40本目・瘴気の渦
扉が完全に開いた瞬間、凄まじい瘴気の奔流が吹き荒れた。
瞬は咄嗟に 黒焔・クワ を地面へ突き立て、身体を支える。優衣は黒焔を逆手に構え、きいは全身の毛を逆立てて牙を剥いた。
「ぐっ……! 息が……苦しい……」
空気は淀み、まるで生きた毒そのもの。視界が揺れ、耳鳴りが頭蓋を震わせる。
「立ってるだけで魔力を削られてるにゃ……!」
きいの声も掠れる。猫の耳がぴくぴくと痙攣するように震えていた。
足元の石床が脈打つように揺れ、赤黒い文様が広がっていく。
その模様はまるで血管のように遺跡全体に走り、三人の足を絡め取ろうと蠢いた。
「こっちの力を、喰おうとしてやがる……!」瞬が歯を食いしばる。
黒炎のダガーを握る優衣の手が震える。刃が小さく唸り、瘴気を拒むように燃え上がった。
「……《フレイムファング》が震えてる。中に……何かいる」
瘴気はただの毒ではない。
その底から響くのは、確かな意思を伴った「声」だった。
――侵す者よ……その魂を捧げよ。
――力を望むなら、肉を差し出せ。
――拒むなら、ここで果てよ。
低く重い声が三人の頭を揺らす。幻聴ではない、遺跡そのものが語りかけているかのようだった。
「……ッ、聞こえた?」優衣の額に汗が滲む。
「あぁ。どうやら歓迎はされてねぇらしいな」瞬が黒焔・クワを引き抜き、肩に担ぎ直す。
「にゃぁ……声が胸の奥を抉ってくるにゃ。でも、絶対に進むにゃ!」
三人は互いを見て頷き合う。
震える心を押さえつけながらも、もう後には退けない。
扉の奥へと一歩足を踏み入れると、瘴気はさらに濃く、足を取られるほどの重圧となった。
だが同時に、冷たい空気の奥から――「息遣い」が確かに響いてきた。
地を這うような重い吐息。
空間そのものを震わせる鼓動。
闇の奥で、確かに“何か”が目を覚まそうとしている。
「……なぁ、優衣」瞬が低く呟く。
「うん、分かってる。ここにいるのは……ただの魔物じゃない」
「にゃ……強い。すっごく、強い。わたしたちが試されてるみたいにゃ」
三人はそれぞれ武器を構え直した。
黒焔・クワが地を裂くように唸り、フレイムファングが禍々しく燃え、猫の爪が光を反射する。
そして、瘴気の奥――暗闇が渦を巻き、形を取り始める。
巨大な影がゆっくりとその姿を現そうとしていた。
「来るぞッ!!」瞬の叫びと同時に、空間全体が轟音を上げた。
瘴気の渦の中心、漆黒の巨影が、ついに姿を――。




