2本目・タバコと異世界と愛猫と
強い陽射しの下、風に揺れる草原の真ん中で、瞬と優衣は向かい合っていた。
広大な土地に二つの太陽が浮かぶ光景は、見慣れないはずなのに瞬の胸を妙に高鳴らせる。
「すごいな……本当に異世界に来ちまったんだな。俺、なんだかドキドキしてきた!」
瞬は子どものように笑いながら言った。
だが優衣は頬を引きつらせ、腕を組む。
「ちょっと待ってよ、瞬。楽しそうにしてる場合? 私たち、本当に元の世界に戻れるの? 家も仕事も、全部置いてきちゃったのよ!」
「まあまあ、なんとかなるって。ほら、見ろよ! 空に太陽が二つだぞ? 最高じゃないか」
「最高じゃない! どうやって生きていくの? ご飯は? 寝る場所は? それに……」
声が強くなっていく。瞬は苦笑いしながらも、反論せずにはいられなかった。
「優衣、そんなに不安がっても仕方ねぇだろ。俺はこの世界を楽しむって決めたんだ」
「楽しむって……あなた、本当に何も考えてないのね!」
言い合いが激しくなり、二人の間に重い沈黙が落ちかけたその時――
「――喧嘩しないで!」
突然、はっきりとした声が響いた。
驚いて二人が振り向くと、そこには前足を揃え、尻尾をぴんと立てたきいがいた。
「……今、喋った?」
「……きい、だよね?」
「そうだよ! 二人とも仲良くしてにゃ!」
きいは小さな口を開き、人間の言葉をしゃべっていた。声は幼い少女のようで、澄んだ響きを持っている。
瞬と優衣は唖然とし、次の瞬間には顔を見合わせて笑い出していた。
「……なんだよこれ、夢か?」
「夢でもいいわよ。きいが喋れるなら」
空気が少し和らぎ、三人(正しくは二人と一匹)はひとまず落ち着きを取り戻した。
その後、きいは地面に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎながら歩き始めた。
「街の匂いがするにゃ。こっちに行けば、人間がいるはず!」
頼りないながらも不思議と自信に満ちた足取りに導かれ、瞬と優衣はきいの後を追った。
草原を抜け、小さな林を越えると、やがて遠くに城壁に囲まれた街並みが見えてくる。煙突からは煙が立ちのぼり、石造りの門の前には武装した人影がちらほら。
「……本当に街がある」
優衣は目を見開き、胸を撫で下ろす。
瞬は笑みを浮かべ、肩越しにタバコの箱を叩いた。
「よし、まずはここで情報収集だな。冒険者ギルドってやつ、きっとあるはずだ」
「街に行けるのはいいけど……そこでどうするつもり?」
「決まってる。タバコ農家を始めるんだ」
優衣は額に手を当て、深いため息をついた。
きいは「にゃはは!」と楽しげに笑いながら、門へと駆け出していく。
こうして、瞬・優衣・きいの奇妙な異世界生活は、ようやく本格的に動き出したのだった。