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ビーストリー  作者: 黒月水羽
第一章 迷子の猫
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1-6 黄色の猫と鳥

 十二時をすぎた夜鳴市はひどく静かだ。すべての店はシャッターがおり、チカチカと信号機が点滅している。

 ケガレは光を嫌うため、街灯は等間隔でたてられているが、その下を通る人影はない。車通りもなく、家の窓から漏れる明かりがビルの上からは点々と確認することができた。


 空を見上げれば瞬く星と夜を照らす月が見える。人が多く暮らす町中でこれほど星が見える場所は珍しい。


 街全体が眠りについたようだ。

 そう夜鳴市の夜を評したのは誰だったか。

 夜の空気を感じながら猫ノ目透子は考えた。


「こちらB班。担当区域巡回完了しました」

「D班、ケガレ発見。数が多いため救援求めます」

「了解、B班向かいます」


 耳につけた通信機から各班の報告が聞こえる。スイッチを入れ、透子も会話に参加した。


「こちら猫狩。D班、応援は?」

「D班、問題ありません。こちらで処理します。猫狩様は待機お願いします」

「了解した」


 通信機を切ってから息を吐き出す。あきらかに気を使われている。たしかに透子は疲れていた。

 追人や守人には休めと言われているが、休んでいる間になにかあったら。そう思うと不安で休むこともできない。


 昼間に寝ているはずなのに疲れがとれた気がしない。目元を押さえて深く息を吸って吐く。自分が率先して動かねばならぬのにこの体たらく。ままならない自分の体に舌打ちがもれた。もっと自分がしっかりしなければいけない。自分しかできるものはいないのだから。そう気合をいれて夜の街を睨みつける。


 断られたがやはり手伝いにいこう。そう思い通信機のスイッチをつけようとしたところ影がさした。


 見上げれば月の光を遮るようになにかが飛んでいる。月を隠すほどに大きな鳥の翼。それがなんだかわかった途端、透子の口から舌打ちが漏れた。


「こんばんわー。猫狩」


 そう笑顔で透子に声をかけたのは背中から鳥の翼を生やした金髪の少年。

 人は空を飛ぶことができない。その常識をゆうゆうと覆す存在は鳥喰の鳥狩――鳥喰生悟とりくい しょうご


 五家は巡回のとき、各家で決まっている正装を身につけることになっている。猫ノ目は動きやすさを重視して現代風のデザインに変えたが、鳥喰は変わらず烏天狗をモチーフにしたものを着続けている。

 しかし生悟の姿はどうみても正装ではない。顔を隠す面すらつけていない、Tシャツ短パン姿である。


 眉を寄せる透子に気をとめることもなく、生悟は透子が立っているビルの屋上に降り立つ。そして抱えていた黒髪の少年――生悟の守人である高畑朝陽たかはた あさひを丁寧な動作でおろした。


「私服でなんの用だ、鳥狩」


 透子が鋭い声を発しても生悟は笑みを絶やさなかった。夜には似合わない、月の光を食ってしまいそうな明るい笑み。

 多くのものは好感を持つだろう笑顔が透子にとっては腹立たしくて仕方がない。それを隠しもしない態度に朝陽が眉間にシワを寄せた。


「なんの用はこちらのセリフですよ、猫狩様。こちらは鳥喰の領土です。何故、猫狩様がいらっしゃるのか。おかげで本日、生悟様は非番だというのに出てくる羽目になりました」

「わーお、朝陽、怒ってるー」


 口調は丁寧だが怒気が隠しきれていない朝陽。愉快そうに笑っている生悟。対象的な二人に透子は眉間にシワを寄せた。


「ここは猫ノ目の領土だ」

()な」


 透子の言葉を笑顔で生悟が否定した。笑っているのに譲歩を少しも感じない。生悟のこういうところが透子は苦手だった。


「五家会議でも決定しただろ。今の猫ノ目には元々の領土は手にあまる。だから鳥喰が担当する。それで決着したよな?」


 生悟はそういうとやれやれといった様子で肩をすくめた。芝居がかった動作がどうにも鼻につく。


 生悟がいっていることは事実だった。

 五家はそれぞれ領土を持っている。大昔に定められた基本の領土は時代により増減を繰り返している。一年ほど前、狩人不足を理由に一部の領土が鳥喰に奪われた。五家の長い歴史を振り返れば珍しいことでもない。

