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28本目・リリスの招待

「優衣、ちょっと来てもらえるかの」

ギルドマスター・ハインズの低い声に呼ばれ、優衣はギルド奥の重厚な扉をくぐった。

その隣には受付嬢のエリンが控えている。普段は朗らかな笑顔を絶やさない彼女の表情が、今日はやけに硬い。


奥の部屋は薄暗く、ランプが数本灯っているだけ。

その中央の椅子に、昨日古道具屋で出会った黒髪の女性――リリスが静かに腰かけていた。


「……どうして、ここに?」

思わず問いかける優衣。


エリンが一歩前に出て説明を始めた。

「彼女はリリスさん。この街で保護されている“特別な存在”です。あなたが出会ったのは偶然じゃなく、ある意味で必然かもしれません」


「保護……?」


「うむ」ハインズが腕を組んだ。

「こやつの正体は《ハイエンドデーモン》。魔族の中でも最上位の存在で、過去数百年の歴史の中でもわずか三体しか確認されとらん。人間にとっては災厄の象徴じゃな」


部屋の空気がひりつく。

優衣は反射的に身構えた。だがリリスは肩をすくめ、静かに首を横に振った。


「安心して。私はもう戦う気なんてないの」

彼女の瞳は紅玉のように輝きながらも、不思議と温かさを宿していた。


「私は……人間の生き方に惹かれてしまったの。短くて儚いのに、一日一日を大切に積み重ねていく。その強さに。だから、私は自分に“呪”をかけたのよ」


リリスは両手を広げ、自らの胸を指でなぞる。

「私の力は封じられている。たとえ望んでも、もう人類に牙を剥くことはできない。そう決めたの」


「……本当、なの?」

優衣の声には疑念よりも戸惑いが強かった。


「嘘じゃないわ。証人はここにいる」

リリスは視線をハインズへ向けた。


老マスターは喉を鳴らして笑う。

「わしとこの女は、若い頃は何度も剣を交えた仲じゃ。互いに殺し合い……いや、正直わしは何度も殺されかけたがな」

「でも今は、わしにとって一番信頼できる酒飲み仲間よ。悪酔いはするが、裏切りはせん」


エリンも微笑を浮かべる。

「リリスさんは、ギルドにとっても特別な相談役なんです。彼女の知識は魔族だけでなく、古代文明や魔道具にも通じていますから」


優衣はようやく警戒を解き、深く息を吐いた。

――人間を滅ぼす力を持ちながら、その力を捨てて人と共に生きることを選んだ存在。


リリスがふと、意味深に笑った。

「優衣、あなたも不思議な子ね。私と同じように、この世界に“本来いないはずの存在”」


その言葉に、優衣は胸の奥をざわつかせながらも言葉を返せなかった。

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