1-3 嫌がる猫と気合いを入れる鳥
「全員集まったな」
久遠が近づいてきたのを確認してから、生悟はその場に集まる隊員たちを見回した。先ほどまでの不機嫌な態度が消え、いつも通りの生悟の姿に戻っていることに、久遠は目を丸くする。思わず朝陽を見つめるが、朝陽も先ほどの笑みを消して、いつも通りの顔で生悟の隣りに並んでいた。
さっきのがプライベートの顔で、今が狩人としての顔なのだろう。切り替えの早さについていけない。
守が久遠の隣に寄ってきて「鳥に何かされませんでしたか?」と聞いてくる。久遠は首を左右に振って答えた。
「ではこれから朝練を始める。久遠の体力は見習い以下だと思って接するように」
生悟の言葉に隊員たちが頷いた。
見習いというのは狩部隊に仮入隊する、十歳前後の子供を示す。十歳でケガレと戦い始めると聞いたときは、児童虐待という言葉が頭に浮かんだ。五家も問題だとは思っているらしいが、残念ながら術者は万年人手不足。コンプラを意識していると立ち行かない状況だと、前に道永が苦い顔をしながら説明してくれた。
幽霊やケガレが見える人間がそもそも少数。ケガレと対抗できるほどの霊力量を持つ霊能者となると、さらに絞られる。その中でも異能持ち、霊術を扱える人間は一握りらしい。
五家は霊力を持った子どもが生まれやすい家系ではあるが、生まれてくる子どもが全員、狩りに参加出来る霊力量を備えているわけではない。霊力量が基準を満たしていても、安全性を考えればすぐに実践、独り立ちともいかない。準備が整うまでケガレが待ってくれるはずもない。
そんな中に現れた貴重な戦力が久遠だ。猫ノ目の現状、この間の大増殖を考えても久遠の実力向上は急務である。それは分かる。分かるのだが、引きこもりの久遠からすれば「ちょっとまって」と声を張りたくなる。
しかしながら、そんな久遠の気持ちに周囲が気づくはずもなく……いや、朝陽あたりは気づいていそうだが、生悟優先の朝陽が止めてくれるはずもなく、久遠を除いた一同は気合い十分だった。
「まずは体力づくり。とりあえず敷地内一周するか」
「いやちょっと待ってください。敷地内一周?」
久遠は猫ノ目の敷地内を思い浮かべる。五家の敷地はとにかく広い。歴史があるというのもあるが、必要にかられてだ。異能を使うさまを一般市民に見られるわけにはいかないため、鍛錬は敷地内で行われる。そうなると狩部隊全員が集まって鍛錬しても問題ないくらいの広さが必要になる。
それに加えて狩部隊を支えてくれる使用人たちが住み込みで暮らす家や、狩人が使う離れや蔵が敷地内に点在している。
一言で言えばものすごく広い。
「久遠、体力は体に負荷をかけないとつかないぞ」
「いきなり負荷かけたら体がビックリします!」
インドア引きこもりを舐めないでもらいたい。五家にくるまでまともに運動なんてしたことがない。休みの日は毎日部屋に引きこもってゲームに明け暮れていた、筋金入りのゲーマーだ。
「久遠の体力が今どのくらいなのかも知らないといけないからな。大丈夫。倒れたら責任持って運ぶから」
「倒れる前提!?」
とっさに逃げようとした体をがっしりと朝陽に掴まれた。すがるように守を見ると、守は心得たという様子で頷く。
「久遠様には久遠様のやり方があります。しゃしゃり出ないでください」
「久遠のやり方に俺は付き合ってもケガレは付き合ってくれないぞ」
「早く強くならないと危険にさらされるのは久遠様ですよ」
しばし生悟と朝陽、そして守は真剣な顔で見つめ合う。三人の間にピリリとした鋭い空気が流れ……
「たしかに! 久遠様の安全が第一ですね!」
「そんな気がしてました!」
あっさり丸め込まれた守に久遠はやけくそ気味に叫んだ。守人選び間違ったかもしれない。
「久遠だって、せっかく生き残ったのにあっさり死にたくないだろ。生死を分けるのは地道な努力だ」
「努力って、生悟さんに似合わない言葉ですね」
五家一の天才が何を言っているんだろうと思ったが、生悟は真剣な顔をした。
「いくら才能があっても、才能を最大限に活かせる体と環境がなければ無意味だ」
空気が引き締まる。久遠と生悟たちのやりとりを微笑ましげに見守っていた狩部隊は、顔を引き締めて佇まいを正した。たった一言で空気を変えてしまった生悟は、赤い瞳で久遠を射抜く。
「天才はな、才能だけじゃ名乗れない。努力と周囲の協力が必要だ。だからお前はこれから努力して、信頼を勝ち取り、仲間をたくさん作って天才になるんだ」
そういうと生悟は久遠の肩を叩き、狩部隊の面々をぐるりと見回した。生悟の視線が通り過ぎるのに合わせて狩部隊の人たちは決意のこもった視線を生悟、そして久遠に向ける。その熱量に肌がチリリと焼ける感覚がする。逃げ出したくなる体をぐっと押さえて、久遠は視線を受け止めた。
「久遠は地道に努力。追人とも仲良くならないとな」
生悟は最後に歯を見せて笑うと久遠の背中を叩く。背中に痛みが走ったが少し痛いくらいなので加減してくれたのだろう。
「信頼関係を築くなら一緒に汗を流すのが一番。信頼できなきゃ、いざというとき背中を預けられない」
生悟は再び久遠の背を叩く。先ほどよりも力が強まった。つんのめりそうになったがなんとか耐える。そんな久遠の姿を見て、生悟は満足そうに頷いた。




