26本目・優衣の日常
小鳥のさえずりと、窓から差し込むやわらかな陽の光。
目を開けると、すぐ横で丸まって眠っているきいの温もりがあった。
そして、机の方からは「ぐぬぬ……もうちょっとふかふかに……」と土をこねる音。
「……瞬、また畑いじってるの?」
まだ寝癖のついたパジャマ姿のまま問いかけると、
瞬は振り返って、子供のような笑顔を浮かべた。
「見ろよ優衣! ニコチ草、昨日より葉っぱが伸びてる!」
――そんなことで毎朝報告しなくてもいいのに。
でも、その目が本当に楽しそうだから、優衣はつい微笑んでしまう。
◇
服に着替え、腰に黒焔・フレイムファングを差す。
まだ見慣れないけれど、この世界の衣服は意外と動きやすくて気に入っていた。
台所に立ち、昨日市場で買った食材で簡単なスープを作る。
パンを添えて、朝食の出来上がり。
きいはテーブルに前足を乗せて覗き込み、
「今日のもおいしそうにゃ」
と当たり前のように言う。
瞬は「まずはニコチ草を乾燥させてだな……」とまだ葉っぱの話。
「……はいはい、食べる前に植物のこと忘れないでよね」
呆れながらも、スープをよそってやる。
こうして三人で食卓を囲む時間が、優衣にとっては一番安心できるひとときだった。
◇
午前中は街へ出かける。
家具屋をまわり、少しずつ家を整えていくのが今の楽しみ。
昨日はきいのための部屋を作ったけれど、やっぱり膝の上から離れないから意味はなかった。
――まあ、それも愛しい。
露店で新しい食器を見つけて、ついまとめ買いしてしまう。
「こんなに買ってどうするんだろうね」って自分でも思うけど、
異世界での暮らしをちゃんと形にしたい。
瞬ときいと、この世界で“家族”として暮らしているって証が欲しいのかもしれない。
◇
昼過ぎ。
ギルドに顔を出すと、受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「優衣さん、今日はクエストどうします?」
「軽い採取でいいかな。きいも疲れてるし」
けれど、周囲の冒険者たちはちらちらこちらを見てひそひそ話。
――“ワイバーンを斬り裂いた女傑”。
そんなふうに呼ばれているのを、優衣は耳にしている。
「……別に、すごいことをしたいわけじゃないのに」
心の中で小さく呟きながらも、笑顔を返して依頼を受ける。
だって、強さがあるなら使わなきゃ。
きいと瞬を守るために。
◇
夕暮れ時。
買ったばかりの食器で晩ごはんを並べる。
きいは相変わらず膝の上。
瞬は畑の話ばかり。
「ふふ……ほんとに変わらないね、瞬」
でも、その“変わらない日常”こそが優衣にとって一番の幸せだった。
布団に入る前、きいを撫でながら思う。
――いつか元の世界に帰れるのか、わからない。
でも、この世界で過ごす日々を大切にできるなら、それでいいのかもしれない。
そうして、優衣の一日は静かに終わっていった。




