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34本目・森への道

 街を出てから丸一日。

石畳の道を抜け、緑豊かな草原を進むと、遠くに“黒い影”が見えてきた。


「あれが……禁忌の森」

優衣が立ち止まり、額の汗を拭った。


 普通の森なら、遠目からは木々の緑が輝くはずだ。

しかしそこに広がっていたのは――闇。

太陽が真上にあるにもかかわらず、森の奥は夜のように暗く沈んでいる。


「……空まで歪んでるにゃ」

きいの視線の先、森の真上だけ厚い雲が渦を巻き、雷鳴がくぐもるように響いていた。


「ただの瘴気じゃないな」

瞬は鍬を握り直し、視線を逸らさずに言う。

その横顔には、普段の気楽さは欠片もなかった。


 やがて三人は森の入口近くの小高い丘に腰を下ろし、パンと干し肉を分け合った。

風が吹き抜ける――その瞬間、どす黒い靄がひらりと舞い、きいの前に転がっていたパンの端に触れた。


「……っ」

優衣の目が見開かれる。


 パンは黒ずみ、わずか数秒でぼろぼろと崩れ落ちた。

ただの風に乗ってきただけの瘴気で、この威力。


「こりゃ……冗談抜きでヤバいにゃ……」

きいの毛が逆立ち、耳がぴんと立っている。


「普通の魔物がいるだけじゃない」

優衣の声は低く、鋭い。

「森そのものが呪われてるみたい」


「だからこそ、誰も戻ってこなかったんだろうな」

瞬は崩れ落ちたパンを見下ろし、淡々と呟いた。


 重苦しい空気が漂う。

けれど、誰も「引き返そう」とは言わなかった。


「……ま、今さら逃げたって酒場で笑いものにされるだけだにゃ」

きいが強がるように尻尾を振った。


「笑いものになるのが嫌だからじゃなくて」

優衣はきいをそっと抱き上げ、胸にぎゅっと抱き寄せる。

「私たちなら、大丈夫だから」


「……ったく、ほんとに姉御肌だにゃ」

きいは顔をうずめながら、くすぐったそうに小さく笑った。


「じゃあ、そろそろ行くか」

瞬が立ち上がる。背に鍬を担ぎ、迷いなく森の暗がりを見据えていた。


「おう、言ってくれるじゃない。期待してるよ、鍬神」

優衣が半ば冗談めかして声をかける。


「やめろ、その呼び名」

瞬は額に手を当てたが、唇の端がわずかに笑っていた。


 三人は再び歩き出す。

森へ近づくほどに、空気は重く、冷たくなっていく。

鳥も虫も鳴かず、ただ木々がきしむ音と、不気味な瘴気のざわめきだけが耳を満たした。


 そして――入口に足を踏み入れた瞬間。

まるで異世界に転移したかのように、視界は暗闇に閉ざされた。


「ここからが、本当の“禁忌”か……」

瞬の呟きは、森の闇に吸い込まれるように消えていった。

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