38本目・血を求める祭壇
広間の中央には黒い石の祭壇が鎮座していた。
その上には杯が置かれ、壁一面に刻まれた古代文字が淡く光りだす。
――血を……捧げよ……命の証をもって……道を開け……。
「……血を差し出せってことか」
瞬は低く呟き、ためらわず左手を杯に伸ばそうとした。
「瞬っ!? ダメ!」
優衣が慌てて腕を掴む。
「離せ。こういうのは男の役目だろ」
「バカ言わないで! そんなの命を削るだけじゃない!」
「にゃ! そうにゃそうにゃ! 絶対に罠にゃ!」
きいがしっぽを逆立てて叫ぶ。
瞬は渋るが、その時――壁の文字が一瞬だけ別の輝きを見せた。
「……待って、今の光……」
優衣が目を凝らし、近づいていく。
「にゃ、こっちもだにゃ!」
きいが爪で古い文様をなぞると、赤黒い輝きの下から別の言葉が浮かび上がった。
――血は穢れ、心は光。真に捧ぐべきは……想い。
「……やっぱり」
優衣が瞬を見据える。
「血じゃない。ここが試してるのは……私たちの心よ」
きいも頷き、しっぽをぴんと立てる。
「にゃ。ご飯を分け合った仲間や、街での日常……大切に思う気持ちを差し出せってことにゃ」
瞬はしばらく黙って二人を見たが、やがて鍬を置いて膝をついた。
「……なら、俺はこの街を守る。それだけを祈る」
優衣も目を閉じ、両手を胸に。
きいはしっぽを丸め、そっと隣に寄り添った。
三人の祈りが広間に満ちると、杯は眩い光を放ち、黒い液体は消え去る。
代わりに純白の宝珠が浮かび上がった。
宝珠は音を立てて扉のくぼみに収まり、重い扉がまた少し開いた。
吹き込む風は、ほんの少し澄んでいる。
「……やっぱり血なんか捧げる必要なかったな」
瞬は安堵の息を吐き、二人に頭を下げた。
「悪かった。俺、突っ走るとこあるよな」
「まったく。もう少し私たちを信じなさい」
優衣は口元に苦笑を浮かべる。
「にゃ……でもさ」
きいがぽつりと呟いた。
「ここって“禁忌の森”なんでしょ? だったら普通は侵入者を殺す仕掛けになるはずにゃ」
二人が黙り込み、きいを振り返る。
「なのに……なんで“人を試す”ような仕掛けばっかりなんだろうにゃ?」
静寂が広間を支配する。
それは――この森の奥に隠された“本当の存在”を示す、最初の違和感だった。




