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32本目・鍬しかもたない男

禁忌の森クエストを受けた翌朝。

ギルドの広間は早くも噂で持ちきりだった。


「おい聞いたか? 鍬神がまた無茶な依頼を受けたらしいぞ」

「禁忌の森だってよ。誰も帰ってこれないって噂の……」

「しかも武器は鍬一本らしいぜ」


 冒険者たちの視線がチラチラと瞬へ向く。

本人はそんなことなど気にせず、テーブルに鍬を立てかけ、優衣が持ってきた地図をじっと覗き込んでいた。

きいはパンをむしゃむしゃ食べながら「嫌な予感しかしないにゃ」と耳をぴこぴこ動かしている。


 そこへ、ガイモンとガイエンのドワーフ兄弟が現れた。

工房の煤で黒く汚れた腕を組み、瞬を睨みつける。


「おい兄ちゃん!」

「禁忌の森に行くって聞いたが……お前、本気で鍬一本で行くつもりか?」


 瞬はあっさりと頷いた。

「当たり前だろ。俺の相棒はこいつだけだ」


 ガイモンが思わず頭を抱える。

「バッカ野郎! 鍬は畑を耕す道具だぞ!? 森の奥には古の龍だぞ!? お前さん、いくら伝説の鍬だって限度ってもんが――」


「そうにゃそうにゃ! 少しくらい剣か槍も持っとくにゃ!」

きいまで説得を始める。


 しかし瞬は頑として譲らなかった。

「俺は俺だ。武器なんか持ったって使いこなせやしない。けど鍬なら……何が相手だろうと、絶対に離さない」


 その言葉に、周囲が一瞬しんと静まり返る。

彼の瞳は真剣で、冗談や意地っ張りだけではないことが伝わってきた。


 沈黙を破ったのは、優衣だった。

「……なら、私は信じるよ。瞬の選んだものを」

彼女は迷いのない笑みを浮かべた。


 ガイエンが「ったく、仕方ねぇな」と肩をすくめる。

「だが、せめて鍬を研がせろ。あんな古の化け物相手に、刃が鈍ってたら話にならん」


 瞬は少し考え、鍬を差し出した。

「頼む。俺の命も、仲間を守る力も、全部こいつにかかってる」


 鍬を受け取ったガイモンは、ふと横の優衣に目を向けた。

「嬢ちゃん、お前の剣も見せてみな」


 優衣は少し驚いたように瞬き、腰の剣を抜いて差し出す。

磨かれた刃は美しいが、ところどころ細かな傷が走っていた。


「なるほどな……こいつも相当戦場をくぐり抜けてるな」

ガイモンはにやりと笑う。

「心配すんな。鍬も剣も、最高の仕上がりにして返してやる。森の奥で折れるようじゃ俺たちの名折れだからな」


 優衣は軽く頭を下げた。

「ありがとう。心強いよ」


 瞬と優衣、二人の武器を手にしたドワーフ兄弟は工房へと向かっていった。

見送るきいが小さくつぶやく。

「……これで少しは安心かにゃ」


 ――こうして彼らは、それぞれの思いを胸に禁忌の森へ向けた準備を整えていった。

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