21・それぞれの時間
翌朝。
夜の宴の余韻がまだ残る中、庭に立った瞬は腕を組み、目の前の耕された土をじっと見つめていた。
《黒焔・クワ》で整えたばかりの畑は、まだ何も植わっていない、ただの黒い大地。
けれど瞬の瞳は期待で輝いていた。
「……よし。今日から俺の畑が始まるんだ」
腰のポーチから取り出したのは、加工前の《ニコチ草》の種。
「ここから、俺のタバコライフを作るんだな」
独り言をつぶやきながら、丁寧に種を蒔いていく。
土をならし、水を注ぎ、陽の光を浴びせる。
《黒焔・クワ》は不思議な力を持っており、刃先で軽く地面を叩くだけで土の養分が活性化する。
土からはほのかに蒸気のようなものが立ち上がり、瞬は「すげぇ……」と息を呑んだ。
その横で、きいが日向ぼっこしながらあくびをしている。
「にゃぁ……ほんとに農民の鍬神になっちゃったにゃ」
「うるせぇ。俺は俺の道を行くんだ」
と、真剣に返す瞬。
◇
一方そのころ。
優衣は街へと出かけていた。
目指すは家具屋。
「せっかくの新しい家だもん。ベッドとかタンスとか、ちゃんと揃えなきゃね」
冒険者ギルドの受付嬢に紹介してもらった店に足を運ぶと、そこは木の香り漂う大きな家具店だった。
「いらっしゃいませ。……おや? あなた、もしや《黒焔ワイバーン討伐の女傑》?」
「……はぁ!? そんな噂になってるの!?」
慌てて否定しようとするも、店の奥から職人たちが次々と顔を出す。
「本物だ! 本物だ!」
「俺の椅子を使ってくれ!」
「いや、うちのベッドだ!」
押し寄せる職人の熱気に気圧されながらも、優衣は結局、テーブルや椅子、ベッドなどをまとめて注文することになった。
「……まあ、瞬もきいもきっと喜んでくれるだろうし」
少し恥ずかしそうに笑う優衣だった。
◇
夕方。
畑を仕上げた瞬と、家具の注文を済ませた優衣が庭で合流した。
「おかえり。いい畑ができたぞ」
「そっちも順調そうね。私は家具を頼んできたから、数日で届くって」
きいは尻尾を揺らしながら二人の間に割り込み、
「にゃー、なんだかほんとにここで暮らすって感じになってきたにゃ」
三人はまだ新しい木の香りが残る家を振り返り、ゆっくりと笑い合った。




