29本目・鍬神VSハイエンドデーモン
「……瞬、あなた。少し試してみない?」
リリスの紅玉の瞳が鋭く光り、にやりと口元を歪める。
「え、試すって……何を?」
串焼きの骨をポリポリと噛んでいた瞬は、眉をひそめた。
「模擬戦よ」
「はぁぁ!? 俺に戦えって? やめとけって、俺、戦闘系の魔法なんか使えねえんだから」
瞬は苦笑してタバコを咥えたが、リリスは一歩も引かない。
「……そこなのよ。あなたの“戦えない”という言葉が、どうにも引っかかるの。鍬を握ってるその姿、ただの農民には見えなかったわ」
「お、おい優衣!なんか変な流れになってんぞ!」
「……やれば?」
「えっ!?」
優衣は腕を組んでニヤリと笑った。
「どうせ普段、畑だ畑だってしか言わないんだから。いい機会じゃない」
きいも「ご主人、ここでカッコつけるにゃ!」と煽る。
「……マジかよ……」
渋々鍬を握りしめる瞬。その姿を見て、ハインズは口の端を吊り上げた。
「面白いのぉ。ではギルドの裏庭で一戦交えようかの」
ギルド裏庭 ― 円形に開けた訓練場。観客席代わりに、ギルドの仲間やドワーフ兄弟、エリンまでもが集まっていた。
リリスが片手を上げると、空気が凍る。
彼女の魔力が解放されると、空間が軋み、赤黒い炎が彼女の周囲を覆った。
「私は全力は出せない。けれど……その鍬、本当にただの農具か、確かめてあげる」
「……はぁ。どうなっても知らねえぞ」
瞬はタバコに火を点け、ゆっくりと煙を吐き出した。
黒焔の鍬が彼の手に重みを伝える――それはただの鉄の感触ではなく、どこか大地そのものの鼓動のように感じられた。
♢
「燃え尽きろ――【ヘルフレイム・ランス】!」
リリスが手を振ると、灼熱の炎槍が瞬めがけて突き出される。
観客席から悲鳴が上がった。
「ぐっ……!」
瞬は反射的に鍬を地面に突き刺す。
その瞬間――地面が盛り上がり、瞬の前に“土の壁”が形成された。
炎槍がぶつかり、轟音と共に爆ぜる。
土壁は一瞬で崩れたが、衝撃を吸収し、瞬は無傷で立っていた。
「い、今の……防いだのか!?」
「鍬で……?」
観客たちがざわめく。
瞬自身も驚いていた。
「なんだ今の……?勝手に……いや、鍬が動いた?」
リリスはさらに笑みを深める。
「やっぱり……その鍬、“ただの鍬”じゃない」
「ちぃっ、やってみるしかねえな!」
瞬はポーチからポロリと取り出した豆粒を地面に落とす。
「――頼むぜ、黒焔!」
鍬を振り下ろした瞬、豆粒は眩い光を放ち、一瞬で巨大な“木”へと成長した。
まるでおとぎ話のジャックと豆の木。瞬はその蔓を掴み、勢いよく跳躍する。
「なっ……!? 植物を、一瞬でここまで……!」
リリスが目を見開く。
瞬は高所から鍬を振り下ろした。
「うおおおおっ!」
振り下ろされた黒焔の刃が大地を裂き、土塊が弾け飛ぶ。
「ぐぅっ……!」
リリスは防御魔法で受け止めるが、その衝撃は封印された力を貫き、彼女を後方に吹き飛ばした。
「調子に乗るな!」
リリスは空中で体勢を立て直し、紅蓮の魔力を解放する。
「【インフェルノ・バースト】!」
灼熱の火柱が訓練場一帯を覆い尽くす。
だが瞬は恐怖よりも昂揚に突き動かされていた。
「うおおおっ、伸びろおおおおお!!」
鍬を地面に叩きつけると、瞬の周囲に大量の植物が一斉に芽吹き、瞬時に大木へと成長。
無数の樹木が炎を遮り、火柱を吸収するかのように赤々と燃え上がった。
「……森を、一瞬で?」
エリンが息を呑む。
観客席はどよめきに包まれた。
炎と森が交錯する戦場の中、瞬は額の汗を拭う。
「……おいリリス。これで十分だろ?」
だがリリスはまだ笑っていた。
「いいえ。あなたの“本当の力”は、まだ眠ってる。引き出してごらんなさい」
その挑発に、瞬は歯を食いしばる。
鍬を握り直し、地面に深く突き立てると――
大地が震え、地割れが走り、訓練場全体を覆うほどの巨大な蔓が天を突き破った。
その先端には、赤々と輝く巨大な花が咲き、光の柱を放つ。
「これが……黒焔のクワの本当の力……!」
リリスは感嘆と恐怖を同時に滲ませながら呟いた。
瞬は肩で息をしながら笑う。
「……だから言っただろ。俺は戦闘魔法なんか使えねえって。ただ、畑を耕してるだけだ」
炎に包まれた花が爆ぜると同時に、模擬戦は幕を下ろした。




