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ビーストリー  作者: 黒月水羽
第二章 遊ぶ猫
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1-4 前向き猫と発破をかける鳥

「んじゃ、走るぞ! 久遠は出来る範囲でいいから遠視もしながら走れよ」

「えぇ!?」


 ちょっとまってと言う前に、生悟がパンパンと手を叩く。追人たちは迷うことなく走りだし、生悟と朝陽が久遠の背を押す。守も久遠の手を取り、「行きましょう」といいながら走り出した。


「俺だけやること多くないですか!?」

「本当は体力つけてから段階を踏みたいところだが、時間をかけてる間にケガレに襲われたら意味ないだろ」

「常に私たちが近くに居られるとも限りませんし」


 久遠を挟む位置についた生悟と朝陽が、左右から平然とした様子で言う。守は久遠が自分の足で走り出したのを確認すると手を離し、久遠の斜め前に位置取った。久遠の様子を見ながら走る姿は、走りにくいだろうに楽しそうだ。


「久遠様のことは私が命にかえても護りますが、久遠様が早く強くなってくれるなら、それ以上の喜びはありません!」

「ほら、早くしないと守が久遠を命がけで護っちゃうぞ」

「守は躊躇なさそうなので、目と言わず、本当に命かけちゃうかもしれませんよ」


 無邪気な守の発言に便乗して、左右から鳥たちが追い詰めてきた。それでも年上か。中学生を虐めて楽しいのかと久遠は喚きたくなったが、「え?」という顔をしている守を見るとその気も失せる。


 生悟と朝陽の言うとおり、守はいざとなったら平気で自分の命を投げ出すだろう。要が自分の目が見えなくなったことより、道永の失明を後悔しているように。誠が透子のことを諦めなかったように。守人は当たり前に狩人を優先する。それは五家で生まれ育つことで自然と刷り込まれる常識。五家の血を引かない朝陽ですら、生悟を第一に考えている。この刷り込みは根が深い。


 だから、久遠は強くならなければいけない。久遠を信じて、慕い続けてくれる守を失わないために。


 走りながら意識を集中する。手足を動かしながら霊力を操作するのは難しい。走るのに集中すれば霊力の糸が途切れるし、霊力操作に集中すると足がもつれて転びそうになる。それでも、やらなければいけない。

 あの夜、久遠は無力だと思った。自分に力があれば、ルリや守に頼らずに透子に近づけたのにと、無事に帰ってきてから悔しさで拳を握りしめた。知識も技術も体力も、何もかも足りない。


 もっと遠くへ、霊力の糸を伸ばす。広範囲を調べられるようになれば戦闘は楽になる。夜鳴市全土が見えるようになれば、慶鷲のような人間が現れても気づくことが出来る。いつかじゃなく、すぐにでも、久遠はかつていたという猫狩に追いつかなければいけない。


 唐突に体のバランスが崩れた。霊力の方に集中しすぎて、走る動作がおざなりになったのだ。倒れると思った瞬間、左右から腕が伸びてきて久遠の体は止まった。驚き固まっていると、左右から顔をのぞき込まれる。


「大丈夫か?」

「最初は霊力操作しながら動くのは難しいですよね」


 当たり前のように久遠の体を生悟と朝陽が支えていた。打ち合わせしたわけでもないのに、久遠を助けるタイミングも、久遠の様子をうかがうタイミングも同じ。

 息の合った動作にさすがだなと呆けた頭で思う。


「久遠様を支えるのは私の役目です! 私の仕事とらないでください!!」

「何言ってるの。守も鍛錬しないといけないんだよ」


 久遠の体を受け止められなかったことが悔しかったのか、足を止めた守が肩を怒らせて地団駄を踏んだ。ちょっと落ち着いてと言いたくなる様子だったが、朝陽が呆れた顔を守に向ける。意外な言葉に久遠だけでなく、守も驚いた様子で動きを止めた。


「久遠様のことは俺と生悟さんでサポートするから、守は自分の鍛錬しなきゃ。久遠を護るのが守の仕事。狩人に心配される守人、ましてや狩人を置いて先に死ぬ守人なんて」

 朝陽はそこで言葉を止めると、ゾッとするほど冷たい声で言い放つ。


「守人を名乗る資格はない」


 凍り付きそうな冷気が、体を一気に通り過ぎた。久遠たちが止まったことで、何事かと止まっていた追人たちまで青い顔をしている。守も真っ青な顔をして心臓をぎゅっとおさえていたが、恐怖を振り払うように大げさに目尻を釣り上げ、朝陽を睨み付けた。


「絶対に久遠様の守人は譲りません! 死にませんし、傷一つつけさせませんから!! 現役一番の座から、いつか引きずり下ろしますから!!」


 そう叫ぶなり守は久遠たちに背を向けて、勢いよく飛び出していった。止まっていた追人たちも一瞬で追い抜いて、遠くの方から「うおりゃああ!!」という美少年にあるまじき雄叫びが聞こえる。それがドンドン遠ざかっていくのを唖然と聞いていると、生悟の笑い声が響いた。


「いやー威勢がよくていいね。後輩はあれくらい生意気な方がいいよな、朝陽」

「そうですね。俺の言葉に萎縮するようでは先が思いやられますから」


 楽しそうに笑う二人を交互に見て、久遠はホッとした。守は現役一番と言われる二人に認められたようだ。少し誇らしくなる。


「守人があれだけ頑張ってるんだから、久遠も負けていられないな」

「久遠様は護られるだけのお人ではないでしょう」


 左右から発破をかけられては、気合いを入れるしかない。出来ないとか、元引きこもりとか言ってる場合じゃない。守が頑張ってるんだから、自分も頑張らなきゃと久遠は足に力を込めて走り出す。


 久遠の左右にピッタリついてくる生悟と朝陽の気配を感じながら、鳥喰家の狩部隊の明るい雰囲気を思い出した。生悟はスパルタだと言われていたが、嫌われている様子がなかったのはこういうところだろう。

 生悟と朝陽は狩人、守人の関係をよく理解している。それに憧れ、護ろうとする追人のことも。だからこうして全員のやる気を引き出すことが出来るのだ。


 敵わないなと思う。二人に比べて足りないものばかり、欲しいと思うものばかり。だけど、目の前に理想の姿がハッキリと見えているから、久遠は迷わずに走り続けられそうな気がした。


 これが鳥喰式かと、久遠は前向きな気持ちで足を動かす。生悟と朝陽についていけば、強い自分になれる気がして、期待で足は自然と前へと進んでいった。



 

 このときの久遠は知らなかったのだ。生悟がスパルタと言われる真の理由を。生悟の鍛錬は限界を超えてから本番だということを。久遠どころか守と追人まで、全員倒れるまで扱かれることを。

 鳥喰式鍛錬の恐ろしさをまるで理解していなかった久遠が、その恐怖を嫌というほど知ったのは、それから数時間後の事である。





「 第一話 鳥喰式久遠強化大作戦」 終

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