 それでも、取られたものは取り返さねばならない。そう思うのは当事者である猫狩としては当然のことだった。


「私は納得していない。ここは代々猫ノ目が守ってきた土地だ。鳥なんぞに任せられるか」

「その土地をろくに守れないから没収されたのにか?」


 生悟の声は冷えている。顔は笑みを浮かべているのに目が笑っていない。思わず後ずさりそうになったが、負けてなるものかと透子は奥歯を噛み締めて耐えた。


「蛇にも一部任せた方がいいんじゃって意見もあった。お前が嫌だっていうからその案は却下させたんだぞ。それなのにお前が残った領土を守らず、失った領土に未練を見せてどうする」

「失ってない。ここは猫ノ目の……」

「元、猫ノ目の領土だと何度言ったらわかる。今は鳥喰の領土だ」


 生悟から笑みが消えた。真っ赤な赤い瞳が透子を射抜く。透子のように中途半端ではない、獣の血が濃い証。それがビリビリと肌を焼くような威圧を放って透子を睨みつける。


「いい加減に現実を見ろ、猫ノ目透子。いまの猫ノ目にもともとの領土を守る力なんてない。金色の猫も戻ってきたんだろ。そいつが狩りを覚えたら、もう一度領土について話し合いを……」

「引きこもりの金目になにができる!」


 透子は力いっぱい叫んで生悟を睨みつけた。余裕の表情だった生悟が驚いた顔をする。隣で成り行きを見守っていた朝陽も目を見開いた。


「なにが金目だ! ただの引きこもりのガキじゃないか! あんなのに猫ノ目は命運をかけなければいけないのか! 金目というだけで!」


 生悟の赤い瞳を睨みつける。

 黄色と金色。それだけだ。それだけで大きな違いが出る。生まれてからずっと外で育ち、使命のことなど知らずに育った久遠が夜鳴市でずっと戦い続けてきた透子よりも尊い者だと扱われる。それが透子にはどうしても納得できなかった。


 なぜ自分は金目に生まれなかったのか。

 透子は奥歯を噛みしめる。自分が金目で生まれていれば、道永は未だ元気で、領土も鳥喰に奪われたりしていなかったはずだ。


「忠告痛み入る。忙しいのでこれで失礼する」


 透子はそういうとビルの屋上から飛び降りた。足元に霊力で足場を作り着地する。そのまま生悟を振り返らずに建物の上をはねて進む。


 獣の血が薄くとも巡回に参加する条件である霊力は持っている。それを扱うことだってできる。霊力の存在すら知らない久遠とは根本的に違うのだ。


 けれど、それでも、猫ノ目が求めているのは金目である。中途半端に素質を持って生まれた黄色の瞳ではない。


「こちら猫狩、援護に入る。ケガレを発見した班は伝えろ」

「で、ですが、猫狩様」


 真っ先に反応したのは透子の守人、誠だった。透子が少しでも休めるようにと今日は透子に変わって全体の指揮をとっていたのだ、戸惑うのも無理はない。

 それでも透子は黙っていられなかった。鳥にあれほどバカにされ、追人と守人に全て任せて狩人である自分がぼんやりと過ごせるはずがない。


「私が出る。これ以上、鳥に領土を侵食されてたまるか」


 血が滲むような声に誠から返ってきたのは沈黙だった。他の班も聞こえているだろうが返答がない。なにかあったのだと察して黙っている。


「ここは猫ノ目の領土だ」


 通信機を切って透子は宣言した。誰に向けたものでもない、自分に向けて言い切った。ここは自分が守るべき土地。

 守らなければいけない。守れなければ透子がここにいる意味などない。そのために猫ノ目は血をつないできたのだ。それができなければ、人にもなれない。獣にもなりきれない自分が生まれた意味がどこにあるのか。


 奥歯を噛みしめる。歯が鈍い音を立てた。それにも構わず、透子は夜の街をかけ続けた。

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