11本目・異世界2日目
翌朝。
小窓から差し込む柔らかな陽光と、どこか素朴な小鳥のさえずりが部屋を包んでいた。
優衣はゆっくりと目を開け、布団から身を起こす。昨晩の温かな宴の余韻がまだ体に残っていて、彼女の表情は自然とほころんだ。
だが、視線を横にやると――机に座る瞬の背中が目に映った。
彼は珍しく真剣な顔で、机に置かれたニコチ草の束をじっと見つめている。
「……瞬、何してるにゃ?」
きいがあくびをしながら椅子の上に飛び乗り、首を傾げる。
瞬は顎に手を当て、深刻そうに唸った。
「スキルの【鑑定】で調べたんだ。育て方、栽培の手順は全部わかった。土壌、水やり、乾燥の仕方までな。……だけど、問題はそこから先だ」
「先?」
「どうやったら“吸える状態”にできるかがわからねえ。俺の知識じゃタバコに加工する工程が欠けてんだよ。葉を乾かしただけじゃ、ただの葉っぱだ……」
その言葉には、妙な切実さがにじんでいた。
異世界に来てもなお、タバコへの執念は消えないらしい。
きいは呆れたように尻尾を揺らしつつも、どこか諦めきれない主人を見て小さく溜め息をついた。
その間に、優衣は支給された異世界の衣服に着替えていた。
白いブラウスに、動きやすい膝丈のスカート。そして革製のベルトに小型のショートダガーをホルダーごと差し込む。
元の世界の服に比べると少し野暮ったいが、街で目立たないようにという配慮らしい。
「……どう? ちょっとは冒険者っぽく見えるでしょ」
軽やかに回ってみせる優衣の頬は、どこか上機嫌に紅潮していた。
「おお……似合ってるにゃ。なんか強そうに見えるにゃ」
「ありがと、きい。じゃあ――瞬はその草とにらめっこしてるみたいだし、今日は私たちだけでギルド行こっか」
「そ、そうするにゃ」
きいは振り返り、まだニコチ草を握りしめて眉をひそめる瞬を一瞥する。
「おーい瞬、行ってくるにゃ」
「……ああ、気をつけろよ」
瞬は視線を逸らさず、草に全神経を注いでいた。
優衣は苦笑しながら肩をすくめ、きいと共に部屋を後にする。
◇◇◇
外に出ると、朝のトリスタンの街はすでに活気にあふれていた。
通りには香ばしい焼きパンの匂いが漂い、露店の商人たちが声を張り上げ、獣人の子どもたちが駆け抜けていく。
優衣は胸の奥に小さな冒険心を灯しながら、ギルドへと歩を進めるのだった。




