27本目・古道具屋・《ルーン・リリィ》
家具屋を何件も回った帰り道、細い路地の奥にぽつんと看板が出ているのが目に入った。
「古道具屋」と掠れた文字。
――こんな場所に店があったなんて。
不思議に思い、足を踏み入れる。
中は薄暗く、壁には古びたランタンや奇妙な装飾品、見慣れない武具が並んでいた。
ただの家具探しのはずなのに、空気がどこか張り詰めている。
奥から現れたのは、長い黒髪を緩く結い上げた女性。
白磁のような肌に、耳の先がわずかに尖り、瞳は深紅。
人間ではない――魔族だと、直感でわかった。
「……いらっしゃいませ。珍しいお客様ね」
柔らかい声色。けれど底知れない威圧感が漂う。
優衣は一瞬、腰のダガーに手を伸ばしかけたが、女性はかすかに笑った。
「警戒するのも無理はないわ。でも、私はただの商人よ。ここではね」
「……家具を探しているの。使いやすい棚とか」
と、優衣は意識して声を落ち着けた。
女性はゆっくりと店の奥から小ぶりな棚を運び出した。
黒い木材に銀色の細工が施され、どこか荘厳な雰囲気を纏っている。
「魔族の領域で作られたもの。人間の暮らしに合わせて使えるよう調整したわ」
触れると、冷たいのに温かい、不思議な感触。
「……悪くないわね」
女性は優衣をじっと見つめた。
「あなた、“普通の人間”じゃないわね。力を隠している」
優衣は思わず肩をすくめる。
「……見抜かれるのは、気持ちいいものじゃないわ」
「ふふ、心配しないで。私はあなたと敵になるつもりはない」
そう言って女性は、自らの名を名乗った。
「リリス。流れの魔族よ」
その名に、どこか引っかかるものを感じた。
伝承で聞いたことがある。
――かつて魔王に仕えた七魔将のひとりと、同じ名。
「また来て。あなたと話していると退屈しないの」
意味深に微笑むリリスに、優衣は曖昧な頷きを返した。
◇
外に出ると、いつもの街並みが少しだけ違って見えた。
リリスという存在が、どんな影響をもたらすのか――まだ、優衣には分からなかった。
けれど胸の奥に、確かな予感が残っていた。
“これから、大きな波が来る”。




