35本目・瘴気の魔獣
足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。
外の草原ではまだ昼だったはずなのに、森の中は夜よりも暗い。木々の枝が絡み合い、月明かりすら届かない。
「……まるで空が閉じたみたいだな」
瞬が鍬の柄を軽く叩き、前を睨む。
「にゃ……音もしない……」
きいの耳がぴくりと動くが、鳥のさえずりも、虫の羽音も聞こえない。ただ、胸の奥に重くのしかかるような“ざわめき”だけがある。
優衣が剣を抜いた。鞘から放たれた銀の刃が、わずかな光を受けてきらりと光る。
「気をつけて。絶対、普通じゃない」
その言葉と同時に――。
ずるり、と地面が動いた。
「……っ!?」
瞬たちの前で、黒い土の中から獣が這い出てきた。
狼のような体躯。
だが毛皮は腐り落ち、骨の隙間から瘴気が滲み出している。片方の目は潰れ、もう片方は真紅に輝いていた。
「……瘴気に呑まれた魔獣……!」
優衣が剣を構える。
「来るにゃ!」
きいが叫んだ瞬間、魔獣が咆哮とともに飛びかかってきた。
瞬は鍬を横薙ぎに振るい、牙を弾き飛ばす。火花が散り、獣の顎が歪んだ。
「……重いな。普通の狼じゃねぇ」
優衣がその隙を逃さず、剣を閃かせる。
だが、斬ったはずの肉はすぐに瘴気で覆われ、再生していく。
「再生……!? 厄介ね!」
「どうすんのにゃ!? こんなん、倒せないじゃん!」
きいが叫びながら爪で獣の顔を引っかく。だが、傷は浅く、すぐに塞がってしまった。
「……なら、封じるしかないな」
瞬の目が鋭く光る。
鍬を地面に突き立てると、土が震えた。
「――“耕断”ッ!」
地面ごと抉る一撃が獣の足を砕き、瘴気の再生を追いつかせない。
そこへ優衣の剣が閃き、首を一刀で断ち切った。
魔獣は絶叫とともに崩れ落ち、瘴気の霧となって消えていった。
「……はぁ、はぁ……」
優衣が剣を拭い、肩で息をする。
「なんだよ……最初からこんなのかよ」
瞬は鍬を担ぎ直しながら吐き捨てる。
「こりゃあ、本当にヤバいにゃ……森の奥、どうなってんだ……」
きいの声は震えていたが、瞳はまだ戦う光を宿していた。
三人は互いに頷き合い、さらに森の奥へと歩を進めていった。




