さが生じた。


「今だ!」瞬の声が遺跡に響く。


優衣が宙に舞い、黒焔・フレイムファングを両手で掲げる。舞い降りるように、黒炎の刃が二十の閃光となって空を裂く。

――聖剣焔舞・流星二十華。

一閃ごとに光は鱗を灼き、炎の軌跡が夜空を流星群のように描いて落ちていく。龍の巨躯に刃が次々に突き刺さり、身体が仰け反る。


その衝撃に続けとばかりに、きいが咆哮する。全身を紅蓮で包み、獅子の如き巨大な爪を実体化させる。

――紅蓮獅爪裂破ぐれんしそうれっぱ

炎柱が地を抉り、獅子の爪が龍の胸板を引き裂く。衝撃波が遺跡を震わせ、裂けた鱗から瘴気が噴き出す。


流星の如き斬撃と獅子の一撃が交差し、瘴気竜は大きくよろめいた。翼が裂け、痛みに吠える。空の黒が赤く染まり、竜の咆哮が空間を満たす。


その瞬間、きいが叫んだ。

「首のところ、光るものがあるにゃ!」


二人の技の重なり合いで揺らいだ鱗の隙間、首の付け根に小さく、しかし確かに光る芯のようなものが見えたのだ。


「……あれが、増幅の核かもしれない」瞬が吐き捨てるように言う。

優衣はフレイムファングを引き抜き、鱗の裂け目から血と瘴気が噴き上がる中、その光へと刃を向ける。


戦いは、いま核心へと突入した――。

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